第36章 「口は災いの元」
武装サイドカーの運転と間近に迫っている戦闘への緊張に気を取られたのか、或いは京花ちゃんの帰還で気が緩んだのか。
どっちが原因かは分からないけど、隠し事に留意する精神的なリソースが裂けなかった事だけは確かだね。
「分かってくれたなら良いけど、京花ちゃんは居合い抜きを披露する大切な身の上なんだから、気をつけてよね…」
やっちゃった…!
私ったら、見事に口を滑らせちゃったよ…
「あれ?それはおかしいな、千里ちゃん…居合い抜きなら私、つつじ祭でやったばかりだよ?」
訝しがる声が、側車から聞こえてくる。
ここまで来ちゃったら、京花ちゃんに隠し事は出来ないね。
「京花ちゃん、実を言うとね…」
私は顔面に吹き付ける心地よい風を感じながら、事のあらましを京花ちゃんに説明したの。
今回の作戦に協力してくれた鳥野教授の御嬢さんが、つつじ祭で京花ちゃんの披露した居合い抜きに、えらく御執心な事。
京花ちゃんの居合い抜きを教授の御嬢さんに生で見せてあげると、その場の勢いで教授に安請け合いしちゃった事。
これらの細々した事情を、何から何まで包み隠さずぶちまけたんだ。
「そういう事ね…確かに、あの学者先生には私と御先祖様がお世話になったし、地域住民にファンサービスをするのも、防人の乙女の大切な役目だからね。それに、つつじ祭からそんなに日も経っていないから、かおるちゃんに手解きして貰えば感覚も思い出せるだろうし。」
私の話を聞いた京花ちゃんは、満更でもない様子だった。
この「かおるちゃん」というのは、京花ちゃんのクラスメイトである淡路かおる少佐の事なんだ。
かおるちゃんは「千鳥神籬」という日本刀を個人兵装に選択していて、中学時代は「御幸通中学至高の剣豪」という異名で呼ばれた居合い抜きの名人なの。
つつじ祭の「皐月の演舞」に居合い抜きで出演する事になった京花ちゃんへ、居合いのイロハから教えてくれたんだ。
「京花ちゃん…それじゃ!」
私の問い掛けに、京花ちゃんは力強く頷いたんだ。
「一肌脱ぐよ、千里ちゃん!可愛い部下にして他ならぬ親友である、千里ちゃんの頼みだもの!ここで退いては防人乙女の名が廃る!当日は鳥野教授の御嬢さんと仲良く特等席で、私のカッコいい居合い抜きを存分に楽しむといいよ!」
「ありがとう!それでこそ京花ちゃんだよ!」
自然な流れだと、感極まった私が京花ちゃんに抱きついちゃうんだろうな。
だけど、今の私はサイドカーのハンドルを握る身だから、踏み留まらなくちゃいけないね。
何しろ、手放し走行は危険だもの。
「その代わり、マネージャーを気取って私に無断で安請け合いした落とし前は、キッチリ払って貰うからね、千里ちゃん!」
「ギャフン…」
何とも手厳しいね、京花ちゃんも…
「まあ、私だって鬼じゃないよ…相手が私と御先祖様の恩人である鳥野教授の御嬢さんである事と、私の御先祖様に千里ちゃんが親切に接してくれた事を情状酌量して…」
わざとらしく考え込むふりをする京花ちゃんの童顔には、意地悪そうな微笑が浮かんでいる。
今ではすっかり手垢の着いてしまった「口は災いの元」という慣用句が、今日はえらく身に染みるよ…
「次の飲み会で千里ちゃんが私の分をおごってくれたら、それでチャラね!」
こうして私に向き直った京花ちゃんの笑顔は、先程までの意地悪そうな表情がウソみたいに、屈託がなくて晴れやかだ。
「まあ、あんまり吹っ掛けて千里ちゃんに恨みを買うのもゴメンだからね…」
良かったよ、京花ちゃんが分別のある子で…
「ちょうど良かったよ、京花ちゃん。実は、この対テロ作戦が完了したら、京花ちゃん生還記念の祝賀会を開こうと考えてたんだ!当然、主賓である京花ちゃんの会計は私持ちなの。それでどう?」
本当の事を言うと、京花ちゃんの分は、マリナちゃんと英里奈ちゃんにも折半して貰う腹積もりだったんだけどね。
まあ、予定よりも少し多目にポケットマネーから出すと考えれば、そこまで尻込みする事じゃないか。
「祝賀会!?いいね!気が利くじゃない、千里ちゃん!そこまでしてくれるなら私、居合い抜きだけじゃなくて、アルティメマンシリーズの怪獣鳴き真似も披露しちゃうから!」
私の申し出を受け入れてくれたのは大歓迎なんだけど、その隠し芸はどうなんだろうな…
鳥野教授の御嬢さんは、初期のアルティメマンシリーズの怪獣の鳴き声なんて分かるのかな?
「いやいや…京花ちゃん、それはどうだろうね…」
私が示す難色に気付いているのかいないのか。
京花ちゃんは嬉々とした様子で、怪獣の鳴き声を練習し始めたんだ。
でも、今の鳴き声は私でも分かったよ。
シリーズ第2作「アルティメゼクス」最終回である「アルティメゼクスよ、永遠に…」に登場した、霊長恐竜ジゴクザウルスだね。
「まあ…今はまず、テロリスト共をぶっ潰すのが先だけどね!」
ツッコミを入れる気力も萎えた私が静かに呟くと、自分の世界に陶酔しきっていた京花ちゃんが、やにわに向き直ってきたんだ。
「そうそう!テロリストなんて早くやっつけて、祝賀会と洒落込みたいな!ねえ、運転手さん…もっとスピードは出ないの?」
良かった、京花ちゃんが我に帰ってくれて。
まあ、軽口は相も変わらずだけどね。
いずれにせよ、京花ちゃんが上機嫌になってくれて良かったよ。
「あいよ合点承知の助!飛ばしますよ、お客さん!」
ハムラビ法典曰く、目には目を、歯には歯を。
軽口には軽口で返した私は、側車付き地平嵐1型のアクセルを思いっきり吹かしたの。
一気に加速した武装サイドカーは一般車両を次々と追い抜いていき、国道310号線を矢のように突っ走っていく。
目指すは、堺市産業振興センター。
我等防人の乙女が挑むは、合同企業説明会を台無しにしてくれた、凶悪無比たる武装テロリスト。
天地容れざる逆賊共よ、その首を洗って待っているがいい。




