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パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活  作者: すずき あい
パトリック・ミスリルの優雅な生活

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11/16

2 紹介



一人の少年が、カフェの扉を開けた。


「予約しているサンターナだが」

「お待ちしておりました」


店員が恭しく頭を下げ、店の奥の個室へと案内する。


その少年が移動する様子を見て、店内にいた同世代くらい時の令嬢達が、ほう…と溜息を漏らした。いや、中には明らかに年上の者も混じっていた。

彼の濡れたような重みを感じさせる艶やかな黒髪に、深い湖水を思わせる濃い青の瞳。この国の人間にしては少し肌の色が小麦色に近いのは、異国の血が入っているのだろうか。顔立ちもどこか異国風で、大きな目を縁取る睫毛がくっきりと生え揃い、少し厚めの唇などが妙に蠱惑的だった。まだ少年ともいえる外見であるのに、その顔立ちや仕草などから色香が匂い立つようだった。



「待ち合わせをしているのだが、まだ来ていないだろうか」

「はい。まだどなたもおいでになっておりません」

「そうか。それは良かった」


彼はコーヒーを注文すると、待ち合わせている人間を案内したら特に気を遣わなくていいと申し付けた。


運ばれて来たコーヒーを、彼はブラックのまま飲む。そして懐から文庫本を取り出して、栞を挟んだ途中から広げた。しばらくは静かな個室内にページを繰る音だけが響く。しかし、その音はだんだんと間遠になり、やがてその手が止まる。


少し冷めてしまったコーヒーを飲み干して追加注文をしようとカップに手をかけた時、店員が待ち合わせ相手の来店を告げた。


「通してくれ」


店員に案内されて、2人の人物が入って来た。



一人は背の高い女性で、強いウェーブの掛かった黒髪をザックリとまとめている。着ているものは素材自体は上質だが、シンプルなデザインのノースリーブワンピースだ。そしてそれが包んでいる彼女の肢体はそれは見事なものであった。はち切れそうな胸元、それに反して明らかに布に余裕のありそうな細い腰を経由して形の良い尻が続く。特に宝飾品は身につけていないのだが、彼女自身が豪奢な空気を纏っているので全く気にならない。彼女の肌は少年よりやや強い小麦色で、顔立ちと瞳の色は少年と似通っていて、同じ異国の血を思わせた。


共に入って来た人物は、やや小柄で華奢な美少女といった風情だった。やはり着ているものはシンプルではあるが、露出が少なく清楚さが際立つ。真っ直ぐで艶やかな黒髪を結い上げているせいで、白く細い首元があらわになっている。それが更に折れそうなほど儚気な印象を強くしていた。



受ける印象は真逆な2人であったが。どちらも目を引く美しさだ。



「待たせてしまったかい?」

「こちらが早く来ただけです」


2人が並んで座って注文を済ませると、互いに奇妙な沈黙が訪れた。少年は小柄な方の人物をチラチラ見ている。しかし相手の方はその視線を気にも留めていないかのように、少し伏し目がちのまま目を合わせようともせずに曖昧な微笑みを浮かべている。特にメイクをしているとは思えないのだが、長い睫毛のカールが大きな目を更に大きく見せているようだった。

この微笑みは間違いなく貴族のものだ、と少年は察する。貴族のドレスとは違うものの、椅子に座る際の所作だけでドレスの裾さばきが見える程に洗練されていた。何度も招待されたお茶会で見た令嬢、殊に高位貴族の仕草そのものだった。


「それで、本日はどういった御用でしょうか」

「ふふっ、いいよ。普段通りに喋りなよ」


注文が全て揃って、店員が予め気を遣わないでいいと言っておいたのを察して出て行く。扉を閉めた後、入口の付近でカチリと防音の魔法を発生させる魔道具が起動する。

このカフェの個室は防音や防御の魔法が充分に施されていて、貴族や商人が内密な話をする時によく利用されている。店員の方も心得ているので、テーブルに置かれた魔道具のチャイムで呼び出さない限り顔を出すことはない。


「しかし…」


背の高い女性に話しかけた少年は、気軽な様子で答える彼女に戸惑ったような顔になった。そして隣にいる人物にチラリと視線を送る。


「大丈夫だよ。ここ最近ずっと一緒にいるから、普段通りのあたしの口の利き方にも慣れてるよ」

「……それならいいけどさ」


少年の口調が急に砕けたものに変化する。そう言いながらも彼は落ち着かない様子だった。


「この子はあたしの息子でスタンリー」

「…初めまして。スタンリー・サンターナです」

「初めまして。パトリック・ミスリルです」

「ミスリル…侯爵家の縁戚の方でしょうか」

「遠縁にあたります。子爵家です」

「お前達…何で貴族っぽい会話してるのさ。別に普段通りでいいだろう」


2人のやり取りに、彼女はケラケラと笑った。


「だってさぁ、ターニャ、初顔合わせだよ?ちょっとくらいカッコ付けてもいいでしょ」

「あんたが貴族っぽくしてると誤解を招くでしょうが。もうスタンだって完全に誤解してるだろ。ややこしくなるからいい加減にしなさい」

「はぁーい」



目の前の2人の親し気なやり取りに、スタンリーは交互に顔を眺めてポカンとしている。カフェに入って来たときの、少年でありながらも周囲を圧倒するような色香を放っていた人物と同じとは思えない程年相応の顔になっている。



「何なの?母さん」

「悪かったね。侯爵様からは何も聞いてないのかい?」

「おじい様からは母さんに会いに行けってだけ。母さんとは年に1度だけ、って決めたのはおじい様なのにさ」



彼女、ターニャとスタンリーは親子であったが、産まれてすぐに父の実家のサンターナ侯爵家に引き取られ、ターニャとは年に1度だけ会うことを許されていた。

現在の侯爵家当主はスタンリーの祖父にあたり、その取り決めを命じたのは祖父自身であった。だが何故かまだ前回から半年程度しか間が空いていないのに、突然母に会いに行けと言われたのだ。


「あたしね、しばらく国外に行くことになったんだ。だから当分スタンとは会えなくなる。それを侯爵様に報せたら、特別に許可するから会って話せって」

「そう、なんだ」

「すまないね」

「いいよ。母さんはもともとこの国の人間じゃない。僕に縛られる必要はない。……って、一応確認だけど、何かやらかして国外追放とかじゃないよね?」

「あんたって子は!母親をなんだと思ってるんだい!」

「何かやらかしそうとは思ってる」


先程までの貴族然とした仮面を一気に取り払ってターニャと言い合いをしているスタンリーに、パトリックはクスクスと笑った。それに気付いたのか、スタンリーはスゥッと頬を赤らめた。


「あの…申し訳ありません。パトリック嬢…いや、あれ?パト…リック…?」


パトリックの名を呼んで、ようやくそれが一般的に男性に付けられる名前だと気付いて、スタンリーの顔に疑問が広がる。


「ええと…まさかとは思いますが…」

「まさかの男です」

「えええええええっ!?嘘だろっ」

「証明しましょうか?」

「パット!脱ごうとしない!」

「ええ〜折角脱ぎやすい服にしたのに〜」


久しぶりの反応に、パトリックは喜々としてボタンを外し始めたが、ターニャが胸倉を掴んで止める。


「嘘だろ…てっきり母さんが俺に見合い相手でも連れて来たかと思ったのに、男?すっごい好みだと思ったのに?俺、10分弱で失恋!?」

「もう惚れてたのかい。気が早い子だねえ」

「ゴメンね、僕ターニャしか興味ない」

「悪いね、そう言うわけだから。もしあんたが本気で奪う覚悟があるなら受けて立つけど」

「待って待って待って。情報量が多い!ついて行けない!!」


スタンリーが半ば叫ぶように手を上げた。


「……ええと、パトリック…さんは男性」

「そう」

「で、母さんとは」

「同棲中の恋人」

「えー、ターニャそこはお付き合い中とかってぼかさないの?」

「いやなんか今更息子相手にごまかすのもどうかと思って」

「だから情報量!」


ゼイゼイと息切れをしながら再びスタンリーが叫んだ。



----------------------------------------------------------------------------------



パトリックとターニャは、以前仕事で共に組んでいた。実はターニャも国の諜報員である「影」の一人なのだが、さすがにそれはスタンリーには教えていない。

そこで相性が良かったのか数年一緒に仕事をこなして来たのだが、気が付いたら一線を越えて仕事仲間から恋人同士になっていた。


ターニャは「影」の部分は言わずに、パトリックとは仕事が縁で知り合ったと説明した。


「僕が仕事で国外へ出ることになって、ターニャも一緒に来て欲しくてお願いしたんだ。多分年単位で帰国できないから、ちゃんと君には挨拶しておこうと思ってね」

「国外って…どこに行くんですか?」

「キュプレウス王国なんだけど」

「えっ!?あの大国?ウチの国と国交ないですよね?」



キュプレウス王国は、この世界で最大の領土を持つ国だ。その大半を海に面していて、隣接している国は3国しかなく、その国とも僅かな交易しか行っていない。広く豊かな国土を持っているだけに全てが国内で賄えてしまう為、無駄な摩擦を避けて他国との国交は結んでいないのだ。現に、周辺国から豊かさに惹かれて多くの難民が流入していることが問題となっていて、よほど有用な条件でもない限りかの国との国交は不可能と言われていた。



「上としては魔道具の技術提供、または共同開発くらいまで持って行きたいらしくってね。その為の交渉に行くんだ」

「パトリックさんは、外交官なんですか?」

「元騎士だよ」

「騎士!?……いや、いちいち驚いてたら身が持たない…はい、騎士ですね」

「順応早いね。さすがターニャの息子」

「だろ?」

「一応息子の前でいちゃつくのは控えてくれないかな」


感心したようにスタンリーを褒めると、ターニャは上機嫌でパトリックの肩に手を回して頬にキスを落とした。それを見てスタンリーは思わず半目になって呟いた。


「これ、今はまだ機密事項だから、秘密にしててね」

「へ?」


パトリックは軽くウインクすると、前置きもなく唐突に右腕を掴んで引っこ抜いた。


「ギャーーー!!」


これにはさすがにスタンリーも悲鳴を上げた。



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しばらくしてようやく落ち着いたスタンリーは、改めてパトリックの外した腕を見つめた。最初は恐る恐るだったが、見た目が全く普通の腕であることに興味が湧いて来たのか顔を近付けて熱心に眺めている。


「これ、義手ですよね?すっごいな…こうやって外れてても本物にしか見えないや」

「魔動義肢って魔道具の一種だよ。中に魔石と魔道回路が入ってて、本人の魔力で自分の手と変わらないように動かすことが出来る…ってことにはなってる」

「なってる?」

「うん。まだ開発中で一部の人間しか販売許可が出てなくてね。魔力量がそれなりに必要だし、制御の為の訓練も結構面倒くさいんだよ」

「へえ。でも凄い。ああ、これをあの国に売り込みに行くんですか」

「どうだろうねえ。あの国は技術力も相当進んでるから、こちらが教えを請う側になるかもね。共同開発だと向こうにあまり旨味がないし、せめて技術を学ばせてもらえるように留学生的な扱いくらいには滑り込みたいところだけど」

「それでもキュプレウス王国が取り合ってもくれなかったら?」

「そしたら諦めて別の国に行って、交渉するだけだよ。国によって交渉の仕方は変わるけど。思い切って西の国に行くのも有りじゃないかなと思ってる」

「西の…母さんの故郷…」



西の国は国土の半分以上を砂漠に覆われた国で、厳しい環境の中で暮らす為か人々が互いに強い絆で結ばれていることで有名だ。食糧自給率はほぼ他国に頼らなければならない程低いが、採掘される素材の質と量は随一で、魔道具も砂漠仕様で独特ではあるが広く普及していると言われる。

西の国の人々は、ターニャやスタンリーのような小麦色の肌に黒髪が多い。特にターニャの癖の強い髪は典型的な特徴だ。


「母さん達は、婚姻はしてないの?」

「ああ。あんまり縛られるのもどうかと思うし、一応パットも貴族だからねえ。色々と面倒なこともあるだろう」

「…それで、母さんはいいの?」

「いいさ。その方がお互い身軽で良いしね」

「そっか…」


何となく思うところがあったのか、スタンリーの返答は随分歯切れの悪いものだった。


「さて、そろそろ宿に向かうかい?いつまでも茶だけで占領してるのも悪いしね」



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いつも母子で会う時は、侯爵家が最高級のホテルを予約しておいてくれている。年に1度しか会えないことを気遣ってか、その日は時間を気にせずに積もる話が出来るよう侯爵家からの取り計らいだった。



年に1度泊まりに来る侯爵家次期当主が半年も経たずに顔を出したことを珍しく思っていただろうが、そこは最高級のホテルである。いつもと変わらぬ対応で最上階の部屋に案内してくれた。


手続きの際、ロビーにいた貴族達がこちらをチラチラ見ていたが、いつものようにうっとりと眺められているだけだと思いスタンリーは安堵する。こういった貴族の多い場所で相応しくない装いの者が来ると奇異の目で見られがちなのだが、ターニャもパトリックも、簡素な服装でありながらもその美しい容貌の力技で押し通せているようだった。



ターニャはもともと平民の出身であるので、着ている服も貴族のような装飾の多いものを好まないし、所作も丁寧ではない。どちらかと言うと大胆で豪快な性格であるので、豊満な肉体で男性の目も惹くが、最終的には女性の方によくモテていた。

パトリックは、一見すると儚気で華奢、庇護欲を思わずそそるような外見で、滲み出る気品や所作は高位貴族のご令嬢そのものだった。中身はともかく、本人の意思に関係なく男性から人気を集め、女性からはやっかまれる典型だろう。



正反対な2人が仲睦まじく腕を組んで歩いて行く姿は、何とも不思議な光景であった。その2人の横を歩いている、いかにも貴族の風格を漂わせている異国風の顔立ちの少年も合わせると、一体何の組み合わせなのだろうと思っているに違いない。

きっと彼らの本当の関係を当てられる人間はいないだろうな、と思うと、スタンリーは誰にも分からない程度にうっすらと口角を上げたのだった。



「で、僕はどこで寝ればいいかな」

「あたしとでいいんじゃない?いつも同じベッドで寝てるんだし」

「でもさあ、一応息子さんもデリケートな年頃だし?やっぱり気まずいでしょ」

「俺は母さんとは嫌だよ。寝相悪いし」

「ターニャの(おっぱい)に押し潰されて寝るのがいいのに?」

「ちょっと、デリケートとか言いながら露骨な物言いすんなよ!」



部屋に入って人目がなくなったのをいいことに、3人はすっかりいつものようにポンポンと話し出した。パトリックとスタンリーは今日が初対面ではあるが、ターニャのざっくばらんな話し方に慣れている。あっという間に馴染んでしまったようだった。



幼い頃は一つのベッドで眠っていたが、さすがに今は寝室が2つある部屋を用意してもらっていた。だが、今回はパトリックが増えたことで揉めていた。揉めているというよりも、2人で年頃の息子をからかっているのに近いのだが。


結局、パトリックはどちらの寝室にも行かずに広いリビングのソファで寝ることになった。ソファと言っても最高級の部屋に備え付けられている逸品である。広さもクッションも、普通の部屋のベッドより上なのだ。特に小柄なパトリックは充分すぎる程だった。


「いいのかい?」

「うん、ソファでも充分」

「ならいいけど」


そんなやり取りをする2人を横目で眺めながら、スタンリーは「どうせ夜中に母さんが自分の寝室に引っ張り込むだろうな」と察していた。昔から自由で奔放な質で、恋人の存在を知らされたのは1度や2度ではない。西の国の国民性とも言えるが、一度もその国に行ったことのないスタンリーもその気質が受け継がれているのか特に抵抗もなく「俺の母さんモテる」と自慢に思っているくらいだった。

今回のように相手と直接顔合わせしたのは初めてだったが、別に嫌悪感はなかった。むしろパトリックの存在が特異過ぎて、それどころではなかったからかもしれない。



「ああ、そうだ。今日の夕食はここのレストランにしたいんだけど、手配してもらっていいかな」

「いいけど…母さんああいうとこ好きじゃないって」

「それはそうなんだけど、()()()()()退()()があってね」

「最終試験と虫退治?」

「その辺は支度をしながらパットから説明聞いて。あたしも身支度に気合い入れないとね」

「え?え?」

「はーい、スタンリーくんご案内ー」


ターニャはにこやかに笑って自分の寝室へと消える。そしてパトリックは訳の分からないスタンリーを彼の寝室へ引っ張って行き、風呂場まで連れて行った。


「晩餐の前にはちゃんと湯浴みして着替えないとね!」

「え?そ、そうだけど、入るの!?」

「おー、さすがにこっちも広いな。これなら2人一緒も余裕だ。ターニャからは自分のことは自分で出来るって聞いてたんだけど、どうする?お手伝いのメイド呼ぶ?」

「それは大丈夫!」


風呂場を覗き込んで広さを見て確認を取ると、パトリックはさっさと服を脱ぎ始めた。


「……ホントに男だ」

「まあ皆そう言う」

「と言うか、メチャクチャ腹筋割れてるし…全身鍛えられ過ぎじゃない…?何か見えないとこに古い傷も多い…あ、そうか騎士って言ってたっけ」

「元、騎士だよ。腹筋鍛えてるのはドレス着た時にコルセット着けるのが面倒だから。ま、趣味と実益?」


パカリと口を開けて遠慮なくまじまじと眺めて来るスタンリーに、パトリックは苦笑しながら答えた。


「趣味って…ドレス着るんだ…」

「たまにね。記念日にはお互いに着て欲しい服をプレゼントし合ったりするからさ。ターニャも可愛いって喜んでくれるし」

「母さん、ドレス贈るのかよ」


受け答えや貴族の仮面を被っているときはさすがに次期侯爵として鍛えられたところを感じるが、こうして素の顔は年相応の少年らしさを持っていた。


「色々聞きたいこともあるとは思うんだけどさ、取り急ぎさっきの最終試験と虫退治の話ね」

「う、うん…」


パトリックが洗う為にサラリと髪を下ろして振り返ると、スタンリーは真っ赤な顔をして視線を逸らしてしまった。間違いなく男性だと分かっていても顔だけ見れば可憐な美少女であるので、やはりそれなりに破壊力はあるようだ。パトリックはその反応にスタンリーに気付かれないようにニンマリと笑った。



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「最終試験ってのはターニャのでね。彼女も今後、僕と一緒にいるとどうしても貴族との会合の場に同行してもらう機会が増えると思うんだ。それこそ相手の都合で突然国交に関わる貴族と会うことになる場合もある。そうやって抜き打ちで相手のレベルを計るって策略が普通、って貴族もいるらしいし」

「まあ、パトリックさんの…パートナー?ってのになるなら必要だろうなあ」

「ターニャも、やろうと思えば一通りの作法はできる人だよ。でも今のレベルだとこの国の中でしか通用しない。国外でも通用するレベルになるには高位貴族並の作法は必須だ」

「…うん」

「だから、ターニャには僕がみっちり作法を教え込んだ。今回は侯爵家の次期当主と晩餐を囲んでも見劣りしないかどうか。それが最終試験」

「母さんの最終試験か」

「折角の親子水入らずの場で、付き合わせて悪いね」

「べ、別にいいよ!」


ザバリと髪に付いた泡を洗い流して、今度は丁寧に香油を塗り込み始めたパトリックに、慌てて距離を取るようにスタンリーは湯船に逃げ込む。湯気で体がぼんやりとしている分、その仕草も彼には刺激が強かったようだ。


「ここで合格ラインに達してないと一緒には行けなくなるからって、ターニャも頑張ってくれたよ。僕、結構厳しかったんだけどね」

「母さんが…何か意外だな。母さんは自由で、そういう貴族の世界とは無縁で生きていたい人だと思ってた」

「僕も自由な彼女が好きだよ。でもそれじゃ僕と離れることになるって頑張ってくれた。そういうとこ、健気で可愛いよねえ」

「…そういうのは息子の前では控えてくれるかな」


パトリックが頭にクルリとタオルを巻いて、トプリと湯船に浸かった。少々近い距離感に、スタンリーはさり気なく距離を取る。髪を上げたことで露になる項から顔を逸らそうとしつつ、ついチラチラと見ている様子がパトリックからは手に取るように分かる。


「それで!その、虫退治ってのは」

「サンターナ侯爵閣下からのご依頼だよ」

「おじい様の?」

「今、君の周辺にちょっと厄介な『虫』が飛び回っているでしょう?」

「あー…」


その比喩表現で、察してしまったスタンリーが苦笑混じりに天井を仰いだ。



スタンリーは来年学園に入学する予定だ。今はまだ同じような家格の者や同派閥の家との交流程度しかないが、学園に入れば一気に交流が広がる。そこで出会いをする前に、将来有望株なスタンリーの婚約者に収まろうと色々裏で手を回す者達がいた。母は異国人だが、父は侯爵家の一人息子であり、スタンリーはその忘れ形見だ。現当主はもう公の場で次期当主をスタンリーに指名している。そしてまだ少年ながらも放つ色香に、将来は間違いなく誰もが溜息を吐いて振り返るような美青年に成長することは想像がつく。いや、既に現在の彼にも狂信的な熱情を向けて来る令嬢は多数存在していた。



()()()()を退治出来れば、多少は楽になるんじゃないかな。だからそれを手伝うよ。今回網にかからないような小さな羽虫は君自身で払うんだね」

「…ありがとうございます」


おそらく「大きな虫」というのは、最近しつこくつきまとって来る侯爵令嬢のことだろう、とスタンリーは思い当たる節を考えた。家格としてはサンターナ家と同じだが、国内貴族至上主義のあちらの家とは昔から反りが合わず、以前から交流は殆どなかった。それなのにスタンリーにあちらの令嬢が目を付けたらしく、母のターニャが西の国出身であることをあからさまに蔑みながら、嫁いでやってもいい、とことあるごとに上から押し付けて来ていた。蔑む相手なら放っておけばいいのに、相手にしないとヒステリックに騒ぎ立てる。お茶会に出席する度に毎回招待状をどこからか入手して張り付いて来るので、正直彼女の顔を見るだけで疲弊を覚える程だった。



「設定としては、異国の貴族の後妻になった母親が、義理の娘を紹介しようと見合いを設定した、ってところかな」

「じゃあ、俺はそこでパトリックさんに一目惚れをすればいい訳だ」

「話が早くていいね。もう侯爵閣下主導で話が進んでいると向こうには伝わってる筈だよ。それに母親同伴と言え、同じ部屋に泊まっていることも、ね」


パチリと綺麗なウインクを送って来たパトリックに、スタンリーの顔が必要以上に赤くなっていたのは湯に浸かっているからだけではなさそうだった。



ターニャは可愛いもの大好きなので、パトリックには毎回フリル満載のドレスとかフワフワの少年服とかを贈ってます。パトリックはタイトなスーツとか可愛い系のベビードールとかを贈って、照れながら着てくれる姿込みで選んでいます。まあ、仲良しなので(笑)




ちょいちょい出て来る西の国のこと。


国土の大半が砂漠で、生きるには厳しい環境の国。その為一族の結束が固く、家族が多いのは良いことだ、的思想。労働力が大事なので、核家族より大家族化しないと生き延びられなかったという歴史的背景がある。狩猟や遊牧を主として生活するため、基礎体力、戦闘能力が非常に高い。明るく情熱的な性格が多い国民性。

配偶者と子供の衣食住に不自由させない財産と環境さえあれば多夫多妻も認められている(ただし先に婚姻を結んだ配偶者(特に女性)が拒否すれば成立はしないので、強引に娶ろうとすると配偶者の一族から袋だたき(物理)に遭う)。異父、異母兄妹も珍しくない。近親婚を避ける為に、昔は遠い一族同士が同数の母子をトレードし合う「嫁子交換」を行う風習もあったが、最近は一応廃れている。成人は14歳だが、子がもうけられるようになれば婚姻は可能。

そんな感じの国です。

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