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パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活  作者: すずき あい
パトリック・ミスリルの優雅な生活

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10/16

1 出発


「師匠ー!ドルイク師匠ー!!また壊れたー!」

「またかよ!お前は使い方が荒いんだよ!」

「早く需要のある騎士用を販売したいから荒っぽく使えって言ったのは師匠でしょう!」


パトリックが足首辺りから煙を出しながら研究室に駆け込んで来た。



研究室の中にいた、小柄ではあるががっしりとした骨太の中年男性が、掛けていたゴーグルを外して渋い顔をした。


「ほら、見せてみろ」

「はーい」


パトリックは彼の側にあった椅子に座って、躊躇なく服の裾をめくり上げると煙の出ている右足をバキリと膝から外した。


「で。何やってこうなった」

「えーと、今回は身体強化魔法を掛けながらトルネード足場にして上まで行って、風槍(ウィンドランス)でハーピー落として」

「魔法3種類程度でこうなるわけないだろう」

「着地に失敗した」

「それか」



パトリックが駆け込んで来たのは、魔動義肢を研究開発している場所で、このドルイクと呼ばれた男性が所長をしている。

彼は物作りが得意で手先が器用な種族で有名なドワーフの血を継いでいるらしいのだが、唐突な先祖返りなのか身近にドワーフの親族はいないらしい。しかし才能も先祖返りしたのか、非常に器用で天才的な魔道具師として王城でも有名だった。とは言え、半分は研究熱心が過ぎて色々な伝説を作りまくって人々に距離を取られているという意味でも有名なのだが。



「ああ、ここか。お前必ず右足に負荷を大きく掛ける癖があるからな。やっぱり個人の癖は汎用品で対応させて行くのは無理だな。個別調整は必須、と。その予算は取らねえとなあ。なかなか低価格の実現は遠いな」


本物の足にしか見えない義足をパカリと開いて中を見ている様子は、何度見ても複雑な気分になる。ドルイクは専用のレンズを片目に装着すると、煙の出ている足首の部分を詳細に調べた。


「えー、ここ一カ所だけであんなに煙上がるの?どうにかならない?」

「こりゃわざとそうしてるんだ。可動に重要な部分がちょっとでも異常を感知すると派手に分かるようにな。少しの故障を見逃すと、後から取り返しのつかないことになる。ちょっと違和感がある、くらいで修理に来てくれるならいいんだが、世の中そこまで繊細な奴は多くないからな」

「師匠が一番大雑把なくせに」

「うるせえ!助手の奴が、オレみたいなのが真っ先に気が付くように仕様として付けたんだよ」


パトリックは、自ら志願してドルイクらの開発した魔動義肢を装着していた。最初はトラブルしかない状態だったが、使用し始めて1年程で大分使い勝手が良くなって来ていた。そう体を動かすことのない人間であれば日常生活を送るのに問題ない程度までは動作可能になった為、まずは貴族の間からではあるが販売を開始している。とは言え、まだまだ改善点は多い。何度も研究室に足を運んでは奇譚のない意見を述べ、もともと魔法士として学んでいたので多少の知識があるパトリックをドルイクは気に入ったようで、今では師匠と弟子のような関係になっていた。


「この前、お前さんが作った合成魔石の調子は良さそうだな。出力が少しばかり落ちるのは魔石の質によりけりってとこだ。質さえ良けりゃあ問題ないし、落ちたと言っても日常使いには問題ない」

「ホント?耐久性も問題ない?」

「ああ。逆属性の魔石じゃなければ単体のよりも耐久性は上がる」


少し前に、ほんの偶然からであったがパトリックは近い属性の魔石を融合することに成功していた。2種類の魔石を属性を保ったまま合成するので、大量の魔石を内部に装着して大分重かった義肢の大幅な軽量化の助力となっていた。


「何だ?やけに嬉しそうだな」

「前に命を助けてもらった恩人が結婚するとかでさ、その指輪に魔石を使いたいって聞いたから合成魔石を作ろうと思うんだ」

「ほう。そりゃめでたいな!」

「それで、師匠には指輪のデザインと台座の金属加工をしてもらいたいんだ。あと良さそうな素材も欲しい。勿論ちゃんと料金は払うよ」

「おう、在庫から好きなヤツ選んで行け。金庫に入ってる奴でも何でもいいぞ」

「金庫に入ってるのは国宝級のヤツでしょ!そんなの使ったらヤバいから!」


ガハハと笑うドルイクはまさに豪放磊落で、研究者というよりも職人と言った方がしっくり来る。しかし、そんな会話をしながらもパトリックの義足の修理の手は止まることはない。


「何だ?それ、ひょっとして指輪の設計図か?」

「うん」

「こりゃひでぇ」

「だよね」


封筒に入った書類をパトリックが広げると、興味津々に覗き込んだドルイクが渋い顔をした。


「昔からセンスがアレなのは知ってたけど、改めてヒドイ」

「こんなにひでぇのはオレには絶対思い付かねぇ…世の中広いな」


そもそも最初に指輪と聞いていても指輪とは思えないデザインに、パトリックはまずどの部分に指を入れるべきなのかを悩むところから始めた程だった。


「しっかし、希望の付与とレベルがこれまたエゲつないな。こんなにガチガチの護りと反撃入れて。おまけに指定の場所から一定以上離れると位置情報追尾の付与までかよ。相手のお嬢さん引かないのか…」

「…慣れてるんじゃないかな、多分」


パトリックの脳裏には、婚約者の話をするときのヘニャリと蕩けたアレクサンダーの顔が浮かんでいた。最後の記憶は、仲間を斬らねばならないことに感情を消し切った暗い目をした彼の顔だ。それ以来会っていない。

本当は救った者と救われた者なのだが、真相を隠している以上斬った者と斬られた者の関係なのだ。当人達が構わなくても、会うことで周囲の口さがない者達に付け入る隙を与えないように、と会うことも連絡を取ることも禁じられていた。



一時期はアレクサンダーも騎士団の中で不名誉な噂を流されて辛い思いもしたようだが、最近は彼の名誉も回復傾向らしいとレナード経由で耳にしていた。そして、半年後にやっと婚約者と結婚することが決まり、彼女に贈る指輪に身を守る為の付与が出来る女性付与魔法士を探していると聞いた。

女性と指定したのは、単に婚約者の身に着けるものに男性が関わって欲しくないという独占欲だろう。しかしその付与の希望が高過ぎて、なかなか該当者が見つかっていなかった。単独でなら見つかるのだが、複数付与を希望するとなると魔法士同士の相性も関わって来る。

そこでパトリックが魔石の合成と一部の付与を受け持つと立候補したのだ。パトリックが得意ではない属性の付与は、レナードが請け負うと言っていた。以前にこの魔動義肢の付与実験で互いの魔法の相性は悪くなかったのは分かっているので、問題なくアレクサンダーの希望レベルの付与が出来るだろう。男性ということを除けば。



アレクサンダーは話を受けて多少渋ったようだが、婚約者の安全が最優先、と承諾したらしい。


レナードが仲介になって合成用の魔石と希望の指輪の設計図を受け取った。魔石は魔獣の心臓部にあたる核で、魔獣が強ければ強い程有用性も高く高額で取り引きされる。用意されていた魔石はアレクサンダー自身が何頭も狩ってようやく納得行く色を選んだそうで、婚約者の髪の色と瞳の色の石が二つ揃っていた。どちらも相当強い魔獣でないと採取できないであろう見事な透明感のある石だった。どちらも彼女の色で選べずに迷っていたらしいので、提案された魔石の合成は願ったり叶ったりだったらしい。そして希望する付与魔法や、指輪のデザインもアレクサンダーが指定したと聞いた。


しかしながら、石はきちんと質の良いものを選んでいるのに、指輪のデザインが壊滅的だった。あるのは石の選択眼だけだったらしい。昔から贈り物のセンスが独特なのは知ってはいたが、ある意味ますます磨きがかかっているようだった。

これをそのまま贈ったら、さすがに婚約破棄まではされないだろうが今後の夫婦仲が心配になる出来映えだった。


そこでパトリックは、見た目に似合わずかつては宝飾品も手がけていたことがあるというドルイクにアドバイスを貰う為に設計図を持って来ていたのだ。



「前にこれと同じ物を贈ってて、彼女も気に入ってたみたいだから似たような感じに仕上げてもらえないかな。台座の色はこれと同じで」


パトリックはポケットから布袋に入れたペンダントを取り出した。そのペンダントは緑の石と、それを包むように金茶の金属の台座に花のような加工がしてあって、シンプルながらも繊細で可愛らしいデザインだった。その金茶の金属の色がアレクサンダーの瞳の色によく似ていた。


「おお!こりゃ懐かしいな。こいつはオレが実験と小遣い稼ぎを兼ねて工房に下ろしてたシリーズだな。さすがにこいつはオリジナルとは違う素材を使っているが…ようし、久々にオリジナルを作ってやるか!」

「え?それはありがたいけど…師匠、参考までに何の素材を使う気?」

「こいつは魔鋼鉄に色の魔法を付与してあるだけで、軽い防毒しか入ってないがな、オレが作ってたのはミスリル鋼に魔鋼銀の合成に、アダマンタイトの粉を練り込んだ…」

「それ…一体いくら掛かるのさ」

「いや、どこまで硬くて魔力付与が出来て、更に細かい加工が可能かっていう素材実験だったからな。当時も石代くらいしか取ってねえ。今回も素材合成は久々だし、デザインと加工料だけでいいぞ」

「あ、ありがとうございます…」


ドルイクが上げた素材は、どれも相当貴重な物ばかりだった。どの金属も、魔力と相性が良いので強い付与魔法を掛けることが可能だ。それだけの素材を使うなら仮にパトリックが持ち込んだペンダントサイズであっても、全てを防御の付与に注ぎ込めば、大型魔獣の一撃でも防ぐことが出来るだろう。


「お!そうだ!あの時の腕じゃ出来なかったが、今なら付与増幅の回路も裏側に彫り込み出来るな!」

「アリガトウゴザイマス」


付与増幅の回路は、付与魔法を付けたい素材に刻み込むことで、その素材に入る付与魔法を通常の5割は多く入れ込むことが出来るが、非常に繊細で複雑な難しい加工だ。


何だか王族に献上してもおかしくないような物が出来上がりそうで、パトリックは冷や汗をかいた。しかし、一度スイッチが入ってしまったドルイクは止まらないだろう。ノリノリで義足の調整を終え、早速何も耳に入っていない様子でガリガリとデザイン画を描き始めた。そんなドルイクの背中を見つめ、パトリックは義足を装着するとそっと研究室を後にしたのだった。



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後日、出来上がった指輪に付与魔法の一部を担当してからレナードに渡した。台座の金属に、受けた攻撃分を反射させた上で防御魔法も同時展開するという付与を担当したレナードから「いくら付与しても付与しても上限にならなくて、危うく魔力切れで倒れるところだったんだが」と渋い顔で報告を受けた。

レナードは騎士団長でありながら、多数の属性の魔法を使いこなし魔力量も相当多かった筈である。


一体どれだけの素材で加工したのか、パトリックは恐ろしくてドルイクには未だに聞けずにいた。と、同時に、希望を出していたレベルまで付与をしてあれば上限まで魔法を入れ込まなくても良かった筈なのだが、頼まれてもないのに上限まで付与したレナードに、温かい思いを感じたのだった。



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「わあ、お嫁さんキレイねえ」


パトリックの隣にいた女の子が、思わずと言った感じで感嘆の声を上げた。彼も同じタイミングで同じことを思っていたので、まるで自分が出来ない分代弁してもらったようで少しだけ口角を上げた。



ちょうど大通りを挟んだ向う側の神殿で、今まさに結婚式を終えて祝福に包まれながら出て来た2人がいた。白い礼服と白いドレスで寄り添って笑い合っている姿に思わず目の奥が熱くなり、パトリックは慌てて被っていた帽子を更に目深に引き下げた。が、すぐに自分の動作に思わず苦笑する。


(これじゃまるで相手に捨てられた恋人みたいじゃないか)



今日、その神殿ではアレクサンダーと婚約者との結婚式が行われていた。


長い長い、拗らせた初恋をやっと成就させたアレクサンダーは、これまでで一番甘く蕩けた目で花嫁を見ていた。祝いに来てくれている参列者に目もくれていないが、来ている人間も皆分かっているらしく、その様子を笑顔で見守っている。その隣に立っている花嫁は、少し困ったような恥じらうような表情をしているが、アレクサンダーを見つめ返す目は温かい愛情に満ちているのは遠目でも分かった。その彼女の指には、パトリックやレナードが祝いの気持ちを全力で込めた指輪が光っている。パトリックは安堵した気持ちと、少し羨ましい気持ちで2人を眺めた。



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パトリックはいよいよ「影」としての実地訓練も兼ねて、しばらくは南の辺境領に行くことになっている。そこで無事に任務を終えれば、今度は国外での諜報活動に加わることになる。王都へは数年は戻ることはないだろう。今日はその旅立ちの日だった。


乗り合い馬車の切符をレナードから直々に渡されたので何かあると思ったが、まさか馬車を待つ停留所の向かいでアレクサンダー達の結婚式が執り行われているとは思いもよらなかった。脳裏にレナードの得意気な顔が浮かんだが、それが腹立たしくもあり、感謝の気持ちもありで複雑な気持ちだった。



結果的に魔動義肢の義足の方は1年程度使い続けてみたが調整が難しく、まだ実戦には使えないということで両足は再生をしてもらっていた。ただ右腕の方は様子見ということで、そのまま装着している。見た目は通常の腕と変わらないので、誰もパトリックが義手とは分からない。結婚式を祝いに来た参列者の中にはかつての騎士科の同級生もいたが、パトリックの怪我のことは知られているので通りの向こうに彼がいるとは思わないだろう。


それに、今のパトリックはかつての自分とは髪の色も目の色も変わっている。変装の魔道具で一時的に変えているのではなく、魔法で半永久的に変更してもらったのだ。諜報活動が長期になるので、魔道具や染色では怪しまれないとも限らない。

今の髪色は黒に、目の色は灰青になっている。顔立ちはそのままの美少女ではあるが、色味が地味になったことで多少は市井に紛れることに苦労しなくなった。それに今は髪も短くして、着ている服も裕福な商家の息子風にしている。かつての「パトリシア」と同一人物には見えないだろう。時折自分でも、朝起きて鏡を覗き込んだ時にギョッとすることもあるくらいだ。


かつて畏怖しつつも、いつかその手を取ってみたかったと願った彼女(伯母)。きっと異母兄の黒髪を見る度に心がざわついたのは、彼女への憧憬からの嫉妬だったのかもしれない。その彼らと同じ黒髪を希望した。目の色も彼女に合わせて澄んだ青い色を望んだのだが、侯爵家の縁戚という後ろ盾を使うなら灰色を入れておいた方がいいと忠告を受けて、仕方なく中間を取って灰青の色を選んだ。

レナードには「私とお揃いにしないのか」と冗談を言われたが、そこは丸々無視した。



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ガタリ、と乗り合い馬車が少しばかり遅れて到着する。パトリックは小ぶりのトランクを片手に馬車に乗り込む。ここから乗り込む客は自分一人のようだ。


「結婚式にあうとは、何だか幸先がいいですね」

「そうですね。綺麗な花嫁さんで羨ましいことです」


御者に話しかけられて、それに合わせて返答する。そう言って窓の外に顔を向けた瞬間、ほんの一瞬アレクサンダーと目が合ったような気がした。



馬車がゆるりと動き出す。

すぐにその場から離れてしまったので、あっという間に彼らは見えなくなった。


(きっと気のせいだ)


今はまるで別人な姿だし、彼がこちらを向いたのも一瞬だった。ただ偶然こちらを見たような気がしただけだ。パトリックは少しだけ早い心音を抑えながら、馬車の壁に凭れた。



まだ先は長い。

パトリックは目を閉じた。昨日は遅くまで魔動義肢の改善点を纏めた書類を仕上げて来た為、すっかり寝不足だった。すぐにフワリと暖かな眠気が降りて来る。



瞼の裏に、幸せそうな笑顔の白い影が浮かんでは消える。何度かそれを繰り返し、最後は眠気の中にサラリと溶けて消えた。


まるで砂糖菓子のようなそれは、優しくて甘い、幸せそのものの味がしたような気がした。


アレクサンダーがパトリックを見たのは「俺の妻に色目を使った(褒めただけ)のはどいつだああぁぁぁ」って牽制の意味です。「まさかあいつパット…?」的なものではありません(笑)妻にデレデレしつつ、安全確認と牽制を込めて、めっちゃ身体強化全開でいます。


遠い未来、夫妻が亡くなった後に国宝級の素材と付与の付いた指輪が発見されて、子孫が頭を抱える事案があったりします。誰も付けることの出来ない指輪(妻以外使えないように設定)は、ノマリス家の家宝として代々語り継がれました。

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