第3章 「お色直しは帝国陸軍軍衣」
入電があってから数分も経たないうちに、私達を乗せた武装特捜車は、事件現場である大小路の歩道に到着したんだ。
「ねえ…何、あの子!コスプレ?」
「おいおい、ミリオタか?サバゲーマニアかよ?」
火災や交通事故程の人だかりではないけれど、それでもそれなりの人垣が出来ていたの。
全く、物見高い群衆ってのも困ったもんだよ。
「ああっ…お願いです!ここを通して下さいませ…」
「そんなソフトに言ってちゃダメだって、英里奈ちゃん!市民の皆さん!こちらは堺県第2支局所属の特命遊撃士、吹田千里准佐であります!」
それでも、防人乙女の御威光は絶大だったね。
掲げた遊撃士手帳を広げたら、サッと道を開けてくれるんだから。
「お京…何だよ、その古臭い格好は?」
こうして野次馬の群衆を掻き分けたマリナちゃんの開口一番に放った言葉が、これだったの。
左側頭部でサイドテールに結われた美しい青髪と、整った童顔。
これらの外見的特徴から、群衆に取り囲まれながら力無く横たわる少女が、私達の親友である京花ちゃんだって事は明白だった。
しかしながら、その少女が身に付けていたのは、見慣れた遊撃服ではなくて、随分と時代錯誤な服だったの。
マリナちゃんが呆れるのも頷ける程にね。
所謂「国防色」と言われるオリーブドラブ色の詰襟制服に、同色のミニスカ。
正式名称は「大正五十年式女子用軍衣」だね。
足元を固めるのは、私達のニーソックスよりも分厚目の生地で出来た黒いタイツにアーミーブーツ。
その装いは正しく、珪素戦争の初期に活躍した、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の軍装だったんだ。
そりゃ善良な管轄地域住民も、物見高い野次馬になり下がっちゃうよ。
「この修壱式歩兵銃…随分と精巧に作られたレプリカですね。市立博物館に展示されていた当時品と、寸分違わぬ出来映えです。」
少女の傍らに落ちていた自動小銃を拾い上げた英里奈ちゃんが、感心するように銃床をしきりに撫で回している。
確かに良く出来ているけど、レプリカなのは一目瞭然だね。
だって、経年劣化の痕跡がまるで無いんだから。
それなりに使用した跡があるのは確認出来るけど、この真新しさだと、精々1~2年前に製造されたレプリカだね。
「でも、変じゃない?珪素獣との戦闘で姿を消した京花ちゃんが、どうして昔の日本軍の軍服を着て倒れているの?しかも宿院の辺りで見つかるなんて…」
誰に向けた訳でもなく、納得出来る答えが返ってくると期待した訳でもない、自問のような私の独り言。
「そいつは私が聞きたい位だよ、ちさ。いずれにせよ、お京を支局に連れ帰らない事には、何も始まらないね。」
そんな私に肩をすくめるジェスチャーで応じたのは、マリナちゃんだったの。
そうこうしているうちに、支局からスクランブル出動したアンビュランスが、サイレン音も頼もしげに到着したんだ。
「枚方京花少佐にお間違いはないようでありますね。しかし、この出で立ちは、一体何故に…」
アンビュランスから慌ただしく駆け降りてきた衛生隊員の子達も、私達とは同意見のようだね。
「この現状では正直、皆目見当もつきません。枚方京花少佐の意識が回復次第、事情聴取と精密検査を行いましょう。」
「はっ!承知致しました、吹田千里准佐!」
人類防衛機構式の美しい敬礼で私に応じた衛生隊員の子達は、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の軍装を完璧にコスプレした京花ちゃんを丁寧に抱え上げ、手慣れた機敏な動作でストレッチャーに横たえると、アンビュランスに収容したの。
「あれ…?」
その様子を何気無く見守る私達の中で唯1人、マリナちゃんだけが、訝しげに首を傾げていたんだ。
「あの…いかがなさいましたか、マリナさん?」
何かが腑に落ちない様子のマリナちゃんに、恐る恐ると声を掛けたのは、英里奈ちゃんだった。
「いやさ、英里…お京のヤツ、さっきより背が伸びていなかったか…?」
違和感の原因は、それだったんだね。
「気のせいじゃないの、マリナちゃん?珪素獣と一緒に姿を消した京花ちゃんが、再び現れるまで僅か1時間。人間の身長は、そんな短い時間じゃ伸びないよ。そんな事があるなら、『毎日3分間ぶら下がるだけで、3ヶ月後には5センチ身長がアップします!』みたいな広告を漫画雑誌に載せている健康器具の会社は、軒並み廃業だよ。」
この時はこうして笑い飛ばしていた私だけど、実の所は、笑い事じゃなかったんだよね…