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パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活  作者: すずき あい
パトリシア・グレッグの窮屈な人生

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4/16

4 過去(2)

※本日4話目


目が覚めると、そこは病室だった。


頭がクラクラしたが、それよりも強い足の痛みに思わず声が漏れた。


「目が覚めたようだな」


声のした方向に顔を向けると、黒髪を撫で付けた目の細い男が立っていた。白衣を着ているところから察するに、医師だろうか。


「頭は打っていないようだから問題はないが、足の方は折れているのでしばらくは安静に。それよりも…君の体の方が問題だろうな」


てきぱきと説明をする男は、少し困惑した様子で見下ろして来る。


「あの…わたくし、生まれつきの病があるので…」

「生まれつき?……まあ、()()()()()、か…」


おずおずとした返答に、男の溜息は深かった。



そこで告げられた事実は、容易には受け入れられない程の衝撃と、世界がひっくり返った感覚しかなかった。



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パトリシアは自分の性別が男であると知らされた。



いや、正確には男女の区分けを教えられていなかった。本当の性別を知っていたのはおそらく父親の伯爵と乳母だけで、隔絶された世界の中でそういった知識は丁寧に取り除かれていた。最初からずっと令嬢として扱われて生きて来たので、疑問に思うこともなかったのだ。



ベッドから動けない間に医師より与えられた書物は、正しい知識を与えてくれた。それと同時に、如何に自分のいた世界が狭く狂っていたかという事実に打ちのめされる。

日々鮮明になって行く世界に、深くなって行く絶望。今まで信じていた乳母や父がひどく汚らわしいもののように思えた。



「君の成長には少々疑わしい点が多い。いくら月足らずの未熟児で産まれたからと言って、その年にしては体が未成熟過ぎる」


医師の他に健康状態を鑑定できる神官が訪ねて来て詳細に調べられた結果、自分の体に成長を阻害する毒物が検出された。

生存に影響が出ない程度に、ほんの一瞬ではあるが体内の代謝を強引に止めることを繰り返させて肉体の時間経過を遅らせる毒で、一度に盛られる量が微量だった為にすぐに異常は出なかったが、そうやって気付かせないよう長年摂取させられ続けていたらしい。


「毒…それは、どうなりますか…」

「このまま摂取し続ければさすがに命に関わる。この先毒を取らずに解毒薬と代謝促進薬を併用して行けば、時間は掛かるが毒は体から抜ける…だろうが」

「その時間は、どのくらいでしょう」


書類を確認しながら医師は説明したが、眉間に皺を寄せた渋い表情のままだった。


「一般的には摂取した期間の倍から3倍と思っていいだろうな。君は今13歳だ。いつから摂取させられていたかは不明だが…体の成長度合いはせいぜい7、8歳。つまり、毒が抜けても…」

「成長期は終わっていますね。この先、ずっとこの男か女かも分からない、子供みたいな体のまま…ということですか」


目の前に広げた自分の華奢で小さな手を見つめ、自嘲気味に笑った。

治癒院に入院している他の子供達を見て、自分の異常さは既に理解していた。医師は、毒の摂取量によってはもう少し成長はするかもしれない、とは言ってくれたが、ただの慰めにしか聞こえなかった。



思い出してみれば、父も乳母も時折自分ではない名をよく呼んでいた。きっと母に生き写しだと言う自分に母の姿を見ていたのだろう。そしていつか成長して母とはかけ離れた男になってしまう自分を拒絶したのかもしれない。



「このまま、国に虐待として保護申請をすることを推奨する。君が強く望めば、我々も出来る限りのことは協力しよう」

「…どうでしょうか。今もグレッグ伯爵家から訴えられているのではありません?」

「……」


医師の沈黙は、肯定と同じだった。



年齢は13歳には達していたが、閉ざされた世界で偏った知識しか与えられなかった。ただひたすら、愛らしい令嬢であれと呪いを掛けられ続けた。その自分が、権力も財力もある父から逃げられるとは思えなかった。現に、リハビリの為に散歩に出ただけで、父が自分を不当に監禁していると治癒院に抗議しているという情報はあっさりと耳に入っていた。


「きっと、わたくしが家を出たいと言っても、グレッグ伯爵はあらゆる手を使って潰すでしょう。先生は、それを躱せますか?」


細目のせいか基本的に表情に乏しい医師だったが、グッと奥歯を噛み締めたのか僅かにこめかみが動いた。一瞬の逡巡の後、彼は深く息を吐きながら首を振った。


「難しい、だろうな」

「……わたくしは、このままで構わないと思っています」


むしろ何も知らないでいた方が幸せだったのかもしれない。知らないまま、ゆっくりと朽ちていけただろう。


自分の声はひどく疲れていて、深い諦観があった。


「もう、どうやっても逃れられないのなら、流されて楽になる方がいいです」

「このままだと死ぬとしても?」

「そうすれば解放されますね」


唇に笑みの形を作ってクスリと息を漏らす。それだけできっと笑っているように見える。

それでも、目の前の医師は苦々しい表情のままだった。せめて釣られて愛想笑いの一つでもしてくれれば少しは救われるのに、とぼんやりと思った。


「君を見殺しにするにはあまりにも惜しい才を持っている。その才を、別の為に使ってみないかね」

「その別のところで同じように操り人形になるだけでしょう。今まで自分のことを令嬢と疑ってもいなかった世間知らずですもの。利用するのは簡単でしょう。どうせ扱いが同じならグレッグ伯爵に好きに使い潰された方がまだマシですよ」


病室の壁に掛けられた鏡に顔を向けた。そこに映る姿はまだ幼い外見の少女にしか見えないが、先日まで隣室にいた亡くなった老婆と同じ濁った目をしている。美しく磨かれた見目であればある程、惨めさが深まる。


「少なくとも君の側に一人は、君に生きていて欲しいと思う人がいる。その人の為に生きてみる気はないかね」

「……誰ですか」

「それは君にしか分からないだろう」

「そうでしょうか」



そんなことを言われたところで、心底どうでもいいと思ったし、何の感情も動かなかった。



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その数日後、まだ完治はしていなかったが伯爵家できちんと世話をするという強い申し出に、パトリシアは自ら領地に戻った。



「何故、わたくしを令嬢として育てたのですか」


父のグレッグ伯爵と顔を合わせるなり問いたパトリシアに、彼はクシャリと顔を歪め、心底悲し気な声で言った。


あれ(正妻)が産んだ息子を跡取にすると言い聞かせたとしても、お前が男と知れれば命が危なかった。娘であれば、将来的には修道院に入れるからと頼み込んでやっと見逃してもらえたのだ。愛しい女神の残した忘れ形見を失うわけにはいかなかったんだよ」


そう言って涙混じりの声でグレッグ伯爵はパトリシアの小さな手を握りしめた。その触れられた部分が、ひどく汚らしいような気がした。その感覚は、何度洗い流してもしばらくは消えなかったのだった。






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