第31章 「中百舌鳥へ急行せよ!狙われた産業振興センター」
ところが次の瞬間、私達を取り巻く事態は思わぬ方向に舵を切ったんだ。
「むっ…?!なっ…!こっ…これは!?」
受信音を鳴らすスマホを手にした英里奈ちゃんが、涙に濡れた瞳はそのままに、ギョッとした表情を浮かべている。
「どうしたの、英里奈ちゃん?!」
英里奈ちゃんが上げる驚愕の声に弾かれるようにして、私達も軍用スマホを取り出したんだ。
-堺市産業振興センターにて、武装集団による無差別テロ発生。
間髪入れずに私のスマホが受信した、オペレータールームからの緊急メッセージには、このようなタイトルがつけられていたんだ。
-犯人グループは、開催中の大学生向け合同企業説明会の来場者に化けていた模様。現在、同施設の警備を担当していた特命教導隊と特命機動隊が、民間人の救助及び武装集団の掃討作戦を遂行中。堺市中区周辺を哨戒中の人員は、至急増援として同施設に急行されたし。なお、武装集団は戦闘ロボットとサイボーグ兵士で構成されているため、細心の注意をもって作戦を遂行されたし。
どうやら悪いタイミングで、厄介な出来事が起きちゃったみたいだね。
「全く…冗談じゃないよ!どこのセクトだか知らないけど、よりにもよって、里香ちゃんを見送る日にテロをやるだなんて!」
メールを読み終えた私は、沸き上がる苛立ちを堪え切れなくて、口汚い悪態を思わずついちゃったんだ。
時空を越えて絆を育んだ親友との別離。
その切なくもほろ苦いセンチメンタリズムをぶち壊した代償は、決して安くはないからね。
「文句を言っても始まらないぞ、ちさ。産業振興センターの最寄りは中百舌鳥駅。ここからは武装特捜車を飛ばせばすぐだ。直ちに私達も増援に参加する。」
「分かりました、マリナさん!」
沈着冷静に状況を分析し、キビキビと方針を立てるマリナちゃんと、それに力強く応じる英里奈ちゃん。
既に2人の目に、涙はなかった。
代わって両眼に宿るのは、正義の体現者である防人の乙女に相応しい、力強い意思の炎。
ただ、それだけだった。
「私も行くよ!」
明朗快活で勇敢な少女の声と唱和するように、修壱式歩兵銃の安全装置が外される音が、小さく響いた。
「私も行く!そして、みんなと一緒に戦うよ!」
勇ましく歩兵銃を構えた大日本帝国陸軍女子特務戦隊の少女兵士は、先と同じ言葉を繰り返したの。
「それはダメだよ、里香ちゃん!」
甲高く裏返った声を上げちゃった私だけど、こればかりは止めさせないとね。
「気持ちはありがたいけど…里香ちゃんはこれから、修文4年に帰らなくちゃいけないんだよ!」
何しろ、このタイミングで帰還作戦を延期しちゃったら、座標の演算からやり直さないといけなくなっちゃうからね。
「だ…だけどさ…」
歩兵銃を携えた里香ちゃんは、それでも食い下がってくるね。
義を見てせざるは勇無きなり。
同じ防人の乙女として、その気持ちは私もよく分かるよ。
だからこそ、理性の上でも感情面でも納得した上で、今回の対テロ作戦への参加を、思い留まって欲しいんだよね。
「それにね、里香ちゃんは京花ちゃんの御先祖様なんだよ。里香ちゃんが万一、この作戦で戦死したら、京花ちゃんは生まれて来なくなるんだ!」
これは所謂、「親殺しのパラドックス」。
もしもの事が先祖に起きれば、その子孫だって一蓮托生で消滅する。
タイムトラベルを扱ったSF作品を鑑賞した事があれば、1度や2度は見聞きしたんじゃないかな。
「それだけじゃない!下手をしたら歴史が変わってしまうんだ!里香ちゃんが愛してくれた、この時代までね!」
こっちは「バタフライ・エフェクト」だね、SF用語で言うと。
物事ってのは、ほんの些細な事が切っ掛けで、思いもつかない方向に転がってしまうし、些細な切っ掛けが時として、重大な事態を引き起こしてしまうんだ。
「歴史が…変わる…!」
里香ちゃんの童顔が、みるみる青ざめていく。
事の重要性を、正しく理解してくれたみたいだね。
「里香ちゃんが私達を親友だと思ってくれているのは、私達がよく分かっているつもりだよ。だったら私達の力を信じてよ。この程度の修羅場だったら私達、何度も潜って来てるんだ。友達の力を信じるのも、友情の証なんだよ。」
「千里ちゃん…」
「それに何と言っても、私達は人類防衛機構に集う防人の乙女。つまり、里香ちゃん達の志を継ぐ者達なの。可愛い後輩達の力、大船に乗ったつもりで信じて欲しいな!」
満面の笑みを浮かべた私は左手で拳骨を作ると、右の胸板を軽く叩いたんだ。
全ては里香ちゃんに安心して帰還して貰うためなんだけど、コミカルに誇張し過ぎたかな。
「分かったよ…私、みんなの事を信じるよ!この時代の事は、千里ちゃん達に任せたよ。」
力強く頷いた里香ちゃんの童顔には、快活な笑顔が浮かんでいた。
私のコミカルな挙動に吹き出しそうになっていたのかどうかまでは、ちょっと分からないけどね
「この銃は元の時代で、珪素獣の奴等を1匹残らずやっつけるために使うよ!この時代に繋がる未来を創るためにもね!」
再び安全装置をセットした歩兵銃を用いた、捧げ銃の敬礼。
日本軍女子特務戦隊の軍装を纏った里香ちゃんがやると、実に風格があるね。
さしずめ、「戦中派補正」とでも言うのかな。
「ありがとう、里香ちゃん…分かってくれて!」
里香ちゃんが聞き分けの良い子で、私としても大助かりだよ。
「でかしたぞ、ちさ!これで私と英里も、安心して先行出来るって寸法だ!」
無事に里香ちゃんを説得出来た私を労うマリナちゃんの口振りには、どうにも引っ掛かる所があったんだよね。
「えっ…『先行出来る』って?私、ここに残らないといけないの?」
狐に摘ままれたような顔をして我が身を指差す私に、マリナちゃんは当然のように頷いたんだ。
「そりゃそうだよ、ちさ。1人位、リッカの見送りとお京の出迎えに残しておいても、罰は当たらないだろ?対テロ作戦への参戦は、お京と合流してからで構わないからさ。」
「私とマリナさんの…そして、現在じばしん南近畿で作戦に従事されている戦友達の実力をお信じ下さい、千里さん。」
マリナちゃんに口添えするように、英里奈ちゃんが続く。
その言葉は奇しくも、さっき私が里香ちゃんを説得する時に使ったのと、ほぼ同じニュアンスだった。
「そう言われたら何も言い返せないよ。マリナちゃん、英里奈ちゃん…」
こうして頭を掻く私の耳に、クスクスという抑えた笑い声が聞こえてくる。
「2人には形無しだね、千里ちゃん!」
「ひどいなあ…里香ちゃんまでそういう事を言うんだから…おっ!」
冬ごもりを控えたリスのように頬を膨らませる私は、何かが飛んでくる気配を感じて、とっさに左手を動かしたんだ。
「鍵…?」
開いた手のひらに乗っていたのは、人類防衛機構の武装オートバイであるモートルコマンダーの鍵だったの。
それも、極東支部仕様のカスタムモデルである地平嵐1型のね。
「先を急ぐ事態のため、投げ渡した非礼をお許し下さい、吹田千里准佐。」
投球フォームから直ちに敬礼の姿勢に転じたのは、紺色の制服と黒いアーマーに身を包んだ、特命機動隊の曹士だった。
「天王寺ハルカ上級曹長…」
鮮やかな茶髪のポニーテールに、キリッと凛々しい美貌。
彼女こそ江坂芳乃准尉の右腕にして江坂分隊のナンバー2、天王寺ハルカ上級曹長その人だ。
「ここまで私が乗ってきた武装サイドカーを御使い下さい、吹田千里准佐。キャンパス内の駐車場。その特捜車の隣に駐輪しております。私は上牧みなせ曹長の運転する特捜車に同乗し、現場に急行致します!」
「ありがとうございます!助かりますよ、天王寺ハルカ上級曹長!」
武装サイドカーの鍵が握られた左手を高々と掲げる私に、天王寺上級曹長は笑顔で応じてくれた。
「見送りに来て下さったんですね、天王寺ハルカ上級曹長!」
叫ぶような声で、里香ちゃんが天王寺上級曹長に呼び掛ける。
急遽予定を変更して、サイドカーを飛ばして見送りに来てくれた。
いかにも天王寺ハルカ上級曹長らしい、思い付きの機転だね。
もっとも、その思い付きで移動の足が出来たんだから、私としては感謝すべきなんだろうな。
「園里香少尉、私の御先祖様によろしくお願い致します!」
これが、力強く頷いた上級曹長の返事だったの。
そう言えば里香ちゃんの上官も、天王寺ハルカ上級曹長の御先祖様だったね。
「それでは園里香少尉、御武運を!」
人類防衛機構式の敬礼をビシッと決めるや否や、茶髪ポニーテールの上級曹長は踵を返して駆け出したの。
急いだ方が良い状況なのは分かるけど、もう少し余韻を大事にしても、罰は当たらないと思うよ。
「貴女こそ御武運を!天王寺ハルカ上級曹長!」
再び敬礼の姿勢を取った里香ちゃんによって、走り去ろうとする天王寺上級曹長の背中に、激励の叫びが投げつけられる。
「ありがとうございます、園里香少尉!どうか…どうか武運長久を!」
天王寺上級曹長が走りながら見せた、振り向き様の笑顔。
その両眼の端から、小さく光る水の粒が、パラパラと落ちていく。
余韻に浸らず、足早に立ち去ろうとしたのは、この涙を見せまいという思いの現れだったのか。
いじらしくて可愛い所もあるじゃないの、天王寺ハルカ上級曹長にも。
「よし…私達も行こうか、英里!」
「御供致します、マリナさん!」
天王寺上級曹長を追い、マリナちゃんと英里奈ちゃんも、その場を後にする。
2人の少佐の背中を、私と里香ちゃんは敬礼の姿勢で見送ったんだ。




