第34章 「堂々帰還!枚方京花少佐!」
ワームホールが消失したガラスドームの中で、凝縮されたエネルギーが一気に炸裂した。
内臓系に直接響くような低くて重い衝撃と共に、手を講じなければ耳鳴り必至な破裂音が響き渡ったんだ。
「くっ!」
遊撃服の両袖でとっさに顔をガードしたので、その瞬間を直視する事は、私には出来なかったの。
だから、亜空間内部で爆発が生じた時に何が起きたかは、結局分からず仕舞い。
「ワームホール、消滅!空間の歪みは確認出来ません!」
県立大学研究員の声に促されるようにして、私は静かに顔を上げた。
研究員の言葉通り、ガラスドーム内の空間は旧に復しており、鳴門海峡の渦潮を思わせる時空の歪みなど、影も形もなかった。
もっとも、何もかもが元通りという訳ではなかったけれど。
堅牢にして強固なはずのガラスドームには、内側から縦横に亀裂が走り、先程までワームホールが生じていた中央の床は黒く焦げ、衝撃の強さを物語っている。
その黒焦げの床の中央に、1つの人影が膝をついて踞っていた。
未だに細い白煙が立ち上るドーム内でも、染み1つない純白の遊撃服と、その右肩で誇らしげに輝く金色の飾緒の美しさに、変わりはなかった。
右手に握られたレーザーブレードの真紅の刀身は、白煙の中で赤々とした光を放っている。
その真紅の光が、普段よりも鬼気迫る美しさを帯びていたのは、既に珪素獣という強敵を断罪してきたからなのか。
それとも、これから産業振興センターで繰り広げる腹積もりの、逆賊狩りへの歓喜の武者震いなのか。
その答えがどちらであろうと、このレーザーブレードが単なる人斬り包丁に堕する心配がない事は、その持ち主の顔さえ見れば一目瞭然で分かるだろう。
精神的な疲労が原因か、幾分か消耗こそしているものの、美しく整った童顔に浮かぶ明朗快活な表情は今も健在。
左側頭部でサイドテールに結い上げた長い青髪は、生来の髪質の良さも一役買い、清流のような爽やかな印象を、見る者に自然と抱かせる。
正義と友情を何よりも愛する、防人の乙女を代表するかのような少女だった。
-つい先程、ワームホールに突っ込んでいった園里香少尉が、遊撃服にお色直しをして戻ってきた。
そんなバカげた考えが浮かんでしまう程に、この少女は園里香少尉に生き写しだった。
しかしながら、この少女の方が園里香少尉よりも小柄で、表情にも無邪気なあどけなさが残っている。
「京花ちゃん!」
まるで何かに弾かれるような感じで、私はひび割れだらけのガラスドームに駆け寄った。
鳥野教授が空気を読んでくれたのか、ガラスドームの出入口が開放される。
「お帰り、京花ちゃん!無事で本当に良かったよ」
「珪素獣は倒したよ…ただいま、千里ちゃん!」
駆け寄った私に気付いた青髪の少女は、ゆっくりと顔を上げた。
彼女こそ、園里香少尉の曾孫にして我が親友。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局配属の特命遊撃士、枚方京花少佐その人だ。
「大丈夫…?立てる、京花ちゃん!?」
私は焦げた床に屈み込むと、未だ膝をついている京花ちゃんに肩を貸した。
静脈注射された生体強化ナノマシンで戦闘用に改造された身体とはいえ、身一つで亜空間飛行を決行した上、珪素獣との戦闘まで行ったんだもの。
疲労と消耗が激しいのは当然だよね。
「ありがとう、千里ちゃん。あの子が園里香少尉…私の御先祖様だね。私に負けず劣らずの美少女ちゃんで、オマケに強くて勇敢…まさに自慢の御先祖様だよ!」
大儀そうに立ち上がりながらも、京花ちゃんは明るい口調で私に応じた。
そんな軽口が叩けるのなら、大丈夫そうだね。
私は京花ちゃんに肩を貸してあげながら、ひび割れだらけのガラスドームを足早に後にしたんだ。
これだけ内側から亀裂が入っちゃったんだもの。
いつ崩れたって、ちっとも不思議じゃないよ。
「帰還して早々に申し訳ないんだけど、中百舌鳥の産業振興センターにテロリストが現れたんだ。英里奈ちゃんとマリナちゃんは、先に対テロ作戦へ参戦したよ。」
「お出迎えが千里ちゃんだけって事で、大体の予測はついていたよ。千里ちゃんは私を出迎えたら、ウェルカムドリンクも無しに戦場へと華麗にエスコート。そうでしょ?」
ウェルカムドリンクと言われてもなあ…
人類防衛機構の関連施設ならともかく、ここは県立大だからね。
清涼飲料水の自販機しか置いてないよ。
「うん、天王寺ハルカ上級曹長から武装サイドカーを借りてね…だけど、無理は禁物だよ。しんどかったら家に帰って静養した方が良いよ…」
私の気遣いに、京花ちゃんは首を左右に振る事で応じたんだ。
「冗談!千里ちゃん達がテロリスト共と戦っているのに、私だけ枕を高くして寝てられないよ!千里ちゃんの運転するサイドカーで休んでいたら、事件現場に着いた頃にはすっかり良くなってるから!」
京花ちゃんったら、里香ちゃんと同じような事を言ってるね。
正しくこの事だよね、「血は争えない」って…




