表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活  作者: すずき あい
パトリック・ミスリルの優雅な生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

6 覚醒


しばらくしてターニャの方が先に体に力が入るようになり、パトリックの首に掛けられた魔道具を身体強化で破壊した。しかし、彼の手の方に掛けられた魔力封じと思われる魔道具の破壊は出来なかった。

目を回しているアワノのポケットや隠せそうなところをターニャが調べたが、鍵らしき物は見当たらなかった。魔道具に鍵穴が見えないので、もしかしたらアワノの魔力自体が鍵になっているのかもしれない。


何か武器になるような物を持っていないかも調べてみたが、先程パトリックに突き付けていたのは先の丸いバターナイフで、それを確認した時は2人で脱力した。手の中に握り込むようにして光る先を僅かに見せていたので、角度によってはナイフに見えたのだ。まあ使い方次第では一応武器にはなるだろうが。



「あら、気が付いたわ」

「あ……」


念の為パトリック達も持っていた魔力封じの魔道具でアワノを拘束して、ベッドの上に転がしていたのだが、思ったよりも早く気が付いた。


「貴女…」

「ぎゃあああぁぁぁぁ!!眼鏡!!眼鏡はどこですか!?」


ターニャが顔を覗き込んだ途端、アワノが叫び始めた。低い声が割れて、ますます性別不明なことになっている。眼鏡を掛けていない顔は臈長けて美しいのに、顔を真っ赤にして叫んでいる姿は大変残念極まりなかった。



「お願いしますぅぅ。眼鏡を、眼鏡を……」


もはや半泣きを通り越して大泣きになっている。あまりにも気の毒な様子なので、パトリシアとターニャは顔を見合わせて、彼女の落としてしまった眼鏡をそっと掛けてやる。


「うううぅ…ありがとうございますぅぅぅ」


ベッドの上で芋虫のように蠢きながら、ベソベソと鼻水を垂らしながら礼を言う姿はどことなく哀れだった。さすがに気の毒に思って、両手を拘束されている彼女の代わりにターニャが顔を拭いて鼻をかませている。


「あの…」

「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ」


パトリックが口を開きかけると、アワノはガバリと腹筋だけで跳ね起きると、ベッドの上で額を擦り付けんばかりに頭を下げた。どうにも素っ頓狂な行動が多くて、どこから突っ込んでいいのか分からない状態だった。



パトリックは短い期間であったが騎士団に所属して厳しい訓練も受けていたし、諜報員としての立ち回り方も充分に仕込まれていた筈だった。しかしアワノの一瞬の隙を突いたやり口や、瞬時に背後に回って拘束して来た体捌きは尋常ではなかった。もしアワノが殺意を持っていたとしたら、今頃パトリックはこの世にはいなかったろう。


こうして油断を誘っているのかもしれないと思って警戒はしているのだが、その警戒が馬鹿馬鹿しくなる程彼女の今の様子は脱力するものだった。



「ちょっと内密のお話というか、忠告したかっただけなんですううう…」

「忠告って…」

「だって、貴方、男の方じゃないですかあああ」

「え!?」

「ちょっと!」


この街に来る前からずっと、パトリックはターニャの娘役として着る服や髪型、仕草も令嬢として振る舞って来たし、いくつもの国境を越える時も娘で通用して来た。まさか先程会ったばかりのアワノに指摘されるとは思わなかった。


「お二人も母娘じゃなくて、ご夫婦だし…第一その外見でも貴方28じゃないですかああ〜」

「何で知ってる!?」


まさか年齢までピタリと言い当てられるとは思わなくて、慌ててパトリックがアワノの肩を掴んだ。


「す、すみません〜〜〜。私、鑑定魔法の『ギフト』持ちなんですぅ」

「鑑定魔法の『ギフト』…その言い方ってことは、あんた、キュプレウス王国の人間!?」


パトリックの祖国では「加護」と呼ばれる神から与えられる特殊能力。世界的に珍しい能力ではあるが、国民の8割がその恩恵があるというキュプレウス王国はその力のことを「ギフト」と呼んでいるのだ。

その力は魔法と似たようなものもあるが、通常の魔法の上位互換の能力が多い。しかも個人差が大きく、一人一人神によって特別に誂えられている能力、と論ずる研究者もいる。しかしその力に付いては、「加護」持ち自体が極めて少数であり、最大多数のいるキュプレウス王国の協力が得られないので、研究はほぼ手つかず状態になっている分野だった。


「はい…王国で神官見習いしてます…」

「その年でまだ見習い?」

「わ、私、これでもまだ成人したてなんです〜」

「……あの国って、成人年齢16歳じゃなかった?」

「ええ…嘘だろ…」


こうして眼鏡を掛けていると年齢不詳だが、それでも16歳には見えない。更に先程の眼鏡を取った姿は、どう考えてもターニャくらいの全身から色香の漂う成熟した大人の女性にしか思えなかった。


「ううう…そりゃよく『暗黒街のボスの情婦』とか『魔王の愛妾』とかって言われますけど、これでも神殿に仕える神官見習いなんですよぉぉ」



その言葉を聞いて、申し訳ないと思いつつもつい「ナイスネーミング」と思ってしまったパトリックだった。



----------------------------------------------------------------------------------



アワノ曰く、キュプレウス王国では「鑑定魔法」のギフトを有している者は、大体が神官になるそうだ。


神官は一定の年齢になった子供達にどんなギフトが与えられたかを鑑定し、危険性や将来不利になることはないかを見極めて神殿で導く役割を与えられている。

どの神官も、使いようによっては人の内面を暴くような能力であるので、必要以上の鑑定をしないこと、もししてしまった場合は他言しないことを義務付けられている。


アワノはそのギフトの力が生まれつき強く、制御が上手く出来なかった。特別に作ってもらった魔道具の眼鏡を掛けて、ようやく日常生活が送れるのだと言った。今回王国を出て来たのは、この眼鏡の予備を作ってもらう為に、ドワーフが工房を開いている隣国を訪ねる為だった。



「この眼鏡を外すと、()()()()()()とか、見ちゃいけないような情報とかもお構いなく強制的に一気に入って来るので頭がグチャグチャになるし、肝心の鑑定したい情報は紛れて見えなくなるし…」

「さっき眼鏡が外れて見えたのは…」

「うううう…お二人が、その、()()()なんだなって…その…」

「あー……ひょっとしてモザイクが掛かってたりは…」

「あるわけないですぅぅぅぅ!!」


見た目はさておき、成人になったばかりの女性にはおそらく()()刺激が強い鑑定結果を見せてしまったのだろう。パトリックとターニャは、お互い何となく気まずい思いで視線を交わしあう。


「あのう…そろそろコレ、外していただけませんか…」

「もう少し話を聞いてからにしたい。まだ完全に信用は出来ない」

「ううう…」


アワノの手には拘束用の魔力封じの魔道具がしっかり嵌まっている。通常なら弱い魔法も全く使えなくなる筈なのだが、彼女はそれに関係なく「鑑定魔法」を行使している。ギフトの特殊能力故なのか、アワノの力が強いのかは分からないが、まだ油断は出来なかった。たとえアワノの奇妙な言動に脱力していたとしても。


アワノはまた鼻水が垂れて来たので、ターニャが再び鼻をかませてやる。産まれて半年程は自身の手でスタンリーの世話をしていたそうだし、もともと故郷では親戚一同が共に暮らす文化だったので、小さな子の世話をすることが当然だった。アワノの頼りなさに、ターニャのかつての経験が世話をせずにはいられないのかもしれない。


「内密の話があるって言ってたけど?」

「は、はひ…」

「何で、こういうことした?どう見ても穏やかなお話し合いじゃないよね?」

「だって、独身女性が男性の部屋を訪ねるって、怖いじゃないですか…それに、訳ありで女性のフリするような隠しごとがあるなら、私の忠告なんてちゃんと聞いてくれるか分からなかったですし…」


アワノの言ってることは真っ当に聞こえるのだが、何故か「それは違うだろう」という気持ちで一杯になる。


「で?あたし達に忠告って、あんたは何を忠告しに来たんだい?」

「このまま嘘を吐いてると、ウチの王国に入れませんよ〜って言いに来たんです…」

「…それも鑑定で?」

「ひいいぃぃぃ、すみませんすみません」


勝手に鑑定魔法で色々と見られたのかと思うと、僅かに不快感を覚えたのかターニャの眉が顰められる。それを怒っていると取ったのか、再びアワノが深々と頭をベッドに埋める勢いで頭を下げる。


「話が進まないんで、もう少し落ち着いてもらえる?」

「は、はい…申し訳ありません…」



----------------------------------------------------------------------------------



「あの、神官の仕事って、神殿でだけでなく国境の検問所で入国審査もしているんです」

「ってことは、鑑定魔法のギフトを持った人間が審査してるってことだね?」

「はい…」

「情報が丸裸にされるってことか。入国審査が厳しいとは聞いてたけど予想以上だな」

「あのう…ウチの国、そんなに厳しくないですよ…?」

「はい?」

「それなら私がこんな風に話しに来ませんよぅ」

「……それもそうだね」


アワノの言い分に、パトリックもターニャも複雑な表情になった。言われてみればそうなのだが、いちいち言動が奇行に走るアワノから指摘されると複雑な気分である。


「私達神官が見ることが常時許されているのが『()()』の有無です。あと、発言に嘘が含まれてるとか。でも嘘だけでその人のこと全部暴くようなことはしてないですし、犯罪歴とかも入国拒否するような案件以外は黙認してます…」



アワノが言うには、嘘や犯罪歴も人によっては誰かの為だったり止むに止まれぬ事情の場合もあるので、そこに「悪意」が存在しなければ問題はないそうだ。たとえば実は養子なことを子供に黙っている場合や、寂しい毛髪をカツラでごまかして妻にひた隠しにしているつもりで実は全て妻には筒抜けであるなど。

逆に、表沙汰になっていない悪質な犯罪を行った者や、入国してから悪事を働く目的がある人間などは「悪意」で弾かれる。



「お二人とも悪意は全然なかったし、何か新婚旅行みたいな気配だったからちゃんと忠告すれば大丈夫かと思ったんですけど…」


そう言われて、パトリックとターニャはお互いの顔をチラリと横目で見た。お互いにそれなりに長い期間「影」としての任務をこなして来ているし、中には公になれば明らかに犯罪となるような仕事を受けたこともあった。その辺りは私怨や自分勝手な悪意ではなく「国の為に引き受けた仕事」としてアワノの言う「事情」に含まれるのだろう。


「でもウチの国、未成年に対する政策が他国より手厚いらしくて、その補助金とか支援とかを目的で来る人が多いんです。だから他国で強引に孤児院から引き取るとか誘拐とかして来て、子連れを名乗る、みたいな人が結構いて。だから『悪意』とかもですけど、未成年はちゃんと年齢とか出自とかを鑑定するようにしてます。連れてる保護者もです。だからその…さすがに見た目はともかく28歳じゃ無理があるかと…」


アワノはそう言って、申し訳なさそうにパトリックを見た。これまで未成年の令嬢風にしていたが、最初から実年齢がバレていたのかと思うと何だか居たたまれない気持ちになった。


「キュプレウス王国は閉鎖的で国交も入国も難しいって噂だったんだけど…意外だったね」

「まあ『悪意』っていう見えないものが基準なので、入国拒否される数は多いです…他国から『ギフト』持ちを攫おうとか騙して連れ出そうとかって目的で諜報員派遣すれば間違いなく弾かれますし、機密を盗もうとかもそうです。でもその弾かれた理由はさすがに大っぴらに言えないですから…」

「…ああ、それで『忘却魔法』が使われてるってことで誤摩化したのか」


完璧に色々偽装して入国しようとしたのにあっさり諜報員と目的が暴かれてしまい、しかもそれが背後で国が命令を出していたとは言えないだろう。だからこそ何が理由で入国を弾かれたのか「忘れた」ことにしているのだ。


「国交も、結ばないってよりは出来ないんです。国同士のやり取りって、そこから色んなしがらみとかで発生する『悪意』がすごいですから…でも相手国に向かって『悪意』があるから断るって正面切って言えないですし…なのでよっぽどじゃない限りどことも国交を結ぶのは止めとこう、って先々代の国王からの方針でして…個人とか小さな商家程度だったら商品の輸出入は簡単ですよ。一応問題がないか鑑定はされますけど」



かつてキュプレウス王国を開いた王と側近達が、神に「国民が幸せに笑顔で暮らせる国にする」と誓約を立てたのが始まりとされている。そのおかげか、国内の土地は豊かになり、人々も神の寵愛の証しと言われる「ギフト」を持って産まれて来るようになった。しかし長い時が過ぎ、人々が争い私利私欲に走るようになるとたちまち土地は枯れ、神の寵愛が激減した。その度に時の王は国に蔓延る「悪意」を排除することで国を建て直して来た。

幾つかの国を統合して世界最大の王国になった現在でも、一定数の「悪意」が蔓延らないようにすることが国の最優先事項とされている。



「そうは言いましても、ウチの国にも争いや犯罪もあるし、差別とかもありますよ。誰も争わない楽園みたいな場所じゃないです。それに国内優先で、他国からしたら豊かな資産を抱え込んで援助もしない冷酷な国にみえるかもしれませんし」

「それは、仕方ないんじゃないかな」

「あ、ありがとうごじゃいますぅ…」

「またすぐ泣かない。ほら、ちゃんとチンしなさい」

「ずびません〜〜〜」


何がツボに入ったのかは分からないが、またベソベソ泣き出したアワノに、ターニャが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。外見はともかく年齢が息子と大差ないことが判明したからか、随分と当たりが柔らかくなっている。


「…外そっか、それ」

「……そうしていただけると…私もこのままだとそちらのも外せませんので…」


アワノを拘束していた魔道具を外し、自由になったアワノがパトリックの両手に嵌まっていた魔道具を外した。



ターニャを助ける為に強引に外した魔動義肢は、手枷のせいで外したままでいたが、ようやく自由になったので改めて装着し直す。想定しない体勢で強引に外したので不具合がないかとヒヤヒヤしたが、幸い異常はないようだった。


「そのタイプの義手、国外で使ってる方初めて見ました」

「王国にも似たようなのが?」

「はい、貸し出し制度があります」

「貸し出し…てことは、平民とかにも?」

「ええ。そんなに高機能じゃないとか、古い型のは無料で。最新式だとちょっとお高いですね。でも小さな子とかは成長に合わせて変えたりしなくちゃですし、壊れたらすぐに交換してもらえないと生活大変ですし。なるべく安価な方法はないか、ってことで貸し出し制度が主流です」

「…ああ、もうレベルが違うな」


パトリックの使用している魔動義肢は、最終的には平民にも使えるようにすることが目標とはなっているが、まだまだ高額で限られた人間にしか手にすることは出来ない。平民はそのままか、木で作った不格好なものしか普及していない。国民の上に立つ貴族が怪我をした場合は高位神官や聖女などの再生魔法に頼ることが多かったせいか、そういった補助をするような魔道具の開発はあまり進んでいなかったこともあるが、国の力の差を見せつけられた気分だった。


「ちょっとだけ見せていただいてもよろしいですか?」

「いいけど…結構強力に隠蔽掛かってるし…ああ、あんたならそれも『見る』ことが出来るか」

「眼鏡を外せば丸見えになると思いますけど、このままなら隠蔽されてるところまでは見えないです」

「外して『見る』?」

「ししししししませんっ!!」


ちょっと揶揄うように言ってみたが、アワノは全力で拒否した。その様子に、ターニャがパトリックの肩をちょい、と突ついて嗜める。


「あ、でもこちらの方が魔石は少ないですね。こんなに少数なのに動作制限とかかかってなさそうですけど、大丈夫なんですか?」

「合成魔石ってのを使ってる…」

「へえ、そんなのがあるんですか。パトリックさん、王国に行く予定なんですよね?…って、すみません、勝手に名前…」

「ああ、別にいいよ。鑑定で見えちゃったんだろ」

「す、すみません…。あの、もし王国に来るなら、魔道具師のギルドに行けば喜ばれるんじゃないですかね。私、知り合いに魔道具師いるんで。合成魔石って初耳なので、もしかしたら興味持つかもしれないです」



合成魔石はパトリックが偶然発見した技術だが、そこから王城の魔法士が研鑽を重ねて今ではかなり効率の良い合成魔石の作成技術が確立している。義肢に関して王国との差に一瞬気落ちしたが、技術は敵わなくても合成魔石を足がかりに何か良い取り引きが出来るかもしれない、と少し光明が見えた気がした。



「入国できたら行ってみるよ」

「出来ると思いますよ?正直にご夫婦だって申告すれば問題はない筈ですし」

「…えっと、夫婦って…婚姻はしてない、んだけど」

「え…ええええええっ!?」

「そこは鑑定で見なかったのかい?」


あまりにもビックリされたので、ターニャが半分呆れたような口調で突っ込んだ。


「あの、眼鏡外した状態だと、一気に色々見えちゃうんで…その、お名前と年齢と……そ、その、ええと、…()()()()()()()姿()…と、言う、か」

「思い出さなくていいから」

「いえ、その、大人ですし…その色々、ありますよね!その、色々」

「何か、ごめんよ」


真っ赤になって挙動不審になるアワノに、ターニャが謝る。


「ええと…まあ、どっちも独り身なんで、法的にも倫理的にも問題はないんだけど…あたしは平民だし未亡人で年上で、パットは貴族だから色々と面倒でね」

「か、駆け落ちですか!?」

「…あー…まあ、そんなとこ?」


ターニャは明らかに「ちょっと違うけど面倒だしそのままにしておこう」な口調だったが、アワノの鑑定にはそれが嘘だと認識されなかったのか、気付かなかったようだった。鑑定魔法も使い手が意識をしていなければ割とザルなのかもしれない、とパトリックは思った。


「なるほど!それで身分を隠してたんですね。そりゃパトリックさん28歳には見えないですもんね!貴族なら国境に手配書回りますもんね〜。28歳の貴族なら外見がどうであれ通報されちゃいますもんね!納得です!!」

「…あんまり僕の年齢連呼しないで欲しい…」


パトリックも分かって令嬢のフリをやってはいるが、こうして実年齢が筒抜けになっているのはどことなく羞恥心を覚えて、彼は両手で顔を覆った。


「でも夫婦じゃなくても大丈夫だと思いますよ!お二人に『悪意』がないのは私が保証しますし!」

「…ありがとう。ちゃんと正直に審査を受けることにするよ」

「はい!お待ちしています!!」


アワノは元気に、まるでどこかの商店の店員のような返答をした。



----------------------------------------------------------------------------------



「…ねえ、一つ聞きたいんだけど」

「はい?どういったことでございましょうか!」


テーブルの上に先程買って来たパンやサラダや惣菜などを並べながらターニャが口を開いた。


ひとまず和解したような感じなので、取り敢えず簡単なものでよければ一緒にどうかとアワノに声を掛けたところ、二つ返事で承諾して来た。今はワクワクした様子を隠さずに、食べ物を前に頬を赤らめている。外見はともかく、こうした言動はまだ子供のようだった。


「どうしていつも妙なトーンの声で喋ってるの?貴女の地声、もっと低いでしょうに」

「あ…あああ〜」


確かに先程パトリックを拘束した際に耳元で聞いた声は低くて、背中にゾワゾワ来るような甘さと渋みを感じさせる声だった。実年齢はさておき、アワノの見た目には非常に合った魅惑的な声ではあった。


「あのですね…神殿には遠話の魔道具ってありまして…」

「あの遠くの人に声を届ける魔道具でしょ」

「私が使うと、得体の知れないおっさんの呻き声がすると言われまして…」


各地の神殿に色々な情報を共有する為に、王都の中央神殿から定期的にその魔道具で連絡をすることになっているのだが、アワノが地声で使うとどういうわけだかきちんとした音声で届かないらしい。彼女の低音の声が、ブツブツと途切れて相手方に届いてしまう現象が起こるそうだ。

ある神殿では連絡を受ける担当をしていた若い女性神官が泣き出し、ある神殿では中央神殿を魔獣が占拠したと大騒ぎになり、ある神殿では呪いの亡霊の声が聞こえると好事家が魔道具の前に殺到した。


「遠話の魔道具だけでなく、どうも私の地声は魔道具に微妙な影響を与えるらしくて…う…うううう…」

「ああ〜悪かったわ、嫌なこと思い出させて。ほら、泣き止んで!一回眼鏡外すから、目瞑って!」

「ううう…すびばせん…」


もう両手が自由に使える筈なのだが、何故かアワノはターニャに顔を拭かれるままにされている。ターニャも何の疑問にも思わず世話をしているようだ。


その様子が何となく面白くなかったパトリックは、大口で玉子がたっぷり挟まったサンドイッチを頬張る。口の中に押し込むようにしたので、口の端に玉子がこびり付いた。


「全く、世話の焼けること」


その行動を全て察したかのようにターニャはクスリと笑いながら紙ナプキンを手に取ると、そっとパトリックの顎に手を添えて優しく拭う。その瞬間パトリックがヘニャリと満足そうな口元になったのを見て、それが可愛らしくてついターニャはそのまま彼の頬を軽く摘んでしまった。


「ちょっとターニャ、やったのは僕だけど、一応人前…」

「あ、つい」


そしておそるおそる向かい側に座っているアワノを見ると、顎が外れるんじゃないかと心配になるくらいに口をパカリと開けたまま固まっていた。


「…と」

「と?」

「尊いです!!こ、こういうのって尊いって言うんですよね!!大神官様に教わりました!す、すごいです。さすが新婚さんです…じゃなかった、ええと駆け落ちもの?駆け落ちものですか!?」

「…何か違う気がする」


変なスイッチが入ってしまったのか、アワノはひたすらパトリックとターニャに向かって手を合わせて拝んでいた。


「ああ〜大神官様の言う通りに外に出て来て良かったです〜。色々なことはありましたが、神殿だけでは分からないことがいっぱいありました…」

「大神官様って、貴女を国外に行くように勧めた人?」

「はい!なるべく地声で話さないようにとか、この眼鏡のデザインとか、護身術の指導とか、とにかく何でも出来るすごい方なんです!」

「護身術…」


おそらくあの流れるようにパトリックを拘束した技のことなのだろうが、あれはどう考えても熟練の暗殺者のような動きにしか思えなかった。それを習得する方も大概だが、そもそも教える方がどうかしている気がした。


パトリックとターニャは、よく分からないがアワノの尊敬して止まないその大神官があらゆる元凶な気がしていた。だがそこは純粋に大神官への敬意を抱いているアワノには、大人なので敢えて指摘しないことにしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ