第29章 「友よ、防人神社でまた会おう!」
確かに園里香少尉にとっては、自分の時代に帰還するだけの事であり、死ぬつもりなど更々無いだろう。
何しろ里香ちゃんは、単にタイムスリップしただけでなくて、自分の曾孫である京花ちゃんの存在を知った訳だから。
そのため、今の里香ちゃんとしては、珪素戦争を生き延びた自分が子孫を残す事は、もはや確定事項なんだよね。
それは別に良いんだけど、帰還した里香ちゃんを待ち受けている、その後の出来事が問題なの。
帰還してから14年後、人類解放戦線の上級大佐に昇級した里香ちゃんは、その命を紅露共栄軍のテロリストのせいで散らしてしまうんだ。
後の京花ちゃんの母方のお祖父さんとなる、幼子のカズヤ君を残してね…
その事が念頭にあるからなのか、私達の心には暗い影が下りてしまうんだ。
とは言うものの、こうして県立大学の研究棟に着いちゃったんだし、今更になって実験を中止する訳にもいかないよね。
「仮に、その後の私を待ち受ける歴史が如何なる物であろうと、悲しまないで下さい。」
タキオン粒子加速器の設置されている研究棟の昇降口に集結した私達に、里香ちゃんは笑顔で話し掛けてきた。
研究棟のトイレで着替えも済ませたのか、大日本帝国軍女子特務戦隊の軍装に身を固めている。
「里香さん…」
戦国武将として名を馳せた生駒家宗を祖に持つ少女の切なげな呼び掛けに、日本軍の少女兵士は小さく頷く事で応じたんだ。
「皆様には枚方京花少佐がいらっしゃいます。枚方少佐が私の3代先の子孫であるなら、枚方少佐の身体を流れる血のうちの12.5%は私の血です。枚方少佐の中で、私は必ず生きているのですから。」
私達の湿っぽい空気を察した里香ちゃんの放った、気遣いの言葉。
それが、私達の胸をここまで打つとはね。
「お借りした、枚方京花少佐の身分証明書。その家族構成欄に私の名前が載っていなかった事から、大体の見当はついています。この時代の私は、既にこの世の人間ではない事に。」
このように笑いかける里香ちゃんの童顔には、寂しげな影が微かに下りていた。
元化の御世を見ずに逝った、未来の自分に思いを馳せたのだろうか。
「御気付きでいらしたのに、御調べにならなかったのですか?」
英里奈ちゃんの問い掛けに、里香ちゃんは小さく頷いたんだ。
現代にタイムスリップしてきた里香ちゃんがカルチャーショックでボロを出さないよう、私達3人がフォロー役として付き添っていた事は、前にも話したでしょ?
実は、付き添いの私達にはフォロー役以外の役目もあったんだ。
もしも里香ちゃんが、自分のその後の去就を検索しようとした場合は、殺人以外のありとあらゆる手段をもってしてでも、これを阻止する事。
それが、支局長であるユリカ先輩から私達に極秘で通達された特命だったの。
しかしながら、これは杞憂に終わったんだよね。
里香ちゃんは時折、私達の手を借りながら調べ物をしていたけど、その主な調査内容はと言うと、元化25年現在の社会風俗か、京花ちゃんの人となりについてで、将来における自分の運命については、まるで調べようとしなかったんだ。
「過去の人間である私が自分の未来を知ると、意識した行動を取ってしまう気がします。それが影響して、皆様の時代に繋がる歴史を変えてしまう。そんな訳にはいきません。」
いわゆる、「バタフライ・エフェクト」が起きないように自制していたんだね、里香ちゃんは。
常人だったら好奇心に負けて調べてしまうだろうに、天晴れな克己心だよ。
「人類防衛機構の庇護の下で、豊かで発達した文明を享受し、平和を謳歌するこの時代。悪い形で変化させてしまっては、防人の乙女の名折れですから。」
オマケに、いつ如何なる時であっても、防人の乙女としての本分を忘れない、その高い志。
里香ちゃんは本当に、誉れ高き防人乙女の偉大なる先達だよね。
「ありがとう、里香ちゃん!この時代を愛してくれていて…」
正直言って私、心の底からホッとしたよ。
元化25年の現代を、戦中派の里香ちゃんが肯定してくれて。
「それに、私には確信がありましたから。私が天寿を全う出来なかったとしたら、それは防人の乙女として立派に戦った結果だという、その確信が。」
このように呟くと里香ちゃんは、昇降口の壁に取り付けられた姿見へと視線を向け、自身の鏡像と向き合ったんだ。
要するに、日本軍女子特務戦隊の軍装に身を固めた自分自身にね。
「御立場の都合上、詳細を問い質す事は差し控えさせて頂きます。しかし、この質問だけはお許し下さい。私は防人の乙女に恥じない、名誉ある死を遂げたのですね?」
京花ちゃんの御先祖様である、日本軍少女兵士の問い掛け。
私はこれに、力強く頷いたんだ。
「勿論です、園里香少尉!」
これ位なら、伝えても差し支えはないだろうね。
「貴官の御霊は堺県防人神社に、英霊として祀られておいでです!」
日本国内の防人の乙女を英霊として祭祀する目的で、防人神社が護国神社から独立する形で設立されたのは、珪素戦争が終戦して間もない頃だったの。
珪素戦争で戦死した日本軍女子特務戦隊の兵士に始まり、人類解放戦線極東支部と人類防衛機構極東支部に所属する防人の乙女達で、不運にも命を散らした者達が、この防人神社で祀られているんだ。
もしも黙示協議会アポカリプスとの戦いで殉職していたら、私も今頃は防人神社に祀られていたんだろうな…
「そうでしたか、吹田千里准佐。それでしたら何も、悲しまれる事はございません。」
京花ちゃんと瓜二つの童顔に、再び浮かんだ微笑。
しかし先程とは異なり、そこには寂しさの影など1片もなかったんだ。
「私の血は枚方京花少佐に継がれ、私の魂は防人神社の英霊として、皆様と共にあり続けるのです。私の事が懐かしく思われる時は、枚方京花少佐と御一緒に、堺県の防人神社にいらして下さい。」
穏やかな微笑に込められているのは、不滅の友情への疑い無き信頼と、静かなる満足感。
ただ、それだけだった。
「それは、つまり…『防人神社で、また会おう。』って事なのかな、里香ちゃん…?」
こんな台詞を、まさか私が口にする事になるとは思わなかったよ。
まるで、珪素戦争の最中に戦意高揚目的で製作された国策映画じゃない。
「おっしゃる通りです、吹田千里准佐。私はそこで、皆様の武運長久を願い続けておりますから…」
何とも不思議な気分になっちゃうよね。
今はこうして生身の身体を備え、私達と別れの挨拶を交わしている里香ちゃんが、アムール戦争で散った英霊として防人神社に祀られているんだから。
「うん!約束するよ、里香ちゃん!今年の御盆にでも、私達は防人神社に御詣りする。京花ちゃんも一緒にね。必ず里香ちゃんに会いに行くよ!」
こうして差し出した私の右の掌は、オリーブドラブ色の大正五十年式軍衣を纏った少女の右手に、ガッチリと握り返されたんだ。
「ありがとうございます、吹田千里准佐!この園里香少尉、お待ち申し上げております!」
爽やかな笑顔で私の握手に応じてくれた里香ちゃんには内緒だけど、7月のアムール戦争終戦記念日には戦没者合同慰霊祭があるから、そっちのタイミングで里香ちゃんへの御詣りも出来ちゃうんだよね。
そうは言うものの、未来の里香ちゃんがアムール戦争で戦死するって事を、このタイミングで本人に伝える訳にはいかないんだよなあ…




