第44章 「枚方紅葉前線」
「やれやれ、終わったか…それじゃ、支局に帰るとしますか!」
緊張感の抜けた朗らかな声を上げながら、大儀そうに伸びをする京花ちゃん。
それを「締まりがない。」なんて批判する権利は、誰にもないと思うよ。
何しろ、半導体工場で珪素獣のタイムスリップに巻き込まれて、辿り着いた先は珪素戦争真っただ中な修文4年の日本。
そこで自分の御先祖様である園里香少尉の名前を借りて、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の一員として振る舞う羽目になり、戸惑いと不自由だらけの軍隊生活を送ったんだもの。
幾ら天王寺ルナ大佐という理解者がいるにせよ、おっかなびっくりで気苦労が絶えなかった事は容易に想像出来るよ。
そして生身での亜空間飛行と珪素獣の討伐任務を経た上で、ようやく現代に帰り付くや否や、テロリストと戦闘ロボットを向こうに回しての大立ち回りを演じた訳でしょ。
幾ら生体強化ナノマシンで強化改造されていたとしても、その精神的な疲労は半端じゃないだろうな。
「京花ちゃん、これ!」
こういう場合は手渡しするよりも、投げ渡した方が様になるからね。
距離が比較的近いから、アンダースローになっちゃったけど。
「えっ…!どうしたの、千里ちゃん…おおっと!」
私が投げたサイドカーのキーは、チャリッと小さな金属音を伴って、京花ちゃんの手のひらに吸い込まれていった。
きちんとキャッチしてくれて良かったよ。
これで地面に落ちていたら、拾うのも手渡しするのも間抜けだからね。
「それでマリナちゃんと一緒に帰庁したら良いよ。サイドカーのキーは、天王寺ハルカ上級曹長に返してくれたら、それで良いからさ!」
こうして腰を上げた私は、キーを抜いた武装サイドカーのシートを、ポンッと軽く叩いたんだ。
様になっているといいんだけどな、こんな私でも…
「ありがとう、千里ちゃん…でも、どうしてマリナちゃんと…?」
「そりゃ京花ちゃんだって、マリナちゃんと一緒に乗った方が良いでしょ?積もる話だって、色々とあるだろうし。」
京花ちゃんも、野暮だなあ。
これをわざわざ、私に言わせちゃうなんて。
「えっ?それは…マリナちゃんが、それで良いのなら…」
こうしてマリナちゃんを見つめる京花ちゃんの視線は妙に熱っぽく、頬も心なしか紅に色づいている。
直接会えない時間があると、想いは募るよね。
「当たり前だろ、お京。私が拒否するとでも思ってたのか?」
マリナちゃんの方は、いつもと変わらないね。
京花ちゃんの秘めたる想いには、気付いているのかいないのか。
「くれぐれも、駆け落ちや送り狼は御法度だからね、2人とも。」
こういう軽口、普段は京花ちゃんが言ってくるんだけどね。
今日は私が、代任させて頂くよ。
「もっとも、その様子だと怪しいか?」
それに冗談に同調してくれたのは、B組グループ唯一の准佐である手苅丘美鷺ちゃんだ。
「なっ…!変な事を言わないでよ!千里ちゃんも、美鷺ちゃんも…」
私達の冗談に、京花ちゃんの顔の紅が一層に濃くなった気がするよ。
枚方の紅葉は次第に色付き、もうじき見頃のピークを迎えるでしょう。
「ハハハ!心配ありがとう、ちさ!だが、お京と私の間なら、まず間違いはないよ。たとえ一線ギリギリまで来ても踏み留まれるし、踏み越えるにしたって、節度は持てるからさ。」
冗談への返しが露骨だよね、マリナちゃんも。
「なっ…!」
京花ちゃんったら、顔を真っ赤にして言葉も出ないじゃない。
枚方の紅葉は今が見頃。
紅葉狩りには、最適の季節です。
「そうだろ、お京…?」
京花ちゃんの右手を掴み、軽く体を引き寄せたマリナちゃんは、レーザーブレードを愛用する少女剣士の青い髪をかき上げ、露になった形の良い耳へと、そっと囁いたんだ。
さっきの頬擦りへの意趣返しか、それとも本気か。
この場の雰囲気だと、ちょっと聞きづらいなあ…
「もう…!その気にさせないでよ、マリナちゃんのイジワル…」
もはや紅葉に例えられない程に顔を赤くした京花ちゃんは、拳銃使いの少女の胸元へと、そっと顔を埋めたんだ。
落ちたね、京花ちゃん。




