第45章 「時を越えた友情よ、不滅なれ!」
「邪魔者は退散致しますか、美鷺さん。」
「然りだな、淡の字!馬に蹴られるのは御免だからな。」
見事に陥落した同輩を尻目に、御子柴1B三剣聖の残る2人は、スタスタと遠ざかっていく。
言い忘れたけど「淡の字」って言うのは、かおるちゃんのニックネームだよ。
命名者は、同じ「御子柴1B三剣聖」の美鷺ちゃん。
美鷺ちゃんのニックネームセンスは、マリナちゃんとはまた違う方向性なんだ。
具体的に言うと、美鷺ちゃんの付けるニックネームは、何処となく和風で荒っぽいの。
「ねえ、フレイアちゃん!もし私がああなっちゃったら、フレイアちゃんはどうするの?」
「そうですわね…フルネームが『アオイ・ブリュンヒルデ』になるのを、葵さんが御納得出来るなら、考えてもよろしいですわ!」
葵ちゃんとフレイアちゃんもまた、B組のサイドテールコンビのやり取りを話題に上げながら、帰路へとつき始めたんだ。
「お疲れ様です、フレイアさん、葵さん!」
「また後で支局でね!」
こうして赤いブレザー姿の背中を見送った英里奈ちゃんと私が振り向くと、B組のサイドテールコンビは、既に武装サイドカーに騎乗していたんだ。
私にキーを投げ渡された京花ちゃんは側車に腰を下ろしていて、ハンドルを握っていたのはマリナちゃんだったの。
やっぱり、それなりに京花ちゃんも疲れたんだね。
「それじゃ、ありがたく使わせて貰うよ。帰庁したら堺銀座へ祝賀会に繰り出すんだから、あんまり道草を食うんじゃないぞ。」
サイドカーのアクセルを軽く吹かしながら、マリナちゃんがA組の私達に笑いかける。
「かしこまりました、マリナさん。」
遊撃服の黒ミニスカではカーテシーなんて望外だけど、それでも英里奈ちゃんが披露した御辞儀は、美しくて気品に満ちていた。
鹿鳴館やベルサイユ宮殿に出しても、ちっとも遜色がない程にね。
「あっ、そうだ!千里ちゃん、英里奈ちゃん!」
この発車前の土壇場で何かを思い付いたのか、京花ちゃんったら側車から身を乗り出して呼び掛けて来るんだよね。
既に落ち着いたのか、さっきまでは茹でダコみたいに真っ赤だった顔色は、正義と友情を愛する少女剣士に相応しい、明朗快活な物に戻っている。
「オヤ?どうしたの、恋する乙女の京花ちゃん?仲人は荷が重いけど、披露宴のスピーチ程度なら引き受けてあげても良いよ。」
「千里ちゃん!また言うんだから、そういう事…」
これは良くない冗談だったかな?
せっかく旧に復していた京花ちゃんの顔色が、また頬から桜色に染まりつつあるよ。
「千里さん…さすがに今の御冗談は、いささか不適切ですよ…」
英里奈ちゃんも形の良い眉を眉間に寄せて、難色を示しているね。
反省、反省。
「ああ…ゴメンね、京花ちゃん!今のはちょっとしたジョークだよ。にしても、何かあったの?」
私の弁明でどうにか機嫌を直してくれた京花ちゃんは、側車のシートから立ち上がって姿勢を正すと、私と英里奈ちゃんに向き直ったんだ。
「このサイドカーもそうだけど、私と御先祖様のために、色んな事で便宜をはかってくれて、本当にありがとう!きっと御先祖様の英霊も、防人神社で喜んでくれているよ!」
姿勢を正して、いつもより少し改まった面持ちで、私と英里奈ちゃんを見つめる京花ちゃん。
その面持ちは、遠い歴史の彼方に帰っていった友達を、どこか思い起こさせる物だったの。
「水臭い事は言いっこなし!私達の仲じゃないの、京花ちゃん!」
「おっしゃる通りです、千里さん。京花さんも里香さんも、私達のかけがえのない御友達ではございませんか。」
私に追従して頷いた英里奈ちゃんの幼い美貌には、上品な満面の笑みが浮かんでいたんだ。
こんな上品な笑顔じゃないけど、私も同じような笑顔をしているんだろうね。
「然りだな、英里。短い間だったけど、リッカは私達に強烈なインパクトを残していったよ。リッカと一緒だった日々の思い出は、そう簡単には忘れられそうにないな。」
サイドカーのハンドルに肘を置いたマリナちゃんは、「リッカ」というニックネームを口にする度に、実に懐かしそうな微笑を浮かべるのだった。
別れ間際の土壇場で、やっと呼べたニックネームだからこそ、その感慨も深いんだろうね。
「へえ…『リッカ』、ねえ…それが、マリナちゃんが御先祖様に付けたニックネームなの?マリナちゃん達ったら、そんなに御先祖様と仲良くなったんだ!」
驚きと呆れが混ざったような、何とも複雑な響きの笑い声だね、京花ちゃん。
まあ、気持ちは分かるけどね。
もしも自分の御先祖様が若い姿で現代にやって来て、英里奈ちゃん達と仲良しになっていたら、私だって同じような気分になるだろうな。
「そりゃそうだよ、京花ちゃん!だって私達は、里香ちゃんから直々に、この時代の事を託されたんだからね!『この時代の事は、千里ちゃん達に任せたよ。』ってね!」
-そうだよね、里香ちゃん…
最後の一言を心の中で呟くと、私は産業振興センター周辺の風景に視線を向けた。
空薬莢や破壊された敵の残骸など、さっきまでの戦闘を物語る遺物がそこかしこに残るものの、周囲を取り巻く空気は、徐々に平穏を取り戻しつつある。
私達が守った景色であり、かつては里香ちゃん達が守った景色でもある。
生物としての人に寿命はあっても、その人の事を覚えている人達がいて、想いと志を受け継ぐ人がいる限り、本当の意味での死は訪れない。
正義と平和を実現すべく戦った里香ちゃん達の想いと志は、現代を生きる防人の乙女である私達の中にも、確かに息づいている。
-この想いと志、必ず次代にも…!
志を新たにした私が、視線を友人達に戻そうとした時だった。
それまでは全く吹いていなかったのに、穏やかな1陣の風が、そっと私達の間を吹き抜けたのは。
「えっ…!風、ですか…?」
癖のない茶髪のロングヘアーを弄ばれて、怪訝そうな声を上げているのは英里奈ちゃんだ。
「6月の今時分にしちゃ、随分穏やかだな。まるで春一番みたいな…」
「だけど、どこか胸を締め付けられる感じがするのは秋風みたいだよ。」
サイドカーに騎乗したマリナちゃんと京花ちゃんもまた、場違いな風に小首を傾げていた。
今の風はきっと、この時代に息づく里香ちゃんの想いが、私達へとエールを送るために会いに来てくれたんだろうね。




