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第26章 「負けるな千里!輝け、母譲りの防人魂!」

「でも、その甲斐あって、4人揃って御子柴中を卒業し、4人で御子柴高の入学式を迎えた時は、本当に感慨無量だったなあ…!」

 今でも鮮明に思い出す事が出来るよ。

 4人で呼吸を揃えて踏み越えた、夕陽に染まる御子柴中学校の校門を。

 桜を愛でながら4人で仰いだ、御子柴高が誇る赤レンガの学舎の偉容を。

 あの時は、最高の気分だった。

 マリナちゃん。京花ちゃん。英里奈ちゃん。そして、私。

 高校に入学してからは、誰1人欠ける事なく、4人で素晴らしい青春の日々を過ごしていこう。

 そう思ったんだけど…

 あの日、共に夢を語り合い、共に笑い合った友達の顔が、今は1つ欠けてしまっている…

 決して欠けてしまってはいけないはずなのに。

「そうだったんだ、千里ちゃん…」

 血は争えないとは、まさにこの事だろう。

 今こうして私に相槌を打っている少女は、今はこの場にいない親友と、驚く程に酷似していたんだ。

 つぶらな青い瞳が自己主張している、整った童顔。

 左側頭部でサイドテールに結い上げた、長くて美しい青髪。

 ほんの少し大人びている事を除けば、まさに生き写しと言っても良かった。

 何しろ目の前の少女は、若き日の親友の曾祖母なのだから。

 だが、似過ぎているからこそ、その細かな差異が一層際立ってしまう。

 だからこそ、改めて自覚せざるを得ない。

 たとえ、その遺伝子は確かに、京花ちゃんに繋がる物だとしても。

 たとえ、今は「キョウカちゃん」というニックネームで呼んでいるとしても。

-この子は京花ちゃんじゃないし、京花ちゃんの代わりにもならない。

「っ…!」

 いけない。

 こんな事を考えては。

 英里奈ちゃんもマリナちゃんも、京花ちゃんを案ずる気持ちは、みんな同じなんだ。

 私だけウジウジした事を言っても、何の解決にもならないじゃない。

 ついさっき、「悲劇のヒロインを気取るキャラじゃない。」と言って、まだ舌の根も乾いていないのに。

 それに、今の状況で一番大変なのは京花ちゃん本人なんだよ。

 何しろ、知り合いのいない時代に、たった1人で飛ばされちゃったんだから。

 里香ちゃんだって、京花ちゃんと全く同じ条件だ。

 にも関わらず、2人とも弱音を吐くまいと、気丈に振る舞っている。

 曾祖母が曾祖母なら、曾孫も曾孫。

 その気丈さこそ、防人乙女の誉れだよ。

「ふぅ…!」

 知らず知らずのうちに、私の喉から漏れた溜め息。

 しっかりしろ、吹田千里准佐!

 向こうが曾祖母と曾孫ならば、こっちは母娘2代に渡る防人の乙女。

 正義と友情を重んじる心魂の熱さと屈強さ、決して負けてはいないはず。

 親友とその御先祖様の無事な帰還を疑っていたら…

 ましてや、弱気になっていたら駄目じゃないか!

 迷いと不安は、気にし始めたらキリがないぞ!

 振り切るんだ、自分の弱さを!

「うん!まあね、キョウカちゃん!」

 我ながら、普段と遜色ない快活な返事だった。

 いいぞ、吹田千里!

 心の中に巣食う弱音を完全に振り切るためにも、ここらで話題を切り替えたい所だけど…

「あっ、あの…!『追い付く』で気付いた事なのですが…」

 その役割は、英里奈ちゃんが代わりに果たしてくれたよ。

 おずおずと遠慮がちに挙手する事でね。

「里香さんの…いえ、キョウカさんの射撃と銃剣術、訓練生に追い付くどころか、現役特命遊撃士の私達に迫る腕前でしたね。」

 銃剣術では辛うじて引き分けに持ち込み、射撃訓練では全弾命中に漕ぎ着けたものの、総合評価では里香ちゃんに僅差で及ばなかった英里奈ちゃん。

 そんな英里奈ちゃんの口調には、少しの僻みも嫌みもなく、純粋な賞賛だけが込められていたんだ。

「うん、それには同感!生体強化ナノマシンを投与されて初めての訓練とは、とても思えないよ、キョウカちゃん!」

 英里奈ちゃんの部下である私としても、惜しみ無い賞賛を伝えなくちゃね。

「うん、ありがとう。それなりに下地は出来ていたからね。この時代のライフルも、原理的には私が使っている歩兵銃と同じ構造だから、すぐ馴染めたし。とはいえ、私が使ってたのより遥かに高性能だから、最初は驚いちゃったけど。」

 私達に応じる里香ちゃんは、至って屈託のない笑顔を浮かべていたんだ。

 全く偉ぶらない謙虚な奥床しさ、さすがは防人乙女の大先輩だよ。

「おいおい、ちさ…そりゃそうだろ。何しろ相手は、士官学校で陸軍式にみっちりと鍛えられた上、女子特務戦隊での実戦経験持ちなんだから。養成コースの小学生連中と比べたら、バチが当たるぞ。」

「うっ…!」

 マリナちゃんの指摘は、手厳しくも的確だったね。

 考えてみれば里香ちゃんは、修文4年の過去からやって来た、大日本帝国陸軍の少尉さん。

 生体強化ナノマシンの恩恵なしにケイ素戦争を生き延びてきた、バリバリの戦中派だもの。

 改良に改良を重ねたナノマシンで改造され、最新鋭の近代兵器で武装した私達とは、鍛え方が違うよね。

「ヤだなあ、『バチが当たる』だなんて。千里ちゃんの次は、今度は私が英霊扱いなの?」

 こうしてマリナちゃんにツッコミを入れている里香ちゃんの笑顔を見ていると、不思議な感覚になってきちゃうな。

 今までの私にとってケイ素戦争は、戊辰戦争や日露戦争と同じような、歴史上の出来事だったの。

 そして、その時に活躍した人類解放戦線や日本軍女子特務戦隊の人達は、「歴史上の登場人物」って位置付けで、「かつて地球上に存在した人達」って実感には乏しかったんだよね。

 しかし、そのケイ素戦争に従軍した園里香少尉は、こうして私の目の前で、何とも屈託のない笑顔を浮かべている。

 その笑顔は確かに、生きた血肉を備えた人間の物だったんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、英霊だけど。 でも今は、血の通った一人の人間……感慨深い状況ですよね。
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