第42章 「再会の抱擁は銃声の後で。」
私達4人に勝利の余韻が満ちてきた、まさにその時だったね。
アスファルトで覆われた大地に打ち捨てられたアシュラロボの生首が、その目を光らせたのは。
9つのカメラアイを不気味に明滅させながら、3面の異形の生首が宙に舞う。
どうやらアシュラロボの奴は、頭部だけでも活動出来るみたい。
レーザーライフルの早組み上げには自信のある私だけど、サイドカーを停車させてガンケースから取り出す事も念頭に入れると、さすがに現実的じゃないね。
「いけない…!こいつ、まだ生きて…!」
私が止むを得ず、サイドカーに装備された多機能型三連砲を操作し、エネルギー光弾を発射しようとした、次の瞬間。
「おおっ!?」
思わず驚きの声を漏らした私の耳をつんざいたのは、大音量の銃声だった。
空中に目をやれば、先のアシュラロボの眉間に設けられたカメラアイは既になく、代わりに黒々とした風穴が穿たれていたんだ。
バチバチと悲鳴のようなショート音を鳴らす戦闘ロボットの生首に、2発目、3発目と銃弾が命中し、銃創が増えていく。
歪な切断面のど真ん中に命中した銃弾が、電子頭脳を初めとするロボットの中枢を破壊しながら進み、頭頂部から脱出した。
穿たれた複数の銃創から黒いオイルを鮮血のように噴き出した刹那、阿修羅王に酷似したロボットの生首は、空中で木っ端微塵に爆散した。
今度こそ間違いなく、アシュラロボの最後だよ。
「この銃声って…もしかして!」
ちょうど京花ちゃんに促されるようにして、私達は銃声の轟いた方角に向き直ったんだ。
戦闘シューズの立てる靴音をビル壁に木霊させながら、遊撃服を纏った少女が1人、こちらに向かって歩みを進めて来る。
純白で染み1つ無い遊撃服の右肩で輝く金色の飾緒が、実に誇らしげだ。
右手に握られた大型拳銃の銃口から上がる白煙は、つい先程まで演じられていた銃撃戦の激しさを、私達に生々しく伝えていた。
ガラス工芸を彷彿とさせる細首が軽く振られると、その動作に合わせるようにして、少女の右側頭部でサイドテールに結われた黒髪が、右へ左へ、ユサユサと重たげに揺れ動く。
艶やかな黒髪と互いに引き立て合うような白い美貌は、いささか釣り目の傾向を帯びた切れ長の赤い両眼と涼しげな口元のせいで、不必要なまでに酷薄で冷淡な第一印象を、見る者に与えてしまうだろう。
しかし、その深紅の瞳を注視して見れば、正義と友情を重んじる熱さを見出だすのは、容易い事だ。
「おっ!ちさだけじゃなく、御子柴1B三剣聖の御歴々も御揃いか!」
愛銃を左手に持ちかえ、掲げた右手を振りながら駆け寄る少女のクールな美貌には、晴れやかな笑みが広がっていた。
彼女こそ、和歌浦マリナ少佐。
堺県立御子柴高等学校1年B組の生徒にして、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士。
そして何より、私と英里奈ちゃん、そして京花ちゃんのかけがえのない親友だ。
「マリナちゃん!」
京花ちゃんの童顔にもまた、隠しきれない歓喜の表情が浮かんでいる。
レーザーブレードのグリップを収納するのももどかしげに、京花ちゃんは脱兎の如く駆け出した。
「マリナちゃんっ!」
ホップ、ステップ、ジャンプ。
スキップするような軽快な勢いで助走をつけた京花ちゃんは、大きく両手を広げるや、マリナちゃんの胸元目掛けて飛び込んだの。
「お京…?おっ…おい、おい!」
マリナちゃんが戸惑うのも無理はないよね。
京花ちゃんったらマリナちゃんに抱きついて、愛しげに頬擦りまで始めちゃったんだから。
「おい…何をしてんだよ、お京!」
人目をまるで憚らぬ大胆な振る舞いに、さすがのマリナちゃんも苛立ちを隠せないみたいだね。
頬擦りを繰り返す京花ちゃんの頭頂部を鷲掴みにするや、そのまま強引に引き剥がしたんだ。
「直接こうして顔を見られるまで、マリナちゃんの無事を願わない時は片時もなかったよ!」
いささか乱暴に引き剥がされたにも関わらず、マリナちゃんを見上げる京花ちゃんの潤んだ瞳には、無数の星が瞬いていたんだ。
これじゃまるで、昔の少女漫画に出てくるヒロインじゃない。
「お京…」
久々の再会を果たせた親友の見せる意外な表情に、マリナちゃんが戸惑いの声を上げた、次の瞬間。
「元気そうで本当に何よりだよ、マリナちゃん!」
こうして笑いかける京花ちゃんの童顔は、普段と変わらぬ明朗快活で屈託の無い物だった。
京花ちゃんったら、本当に喜怒哀楽の起伏が激しいんだから。
だからこそ、周りの人から「主人公気質」って言われるんだけどね。
「まあ…そいつは私も同じだよ、お京!ありがとう…無事でいてくれて。」
仰々しい修飾語を使わないからこそ、マリナちゃんの本心が如実に伝わって来るよね。
こうして京花ちゃんが無事に現代へ帰還出来た事を、誰よりも喜んでいるのは、他ならぬマリナちゃんだもの。
それにしても、マリナちゃん…
クールな美貌に軽く閃かせる爽やかな微笑は、実に様になるね。
「全く…モテる女はツラいねぇ。見せつけてくれるじゃねえかよ!なあ、淡の字!」
「しかし、実に良い物を見せて頂きましたよ。和歌浦さん、枚方さん。」
美鷺ちゃんとかおるちゃんも、サイドテールコンビの過剰なスキンシップを、何とも面白そうに茶化している。
まあ、京花ちゃんがタイムスリップしていた事は、限られた人間以外には伏せられていたからね。
御子柴1B三剣聖の残る2人にとっては、京花ちゃんがソッチ系の趣味に目覚めたようにも見えちゃうんだろうな。
「なあ、お京…気持ちはありがたいんだけど、ぼちぼち離れてくれないか?ほら、周りの目もあるし…」
マリナちゃんとしても、さすがにそろそろ照れ臭くなってきたか。
「うん!それもそうだね、マリナちゃん!」
マリナちゃんの首っ玉に巻き付けていた両手をほどくと、京花ちゃんは後ろ向きに軽く飛んで、音もなくアスファルトの大地に着地した。
指摘されたらすぐに行動出来る素直さも、京花ちゃんの持つ良い所だよ。




