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パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活  作者: すずき あい
パトリシア・グレッグの窮屈な人生

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6/16

6 過去(3)


最終学年になってすぐ、パトリシアは学園長室に呼び出された。


特に自分自身が呼び出される覚えはなかったのだが、自分の預かり知らぬところでまた騒動でも起こったのだろうか。入学当初は幼女が何故?という顔をあからさまにされたが、1年も経たずに解毒の効果が出て来たのか外見は幼女から儚い美少女に成長していたパトリシアに、周囲が騒ぐことが度々あった。

パトリシアを令嬢と思った令息が勝手に横恋慕して勝手に婚約解消して来て迫られて、相手の令嬢も交えて修羅場になったことはせいぜい両手程度だ。他にも、上級生の令嬢がやたらあちらからベタベタして来ていたのに、男と判明したら汚らわしいだの騙されただの何だのと騒がれたりしたこともあった。



部屋に入ると学園長はおらず、いつも特別に解毒の状態を確認してくれていた教師と兼任しているテラ神官と、見覚えのない男性が待っていた。


その男は濃紫の短髪に灰色の目をした男で、整った顔をしていた。座っていても長身で鍛え上げられた体躯なのが分かるほどで、その態度は高位貴族に間違いないだろうという印象だった。


「お待たせいたしました。パトリシア・グレッグです」


魔法科で支給される制服のローブの裾を軽く持ち上げて令嬢風の挨拶をするパトリシアに、初対面の男は不躾なほどに凝視して来て僅かに口の端を上げた。


「パット、こちらは…」

「レナード・ミスリルだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


テラ神官が紹介する前に、男が名乗った。


「ミスリル侯爵様…統括騎士団長の…」

「そう畏まらなくていい。掛けたまえ」


そう言って彼は、まるでこの部屋の主であるかのように鷹揚に足を組み替えながらパトリシアに椅子を勧めた。



レナード・ミスリル。現ミスリル侯爵家の当主ではあるが、どちらかと言うと統括騎士団長の方で名が知られている。

王家直属で王城付きの騎士団は5つあり、そのトップで独立した機関の近衛騎士団。その他に各役割を専門に担当する第一から第四までの騎士団があり、レナードはこの4つの騎士団を纏めている地位にある人物だ。騎士と名の付く職に就いている者の中で、近衛騎士団長とこのレナードの統括騎士団長の二人がトップと言われる。騎士を目指す者からすれば、雲の上の人物と言っても過言ではない。



「まず私からの話を先に済ませましょう。先日の検査の結果、君の体内の成長阻害の毒素は安全基準値まで下がっていました。体格は平均にまでは届かないかもしれませんが、体機能としては男性として生きて行くのに問題はないでしょう」

「…!本当ですか!」

「ああ、おめでとう、パット」


テラ神官の報告に、パトリシアは顔を輝かせた。


毒を摂取させられていたと判明したのは13歳の時。その時点で7、8年程度は継続されていただろうと言われた。そしてその毒が体内から抜けるのは、摂取し続けた期間のおよそ倍から3倍であろうとも。その毒素が抜けるより前に成長期が終わってしまえば、これ以上の成長も、おそらく男性の機能も止まったままになると絶望を突き付けられていた。


だが、毒に気付いた正妻(伯母)が嫌がらせと称して早い段階で解毒薬を無理に飲ませていたことが奇跡を呼んだ。通常の解毒薬は、薬草の苦味と効果が強過ぎる為に薄めたものを使用する。しかし彼女は、さすがに嫌がらせと主張していただけあって、ほぼ原液のままパトリシアに与えていた。それが功を奏して、予想よりもはるかに早く解毒が完了したのだった。来年には成人とされる18歳を迎える。出遅れた為にそこまでの成長は見込めないかもしれないが、それでも僅かに希望が見えた。


卒業して誓約通りにグレッグ領に戻ることになっても、その時点で多少でも男らしくなっていれば父親の執着から逃れられるかもしれない。パトリシアの賭けとも言える最後の希望だった。



「さて…次は私からの話になるが、よろしいかな」


テラ神官の話が一段落着くと、今度はレナードが口を開いた。


「君の成績を見せてもらった。魔法士としても優秀だが、剣術の腕前も相当なもののようだな」

「…恐れ入ります」

「その見た目に騙されるだけなら初戦しか勝てないだろうが、それ以降の手合わせの成績も悪くない。とても魔法科にいるとは思えないな。……もっとも、騎士科のレベルが落ちていると言うのなら私が特別授業を行う必要があるが」


微かに笑みを深くしたレナードに、どこか不穏なものを感じてパトリシアは思わず背筋がゾクリと震えたが、彼の隣にいるテラ神官は何も感じていないのか「騎士科も実技()頑張っていますよー」とニコニコしていた。


「君の卒業後は、領地で父親の補佐として働くと聞いているが、それは間違いないかな」

「…はい。グレッグ伯爵との約束ですので。その…わたくしは、幼い頃乳母に飲まされた毒のせいで、普通の令息として生きることは難しいだろうと、伯爵が憂いなく領地で働けるように、補佐の椅子を用意してくださいました」

「パットは魔法科の成績も上位ですし、王城の専属魔法士の推挙の話も来るのではありませんか」


テラ神官が困ったような顔で口を挟んだ。確かにパトリシアの魔法科での成績は上位だ。卒業までに1年を切った今の時期は、皆が卒業後の進路をほぼ確定し始める。特に成績が良く、嫡男ではない者には各方面から就職の斡旋の打診が来ることも多かった。


「けれど、病弱だったわたくしを育ててくださったグレッグ伯爵には、恩返しをしたいと思うのです…」

「なるほど。では、これから騎士科に進路変更をして、卒業後は騎士団への入団希望を出してはもらえんかな。伯爵がとやかく言うのであれば、私が推薦状を書こう」

「…え?」


完全に予想外の話が出て来て、パトリシアは目を丸くしてパチパチと瞬きを繰り返した。



「君は、『()()()()()』を知っているね?」



レナードはパトリシアの様子を見ながら、ゆっくりと椅子の肘掛けに凭れて頬杖を突いた。その灰色の瞳が、場違いなほど楽し気な光をたたえてパトリシアを見ていた。



----------------------------------------------------------------------------------



騎士団には、通称「第五騎士団」と呼ばれる組織がある。


正確には騎士団の所属ではないのだが、引退の年になる前に様々な事情で騎士を辞めなければならない者達が培った経験や騎士以外でも役に立つ能力を生かして、現役の騎士達の後方支援を担当する部署だ。

それこそ予算の分配や購入品申請の書類作成の事務から、武具の手入れや修理、魔石や魔道具の魔力補充、あらゆる分野の補佐を行って騎士団を支えている。その彼らの功績に感謝と敬意をこめて、そこは「第五騎士団」と呼ばれていた。


それはあくまでも表向き。実際に騎士団の後方支援を担当する者もいる。だがその中に「影」などと呼ばれている王家直属の諜報員も含まれているのだ。人々の間では夢物語のような噂話と認識されているが、裏であらゆる仕事を秘密裏に行う部隊は、「第五騎士団」の中に確かに存在していた。



「ええ、後方支援をする…」

「そちらではない。今更ここでごまかすなどは時間の無駄だ」

「…ただの根拠のない()()として存じているだけです」


顔は笑っているが、一分の隙もなく探るような目でレナードが見つめて来る。


「そこには、再起不能となる程の大怪我を負った者の他に、落命した死者…も所属しているのは知っているかな?」

「おかしなことを仰るのですね?死者は入れませんでしょう」

「だが死者は、俗世のしがらみを全て断ち切ることも出来るだろう。……君が、死して伯爵の支配から抜け出そうとしたように」


一瞬息を呑んで、すぐにパトリシアはレナードの隣のテラ神官に目を向けた。


かつて世界に絶望しか抱いてなかった頃、グレッグ伯爵から逃れるには命を捨てる以外に方法がないと思っていた。その話をしたことがあるのはかつて初めて自分の世界の歪みを教えてくれた医師と、この目の前の神官だけだった筈だ。


「パットほどの才能豊かな者を、そのまま死なせるにはしのびなかったのですよ」

「どうせ死ぬなら、その死を利用してはどうかと思ってね」

「ちょっと待ってください。まるでわたくしが死ぬみたいなこと…」

「そのつもりだったのでしょう」


テラ神官とレナードに口々に言われ、戸惑ったパトリシアが口を挟むと、畳み掛けるようにテラ神官が続けた。断言するように言い切った彼の目は、ひどく悲しみをたたえているように感じられた。


「そ…れは」

「私がどれほどの人間を見て来たとお思いですか。たかだか20年も生きていない若者の考えることなど、ある程度予想がつきますよ」


入学前にパトリシアの特殊な事情を知らされていたのか、彼は入学時からパトリシアの様子を見守ってくれていた。解毒の進行状況の確認だけでなく、望むだけの知識を惜しみなく与えてくれていたように思う。


「パットは、この学園でしたいことをたくさん私に語ってくれました。しかし卒業後のことはわざとなのか無意識なのか、全く展望がありませんでしたね。本来なら『見る』ことは許されていないのですが、貴方に掛けられている不当な誓約魔法も分かっています」


テラ神官の言葉にパトリシアが息を呑む。


彼は、強力な「鑑定魔法」を使うことが出来た。それは許可を受けて指定された範疇以外は使用してはならないとされている。そうでなければ、どんな人物でも隠された経歴や体の状態などを暴いてしまう。それを破ってしまえば、彼は罪に問われることになっているのだ。パトリシアの解毒状態も、健康状態に限り「見る」ことを許されていたのだが、誓約魔法で縛られていることを「見る」ことは明らかな越権行為であった。


「どう…して」

「教え子が理不尽を前に死を選ぼうとしているのなら、それをどうにか止めたいと思うのが教師だと思うのですが?」

「これとは古い馴染みでな。禁を破ってまで君を助けられないかと相談して来てね」


レナードが苦笑混じりにテラ神官にチラリと視線を送る。しかし、その目の色は優し気だった。そしてレナードは改めてパトリシアに向き合って「話は戻るが」と再び隙のない目を向けて来た。


「君も『()』として『()()()()()』に入る気はないか?」



レナード曰く。

パトリシアはもともと魔力量も豊富で上位攻撃魔法を何度でも使用可能な上、剣の腕も悪くない。その儚気な美少女にしか見えない外見に加え、魔法と合わせて短剣を使わせたら、暗殺者として即戦力としてすぐにでも使えるレベルにある、と。更に言うなら、対人戦での躊躇いのなさは天性のものであるとさえ告げられる。

勿論通常の騎士団にいたとしても充分通用する実力は兼ね備えているが、やはり体格差から来る不利はある。むしろ「影」として諜報活動をするのにこれほど最適な人員はいないだろうと太鼓判を押した。



「無論、これはまだ成績と特性を鑑みた予測だ。卒業後に実戦経験に出して判断したいと思ってはいるが、当人の意志さえあればおそらく問題ないだろう」

「けれど、卒業後は領地に戻るという誓約が…」

「そんなもの無効にすればよかろう」


騎士として騎士団への入団を希望すると、学園卒業後に少なくとも訓練と実地研修で2年は騎士団に拘束される。その後各自の希望と適性を取り入れながら各地に配属が決まるのだ。


「私が、騎士団長直々の推薦状を出して研修期間の2年は領地への帰還を伸ばすように伯爵に圧力をかける」

「もう圧力とか直接的過ぎですよ」

「別に構わんだろう。ここには我々しかいないのだし」



本来誓約魔法は当人達の許可と共に、誓約の条件が細かく決められる。その手順を踏むことで強固な魔法となるのだ。しかし、強引に結ばされた誓約は必ず歪みが生じる。誓約を結んだ際の条件などが分かれば、実行した術者よりも強い魔力を持つ者が安全に無効にすることは難しくない。

レナードは、グレッグ伯爵に騎士団への推薦を楯にして、領地に戻るという誓約を延長させて当時の条件を引き出させるつもりだと言った。その条件さえ分かれば、レナードが手を回した魔法士がパトリシアにかけられている誓約魔法を無効にして、意味を成さないものに書き換えることも可能だ。



「…分かりました。テラ神官が禁を破ってでも作っていただいた機会です。転科の為の推薦状をお願い致します」

「もし君に『第五騎士団』に入団する意志があるなら、研修が終わる頃に()()()()を遂げてもらうことになることは頭の隅にでも入れておいて欲しい。そして全ての縁を断ち切って、新たな人間として生きて行くことになるだろう」

「それは」

「答えは急がん。卒業までを含めてあと3年程度時間はある。その間によく考えて覚悟を決めろ。その上でまた答えを聞く機会を設ける」

「…はい」



それから近いうちに推薦状をグレッグ伯爵家に送るということや、最終学年に騎士科に転科しても卒業が出来るような特別カリキュラムを受けられるように手配してもらうことなどいくつかの打ち合わせをして、パトリシアは学園長室を後にした。テラ神官とレナードの2人は、まだ手続きがあるようでその場に残るようだ。



「あの…伺ってもいいですか?」

「何だ」

「わた…僕に、結構重要な機密事項教えてますよね。『第五騎士団』のこととか」

「そうだな」

「その…もし僕が断っていたら、教えたのはまずかったのでは」

「問題ない。こいつの得意魔法は()()()()だから、どうとでもなる」


レナードはニヤリ、と不敵に笑って隣に座っているテラ神官を指し示した。パトリシアが顔を引きつらせてテラ神官の方を見やると、彼はいつもと変わらない穏やかな表情でニッコリと微笑み返して来た。



この2人は古い馴染みと言っていたが、きっと昔からの悪友なのだろうな、とパトリシアはこの時何故か確信していたのだった。



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後日、騎士団のトップのミスリル侯爵から直々の推薦状が伯爵家に届き、多少ごねたようだが研修終了後に領地に戻る誓約を改めて交わすと説得した。チラリと覗き見た推薦状には、むず痒くなりそうな程盛りに盛った賞賛が綴られていた。


それもあってか、グレッグ伯爵は渋々ながらもパトリシアの卒業後2年間の騎士団での研修を認めた。新規の誓約魔法を上書きするということで、長期休暇を利用してパトリシアは一度領地に戻ってグレッグ伯爵と顔を合わせたが、以前よりも背が伸びた彼の姿に僅かに失望した様子を見せたものの、目の奥の執着は相変わらずのようだった。


さすがに昔のように直接食べさせるような真似はしなかったが、懐かしい香りのする砂糖菓子を並べられた時には顔が引きつりそうになった。辛うじて優雅に令嬢らしく扇で口元を隠しながら「減量中ですの」と手を付けなかった。



その後、誓約魔法を担当すると紹介された魔法士が、普段の落ち着いた色の銀髪から派手な真っ赤な髪色に染め変えてノリノリで変装して来たテラ神官だったのには、危うく口に含んだ茶を吹き出すところであった。




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