第4章 「その正体は?謎の少女兵士!」
「単刀直入に申し上げますと、あの少女は枚方京花少佐ではございません。」
支局の医務室に出頭した私達3人への宣告は、半ば予想出来ていた事だった。
マリナちゃんが感じた身長への違和感に、旧日本軍女子特務戦隊の軍装。
確かに不自然な点は、いくつもあった。
しかしながら、その事実が受け入れられる物か否かはまた別の問題だったの。
-怪現象と共に消失したはずの友人が、無事に戻って来てくれた。
この吉報を否定する勇気が、この時の私には欠けていたんだ。
「そんな…ウソでしょ、清山先生!あの子が京花ちゃんじゃないなんて…!」
「落ち着け、吹田千里准佐!ここで騒いだ所で、枚方京花少佐が戻って来る保証もあるまい!」
こうしてマリナちゃんに取り押さえて貰えなかったら、医官である清山恵先生の胸ぐらを掴んでいたかも知れないね。
それだけ動揺が大きかったって事なんだけど、その点は清山先生も衛生隊員の子達も察してくれたみたいだから、私の無作法は不問に処されたんだ。
「しかし…京花さんでないとするならば、あの方は一体…?」
もっともな質問だよね、英里奈ちゃん。
単なる他人の空似と片付けるには、あまりにも似過ぎているんだよね。
「その点につきましては、興味深いデータが上がっております。こちらでは患者に障りますので、御足労を少々お願い致します。」
清山先生に促された私達は、京花ちゃんに良く似た少女の眠るICUを後にしたんだ。
医務室から程近い、とある研修室。
私達3人が着席したのを確認した清山先生は、プロジェクターに接続した御自身のPC端末を操作し始めたんだ。
「これは…DNAの塩基配列図ですね?」
スクリーンに表示された画像を目にしたマリナちゃんが呟くと、端末を操作する清山先生は、マウスを動かす手を休めずに、小さく頷いた。
「おっしゃる通りです、和歌浦マリナ少佐。こちらは、発見された少女の塩基配列図です。そしてこちらが、枚方京花少佐の塩基配列図ですが…」
プロジェクターによってスクリーンに投影される、PC端末のモニター画面。
そこには、堺県第2支局に所属する特命遊撃士のカルテファイルが表示されていたんだ。
そのうちの「枚方京花」という件名が付けられたファイルにカーソルが合わされ、マウスのダブルクリック音が研修室に小さく響くや、もう1枚の塩基配列図が、1枚目の右側に並んで表示されたの。
「ほう、これは…」
小さな呻きと共に、スクリーンを注視するマリナちゃんの赤い切れ長の目が、さらに細められたんだ。
「そして、比較のために両者の配列図を重ねた画像が、こちらです。」
こうして清山先生が表示した3枚目の画像を注視すると、一目瞭然だったよ。
ごく僅かな差異こそ存在するものの、私達が保護した女の子と京花ちゃんの2人は、かなり似通ったDNAの持ち主だったんだ。
「遺伝子の塩基配列図は、1人1人、必ず異なっています。一卵性双生児やクローン人間でもない限りは、全く同じ遺伝子を持つ人間など、決して存在しえないのです。」
清山先生の冷静沈着な声が、心に深々と突き刺さってくるよ。
これぞまさしく、「寸鉄、人を刺す」かな。
どうやら、嫌でも受け入れなくてはいけないみたいだね。
あの女の子が、京花ちゃんではないって事を。
「しかしながら、ここまで似通った塩基配列の持ち主が、枚方京花少佐と無関係とも考えられません…」
そりゃそうだよ、清山先生。
多少の違和感こそあったけど、今の今まで京花ちゃんだと誤認していたんだよ、私達。
「ねえ、清山先生…あの子、京花ちゃんの御親戚なんですかね?」
「このレベルでのDNAの類似性が起こり得るとしたら、3親等以内の親族間が現実的ですね。」
どうやら、私が想像していたよりも近い間柄を想定されていたみたいだね、清山先生は。
私としては、又従姉妹位の遠い親戚かと思っていたのに、3親等とはね…
「京花さんは一人っ子ですから、御姉妹と姪っ子さんの線は消えましたね…」
「となると、残る可能性は叔母か…お京の奴、あんな若い叔母がいるなんて言ってなかったけど…」
少佐の2人は早くも落ち着きを取り戻したみたいで、謎の少女の正体を解き明かそうと、意見を戦わせ始めているね。
とは言え、幾ら士官教育は受けていると言っても、あくまで私達は戦闘要員。
専門外の分野を議論したって、結論は永遠に出ないね。
ここは研究職である清山医官に頼るのがベターだよ。
「このデータを私が提出して直ちに、人事課と総務課が、あの少女の素性を洗い出してくれました。該当するデータが随分と古かったので、最初は半信半疑だったのですが…」
清山医官が保証した通り、京花ちゃんに酷似した少女の物らしきプロフィールデータは、相当な年代物だったの。
バストアップの証明写真なんか、元となる写真自体が旧式のカメラで撮影した物なのに、旧世代の規格で保存されていたんだから。
一応、変換保存の過程でデジタルリマスターこそされているものの、殊更に古色蒼然とした雰囲気が漂っていたね。
それでも、京花ちゃんに瓜二つの童顔に関しては、ハッキリ識別出来たけど。
「清山先生…これって、何かの冗談やドッキリじゃないですよね…?」
人間は自分の許容範囲を超えた事態を目の当たりにすると、驚くより先に笑っちゃうって言うけど、あれってホントなんだね。
所謂「開いた口が塞がらない。」って慣用句の模範例みたいに大きく口を開けた私の顔が、研修室の窓ガラスに反射して写っているけど、今にも変な笑い声が出ちゃいそうだよ。
京花ちゃんにそっくりな女の子のプロフィールは、それほどに予想外の物だったんだ。
何しろ、名簿リストの出所からして、修文初期の日本陸軍だもの。
私達の祖父母の世代ですら、ギリギリ生まれているかどうかの、珪素戦争真っ只中の時代だよ。
「驚かれるのは無理もありません。しかし、あの少女の塩基配列図は、こちらのデータと間違いなく一致しました。大日本帝国陸軍女子特務戦隊所属、園里香。大正41年11月4日誕生。枚方京花少佐の3世代前の御先祖様です。」
スクリーンに表示されたプロフィールを読み上げる清山先生の声は、至って冷静沈着で、とても冗談を言っているとは思えなかったんだ。
どうやら、信じざるを得ないようだね。
あの女の子が、京花ちゃんの曾御祖母ちゃんだって事を。




