4 道中
わりといちゃいちゃしてます。
社交界デビュー前から家柄と美貌で人々の話題に上ることが多かったスタンリー・サンターナ侯爵令息が、非公式ながらも侯爵家当主のお膳立てにより見合いが行われたと噂が立った。
その相手は婚約目前と言われていた侯爵家令嬢ではなく、自国内では見覚えのない顔だったのでおそらく他国の令嬢であったと言われている。ちょうどその場に偶然にも居合わせたその件の侯爵家令嬢と近しい貴族の情報であったので、多くの人々は信憑性の高い噂話だと囁きあった。
その後、夜会に顔を出したサンターナ侯爵にさり気なく探りを入れた者曰く、侯爵は否定も肯定もしなかったらしいのだが、ただその席に同席していた夫人がスタンリーの母親であるということと、とある国の王族が西の国出身の未亡人を見初めて側妃に召し上げたということを何故か話題に出したということだった。
後日、異国の王が妃亡き後長く独り身を貫いていたのだが、ある未亡人と運命的な出会いをして周囲の反対を押し切り側妃に迎え入れたという恋物語が雑誌に掲載されて話題となった。その側妃が平民の砂漠の民であったと言われ、そこに侯爵の話を勝手に深読みした者がまことしやかに尾鰭を付けて広めてくれたのだった。この側妃はスタンリーの母親であり、先日連れていたご令嬢はきっと義娘の王女の一人であろう、と。
スタンリーの母を異国の平民とあからさまに蔑んでいた貴族達は、青い顔をしてサンターナ侯爵家に擦り寄ろうとしたらしいが、当然相手にされなかったと言うことだった。
噂の影で多くの者が歯噛みをしたようだが、歴史もあり派閥の力も強いサンターナ侯爵家と、他国であっても王族が関わる話題として、正面からとやかく言う者は存在しなかった。
これを境に、スタンリーを取り巻く「虫」達は一気に大人しくなって行ったのだった。
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「いつの間にか出世したもんだねえ」
「高位貴族風を狙ったのに、噂の王族扱いだもんね」
馬車の中でぴたりと隣り合って座りながら、パトリックとターニャは顔を寄せてクスクス笑いあっていた。
最近話題になった異国の王の恋物語の記事が掲載された雑誌が、開かれて2人の膝の上に乗っていた。
「不敬にならないといいけどね」
「大丈夫だよ。だって僕たちは自分から王族だとは言ってないんだし」
「そりゃそうか」
他国の王族の肖像画をそのまま掲載すると色々と不都合があるのだろう。記事と共に載っている新しい側妃の肖像画は随分と不明瞭だった。それにこの国の人間からすれば異国の人間の顔である。ターニャと民族的な特徴が似ているだけでそっくりと誤解する人間は多そうだ。
パトリックは、チラリと他に掲載されている王族の肖像画にも目をやった。
現国王と亡き妃が産んだ8人の王子王女が揃っている。人数が多い為に一人一人が小さく描かれていて顔立ちまではっきりとは分からないが、末の第4王女は真っ直ぐな黒髪に、華奢で可憐な容貌に見えた。「影」の任務上暗記が必須だった頭の中に叩き込まれている各国の王族の知識を引っ張り出す。確か来年か再来年に15歳で、すぐ上の王女と共に婚約者は決まっていなかった筈だ。
肖像画は少し前のものなのかまだ幼く見えたが、この第4王女はどことなく今のパトリックの妹と言っても通用しそうな印象を受けた。
もしかしたら留学と称して近いうちにこの国の学園にくるのかもしれないな、とパトリックは思った。
それを見越して侯爵が外見の似たパトリックを指名したのか、単に偶然なのかは分からない。ただ、パトリックの性別を分かっていながらも好みど真ん中と赤面していたスタンリーを思うと、この第4王女が留学して来たら間違いなく興味を引くだろうと簡単に予想できた。
その辺りの好みも全て把握された上で侯爵の手の上で転がされていたのだとしたら「次期侯爵、そのレベルになれるまで頑張れよ」とパトリックはそっとスタンリーに思いを馳せるのだった。
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2人は、国からの指令を受けて「影」としてキュプレウス王国へと向かっていた。
かの国は豊富な資源と肥沃な土地を有しているが故に、他国との国交がほぼ無い。そしてその国は、世界的には珍しい神からの「加護」と言われる特殊能力を有した者が産まれる率が異様に高い。この国では数千人、あるいは数万人に一人の出現数に比べ、キュプレウス王国は何と8割を越える国民が「加護」を持つと言われるのだ。
その圧倒的な差にどういった理由があるのか未だに解明されておらず、その「加護」の能力の有用性から各国で調査が切望されている。だが肝心のキュプレウス王国側は、いくら調査を打診しても「神のなさることです」という答えを返すだけであった。
2人は謎に包まれたキュプレウス王国内に入り、その国の政策や文化、技術などを調べること。そして可能であればその高い「加護」の出現率の理由を探ることが、今回課せられた任務だった。
要人の暗殺や、機密情報を奪うなどの任務より危険性は少ないが、国の後ろ盾も協力も一切得られないし、収集する情報が多岐に渡っている為にそれなりに苦労はしそうだった。
かつてその「加護」の稀少性故に国民が不当に他国に連れ出される事件が多発した時代があった為に、キュプレウス王国に入国することは非常に難しい。現在は近隣国から流入する難民が問題になっていて、入国の厳しさは年々増していた。
だがその反面、建国より子供に対しての政策が手厚いこともあり、難民でも家族の中に未成年の子がいる場合は一時的に入国を許可される場合があった。その子供が成人するまでという期限があり、住居や労働、行動などもかなり規制はされるが、それでも門前払いや危険を侵して密入国をするよりはるかに意味がある。
パトリックは自分の外見がまだ未成年の令嬢で通用することを生かして、ターニャとは夫を失って没落した貴族の母娘を装って入国希望することになっている。ついでに、領主に目を付けられて母娘両方に迫って来るので国内にいられなくなった、という説得力抜群の設定も付け加えている。顔立ちと肌の色は違うが、亡くなった父親似で通す予定だ。
長年の仕事仲間としても互いをよく知っているし、そして恋人同士の近しい距離感は芝居ではない仲の良さを演出できるだろうと決められた組み合わせだった。そうでなければ私情を挟む危険性を鑑みて、夫婦や親子、恋人関係の者達は同じ任務に就くことは殆どない。
「入国審査の詳細が分からないってのは、ちょっと用心しないとだね」
「うん。条件的には僕らは有利なんだけど、油断は出来ないな」
入国審査をする国境の検問所では、審査を弾かれた者が通過する場所に忘却魔法が施されているらしく、どんな審査をされるか分かっていないのだ。
未成年の子供がいるだけでなく、片親であったり、生活をする上で様々な理由で困難な事情がある場合は更に入国がしやすくなることは分かっている。設定としてはターニャは寡婦であり、条件としては有利な筈だ。だが様子を見て、国境の手前でパトリックの魔道義肢を外して国に送り返すことも考えていた。そうすれば「困難な事情」にも該当する。
「ターニャ、ごめんね」
「何だい、急に」
「僕の我が儘に付き合わせたから、スタンリーと何年も顔を合わせることが出来なくなっちゃって」
「何言ってんだい。そういう仕事じゃないか」
「そうなんだけど…でも一応僕から断ることは出来たんだよ。僕一人で未成年の孤児のフリだって出来た訳だし」
「あたしと一緒に行きたかったからだろ?」
「うん…ターニャと付き合うようになって仕事で組めなくなっちゃったから、こうやって特別任務を言い渡された時に嬉しくってさ。スタンリーのこと知ってたのに浮かれて即答しちゃった」
「別にいいんだよ。あたしだってパットとまた組めて嬉しいよ」
「でも」
更に言葉を続けようとするパトリックの口を塞ぐように、ターニャが自身の唇を重ねた。そのまま何度か角度を変えて深い口づけを交わす。
ようやく唇を離すとパトリックの口の端にターニャの口紅が移っていたので、彼女は軽く彼の顎に手を添えると、指の腹で柔らかくその色を拭った。
「あたしがパットの鬼みたいに厳しいマナー研修を最後までやり遂げたのは何の為だと思うんだい?」
「…そうだね」
「まだ信じられない?」
「ううん。ゴメン」
「一緒にいられるの、嬉しいよ」
そう言ってターニャは、パトリックの頭を胸に抱え込んだ。彼女の豊満な胸の中にパトリックの顔はすっぽりと埋まってしまう。
「苦しくない?」
「ん…気持ちいい」
「じゃあこのまましばらく寝てな。色々準備に奔走してあんまり寝てないんだろう?ちゃんと寝ないから余計なこと考えるんだよ」
「そうする…」
パトリックはそのままターニャの腰に手を回して胸に凭れ掛かるように体を預けた。ターニャは手を伸ばして座席の端に畳んであったブランケットをフワリと彼の背に掛け、その上から軽くポンポンとリズムを付けるように叩き始める。やはりターニャの言う通り寝不足だったのか、すぐにパトリックは寝息を立て始めたのだった。
その様子を眺めるターニャの瞳は、深い青い色の中に柔らかな温かさをたたえていた。
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「んー、どうしよっかなあ」
「あたしはそのままでいいと思うけど。今まである状態で慣れて来たから、多分ここで外すと動きが不自然になるよ」
「やっぱりそうなるかあ」
「あたしらは魔道具のことは専門外でよく知らない、と貫き通すしかないだろう」
キュプレウス王国まであと3日程の街までやって来ていた。
かの国に入国して商売をしたい者や、移り住みたい者は思っていたよりも多く、この街は予想よりも随分と栄えていた。しかし流れ者の方が多く住民自体はそこまで多くないせいか、治安は決して良いとは言えなかった。
見た目は美人母娘の2人は、あまり騒動を起こしたくないとランクの高い宿に泊まっていた。本来は没落貴族の設定なので、あまり目的地の近くで贅沢をしない方がいいのではあるが、迂闊に騒ぎを起こして目立つことを避ける方を選択した。うっかり安宿を選んで、どこかから侵入されたり宿屋の主人に破落戸を手引きされても困る。勿論負ける気はしないが、無駄に怪しまれる事件は起こさないに限るのだ。
2人は、サイドテーブルの上に入国の為の身分証明書を広げていた。記載されているのは嘘であるが、国から正式に発行されたものなので偽物ではない。
先程から悩んでいるのは、入国審査にパトリックの魔動義肢をどうするかだった。
大抵どこの国でも、武器や薬品、危険物に該当しそうな物は徹底的に審査され、場合によっては没収か入国拒否の扱いになる。危険性のない魔道具や魔石などもそれなりに丁寧に調べられる。だが聴覚や視覚を補助する為の魔道具に関しては、作製した国が正式な証明を魔法紋で刻んであるので、それさえあればまず調べられることはない。
パトリックの魔動義肢も、国を出る前に魔法紋を刻んでもらっている。通常であればそれで問題がない筈なのだが、この街に移動する際に乗り合い馬車で隣り合った商人から、キュプレウス王国の場合は魔法紋も関係なく魔道具は全て審査されるという噂を聞いたのだ。
パトリックの装着している魔動義肢は、もし調べられれば魔石の密輸入と誤解されてもおかしくない程の魔石が使われている。合成魔石を使用してかなりの数を減らしてはいるが、それでも右腕一本で一財産レベルだ。
もしパトリックに何かあって魔動義肢が奪われ悪用されないように、中の構造自体に厳重な隠蔽の魔法が掛けられている。これを見ることが出来るのは、開発者のドルイクと助手だけだ。パトリックも自分でメンテナンスが出来るように一部は見られるが、基幹部は許可されていない。
もしこの魔動義肢を詳細に調査されれば、国家機密級の魔道具だと分かってしまうかもしれない。これを悪用する気はないので詳細に調べられるのは構わないが、国交を結ぶ足がかりとなるかもしれない重要な魔道具だ。もし詳細を明かすとしたら、国同士が国交の誓約を結んでからにしておきたい。
「亡くなった旦那が全財産を投入して作らせたってことにしておく?一人娘の為、とか」
「そうだね。『王都で特別に作らせたと聞いていたので、そんなにすごい物とは知りませんでしたぁ』って純真な田舎の貴族娘っぽくしとこうか」
いっそ魔動義肢を外して行こうかとターニャと相談をしたが、やはり利き腕が使えなくなるのはこの先危険な事態に遭遇した場合も考えて避けるべきという結論に達した。万一に備えて左手だけで一通りのことは出来るようにはなってはいるが、それでも利き腕があるのとないのでは大違いだ。
「まあ危険に対処できる手は多い方がいいもんなあ。ターニャにも怪我はさせたくないし」
「あたしはそこまで弱くないと思うんだけど?」
「それは充分に分かってるよ。でも惚れた女を守るってロマンも分かってくれる?」
「じゃあ一度くらい機会があればそうしてもらうよ」
パトリックは商人から得た情報とターニャと付け加えることにした設定を便箋に記すと、鞄から取り出した小さな紙片に息を吹きかける。するとたちまち紙片は鳥の形になる。パトリックはその足に細く畳んだ便箋を括り付けて外に出した。その鳥は魔法で生成された伝書鳥で、天候や時間に構わず飛び続ける。そして国内に到着すると一番近くの転移魔法が設置されている場所まで行き、王城に報告を届けるのだ。
「ここからだと返事は3日か4日だね」
「念の為5日分延長しておこう。今日は遅いし、明日申し出ればいいかな」
広げていた書類を片付けると、盗難防止の空間魔法を掛けている鞄にしまい込んだ。入国審査に提出する正式な書類であるが、実は幾つかのパターンが既に用意されている。国境に近い街で情報を仕入れて、その中で一番問題のなさそうな設定の物を使うつもりなのだ。もし怪しまれたら国に照会の連絡が行くので、どのような設定を使って、どの程度変更をしているかは密に報告しておく義務があった。
「どうする?これから酒場に降りて色々聞き出して来ようか?」
「今日は到着したばかりだから無理しない方がいいよ。腰を据えてゆっくりやれって言われてるんだし」
「じゃあそうしようかな。……そしたら、今夜はパットとゆっくり仲良く出来るんじゃない…?」
ターニャは意味深に笑いながら、自身が座っていた1人掛けのソファからベッドに腰掛けていたパトリックのすぐ隣に腰を下ろして、しなだれかかるように寄り添う。ターニャの着ている薄手のシャツ越しから、まるで直接肌にでも触れているかと錯覚する程熱い体温が伝わって来る。
「でもさあ、この部屋って母娘で取った部屋だよね。さすがにマズくない?」
「後でシーツ燃やしちゃう?」
「それはもっとマズいって」
少し拗ねたような上目遣いをしながらも、ターニャの目の奥は期待で熱を帯びているようだった。パトリックは彼女の頭に手をやると、片手で器用にパチリと髪留めを外した。ターニャの癖が強くて量の多い髪がフワリと広がって、甘いけれどもほんのりとスパイシーな香りが鼻腔をくすぐった。彼女に似合うとかつてパトリックが贈った香油で、気に入っているのかよく使ってくれている。
パトリックはターニャのその豊かな髪に指を通す。癖は強いが、指に引っかかることなくスルスルと指の間を流れて行く感触が心地好かった。
「ベッドはマズいけど、風呂場は結構広かった」
「決まりね」
ターニャはすぐさまパトリックの頬にキスを落とすと、スルリと立ち上がった。
「浴槽にお湯張って来るから、タオルとかお願い」
「うん。任せたよ」
どことなくウキウキした足取りで浴室へ消えて行くターニャの後ろ姿に、パトリックはタオルを用意するのも忘れて「やっぱり可愛いなあ…」と誰に聞かせるでもなく惚気ていたのだった。




