第4話 俺がフォローする
「漫研? 行ってないけど?」
「コスプレって、絶対漫研だろ」
「そっか……! 蓮君鋭い!」
いや、誰でも思いつくだろ?
「私、英語科の人かなって思ってた。
学校説明会で、英語科の先輩方が『ハロウィンパーティーのときは、こんな感じでーす』って、コスプレしてたから。まあ、そこに太巻先生はいなかったんだけど。
それに、入学してから英語科の二、三年生の教室、何度も覗いたんだけど、それらしき人いなかったしね」
そんなことしてたのか。ちょっとした不審者だ。
「覗くだけじゃなくて、聞いてみればいいのに。太巻先生のこと、知ってる人がいるかもしれないだろ? それに、コスプレオフ状態でわかるのか?」
「……私、人見知りで。知らない人とか慣れない人と話すのが、とても苦手で……」
小石の表情が少し曇った。
「それに、背でわかると思う。本当の太巻先生みたいに、すごく大きい人だったから」
小石は、女子としては背が高い。一七三センチの俺と、たいして変わらない。彼女がそう言うのなら、よほど背の高い男子なのだろう。
いや、ちょっと待て――
「なんで俺とは普通に喋ってるんだ? 初めてだよな?」
「蓮君は、特別。ずっと気になってて……話してみたかったの」
(え? 何……? この期待感――)
胸が高鳴る。
「蓮君って、『剣君』にそっくりだから」
「剣君って……?」
「寺子屋に去年新登場したキャラ。『功刀剣蔵』君。先生見習いなの。
蓮君を初めて見たとき『剣君がいる!』って。鋭いところもそっくりだね!」
期待感は儚く萎んだ。俺が太巻先生に似ていれば……てか、観てない間にそんなキャラが出てきたのか。
「椿高でこんなに話せた人いなかったから、うれしい! 話しかけてくれてありがとう」
曇りのない笑顔で言ったそれは、本音だとわかる。
「あっ!? 蓮君びしょ濡れだね! ごめん、気付くの遅くてっ。
よかったら、これ使って?」
小石が自分の――よく見ると、太巻先生はじめ、寺子屋キャラと思われるキーホルダーがじゃらじゃら付いたリュックから、タオルを取り出した。
「いやいや、使えねぇよ! 推しグッズだろ?」
広げたタオルから、プリントされた太巻先生が、腕を組んで俺に微笑みかけている。
「大丈夫、これは使う用。家に観賞用と保存用があるから」
「ちょっ!」
小石が、わしゃわしゃと俺の髪を拭きだした。
至近距離の彼女が、タオルの動きとともに見え隠れする。この距離はマズイ。俺は目が合わないように、硬く瞼を瞑った。
「あっ。よかったら、これ着て?」
タオルの動きが止まり、俺は目を開けた。
「よくないよくない!」
小石が俺に差し出しているのは、彼女の体操着だ。
今日は体育があった。つまり、使用済みだ。
「大丈夫。私のLサイズだし、蓮君でも着られるでしょ?」
「ああ、サイズ同じだし……って、大丈夫じゃない、そういう問題じゃない!」
「? 遠慮しなくて大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃない!!」
雨が弱まってきた。
(どうしてこんなことに……)
今俺は、なぜだか小石の席に座らされ、櫛で髪を整えられている。机に置かれた折り畳みの鏡には、前髪を左分けにされた、口が真一文字の自分が映っている。『大丈夫』『大丈夫じゃない』という押し問答の末の、体操着姿で。
「うん! ステキ!」
きっと剣蔵の髪型を再現しているに違いない。口角を上げ、目を輝かせて満足げに俺を見る小石が、鏡越しに見えた。
真一文字の口が、とたんにゆるんでしまう。
もう、剣蔵でもなんでもいい。
楽しそうに、きらきらしている彼女が見られるなら。
「――俺、手伝うよ。太巻先生探し」
たとえ、この恋が報われなくても。
「えっ!? なんで?」
「タオルと、体操着のお礼。
おまえ、人見知りなんだろ? 俺がフォローする。漫研、一緒に行こう」
「うっ…………うれしい!! 助かります! ありがとう、蓮君!!」
一瞬驚いた顔が程なく、満面の、弾けるような笑顔に変わる。
少しでも多く、彼女のこういう表情が見られたら、それでいい。
窓の外は少し明るくオレンジがかり、先ほどの雷雨が嘘だったかのように、すっかり静かになっていた。