第7章 「衝撃!少女兵士は時空漂流者?」
清山先生の後を追った私達3人は、研修室を飛び出し、そのまま医務室のICUに雪崩れ込んだの。
「こうして見ると、随分と雰囲気が違うな…眠っている時は、お京そっくりに見えたのに…」
ICUへと真っ先に駆け込んだマリナちゃんが開口一番に漏らしたのは、そんな一言だった。
病室の清潔なベッドには、美しい青髪と童顔の傾向を帯びた美貌が印象的な少女が、緑色の病衣にその身を包んで、むっくりと上体を起こしている。
左側頭部で揺れていたサイドテールは、検査のために解かれたみたいで、艶やかな青髪は背中の辺りまで下ろされていた。
こうしてヘアスタイルが大幅に変わった事で、保護した時には気付かなかった違いが、如実に顕在化してきたよ。
私達の知っている京花ちゃんは、友達想いの熱いハートと強い正義感を兼ね備えた、明朗快活な主人公気質の子なんだ。
時々悪ふざけが過ぎるという、悪友っぽい所もあるのが玉に傷だけどね。
ところが、こうして私達の目の前で上体を起こしている女の子は、京花ちゃんよりも幾分か表情が固くて、より一層に落ち着いた雰囲気を漂わせていたんだ。
マリナちゃんは身長の誤差に違和感を抱いたみたいだけど、こうして改めて見てみると、一目瞭然だね。
身長だけではなくて頭身の方も、京花ちゃんより幾分か高そうだ。
オマケに、スタイルも良いんじゃない?
日本軍の軍装で気付かなかったけど、割と着痩せするタイプなんだね。
京花ちゃんを1~2歳程成長させて、多少の辛酸を舐めさせたら、こんな面構えになるんじゃないかな。
京花ちゃんに酷似した女の子は、ICUの室内を見回しながら、各種の設備を物珍しそうに眺めていた。
まるで、初めて見る物であるかのようにね。
「作戦中に人事不省となってしまった自分を保護して頂き、恐悦至極であります。この病院は、随分と近代的な設備が充実しているようでありますね。」
どうやら、意識はハッキリしているみたいだね。
「あ、あの…貴女は…」
おずおずと顔を覗き込む英里奈ちゃんに、謎の少女はキリッと向き直った。
「陸軍女子士官学校を繰り上げ卒業させて頂いてから、僅か1年。未だ少尉に過ぎない自分を、幹部用病室に収容して頂くなど、身に余る光栄。この園里香少尉、感無量であります!」
実に礼儀正しく、美しい折り目の付いた丁寧な挨拶だった。
そしてそれは、この青髪の少女が京花ちゃんでない事を示す、何よりの証しでもあったんだ。
清山先生に提示されたデータで、予め心の準備をしていたつもりだったけど、本人の口から直接聞かされると、やっぱり衝撃は大きかったね。
「や…やはり!それでは…この方は京花さんの…」
思わず飛び退いた英里奈ちゃんったら、覚束無い足取りでフラフラと後退りを始めちゃったんだ。
「え…英里奈ちゃん…!」
危なっかしくて見ていられないから、英里奈ちゃんの両肩を抱き止めた私だけど、そんな私の理性も、ここまでだったね。
「り…陸軍女子士官学校って言ってるよ…!」
「ああっ…ち…千里さん…」
私は英里奈ちゃんと手を取り合うと、そのままヘナヘナと病室の床に座り込んじゃったの。
我ながら情けないよ。
「落ち着け、英里、ちさ!ここは私がやる…!」
そんな不甲斐ないA組の私達を目線で下がらせ、マリナちゃんがベッドに歩み寄ったんだ。
珪素戦争時代の日本軍兵士にして、親友である京花ちゃんの御先祖様。
何とも複雑な肩書きを持つ少女を前にして、さすがに多少の戸惑いはあったものの、マリナちゃんは腹が据わっているよね。
「ええい…よしっ!」
軽く頭を左右にブンブンと振って疑問を棚上げすると、背筋をピンと伸ばして姿勢を正したんだ。
「私は当基地配属の将校が1人、和歌浦マリナ少佐です。」
普段の自己紹介だったら決して欠かせない、「人類防衛機構」や「特命遊撃士」の固有名詞が含まれていなくて、「おかしいな…?」と思っている人も少なくないんじゃないかな?
私も始めは違和感を覚えたんだけど、すぐに考え直したの。
もしも京花ちゃんそっくりな青髪の女の子が、本当に珪素戦争時代の日本兵だったら、終戦後に結成された人類防衛機構なんて、知るわけがないよね。
不信感を抱かれないようにはぐらかし、それでいて嘘は言っていない。
なかなかに良い配慮だよ、マリナちゃん。
「はっ、和歌浦マリナ少佐!このようにあられもない風体で、誠に失礼致します!
青髪の少女は「少佐」という単語に血相を変えると、まるで電気ショックでも受けたかのようにベッドからサッと跳び降り、直立不動の姿勢でマリナちゃんに向き直ったんだ。
「それでは改めて、貴官の所属部隊名と氏名を御伺致します。」
「はっ、和歌浦マリナ少佐!自分は大日本帝国陸軍第4師団隷下女子特務戦隊所属、園里香少尉であります!」
こうして自己紹介を終えた青髪の少女は、マリナちゃんに向けて美しい敬礼の姿勢を披露した。
その敬礼は、現在の人類防衛機構で採用されているような、握った右拳を左胸に押し当てる方式ではなく、珪素戦争時代の大日本帝国陸軍で用いられていた、脇を開くタイプの挙手注目敬礼だったの。