第25章 「ガラじゃないよね、苦労話は!」
「そういう訳でして、負傷者や殉職者の類は、そうそう出るものではございません。特に、この堺県第2支局に関しては。」
「まあ、少なくとも…私が在籍するようになってからは、第2支局で死人と怪我人が出たなんて話は聞いた事がないね。唯一の例外は…コイツさ!」
英里奈ちゃんから話を引き継いだマリナちゃんは、飲み干したカシスソーダの空き缶をゴミ箱に投げ込んだ私に視線を注ぐと、いきなり肩を抱き寄せたんだ。
「うおっと…!ヤだなあ、マリナちゃんったら大胆で…こんな所、京花ちゃんに知られたらどうする気なの…?」
狼狽えたのも束の間。
すぐに軽口で丁々発止とやり合えるのが、悪友同士の間柄だよね。
とはいえ、これだと妻帯者の上司と社内不倫に走ったOLみたいだよね、今の私の物言いは。
「あらあら、千里さんったら…これでは、お昼のメロドラマのヒロインはだしですね。」
英里奈ちゃんにまで、こうして笑顔で突っ込みを入れられちゃうし…
調子に乗って身をくねらせちゃったのは、さすがに余計だったかな?
「まあ、このように…今でこそ元気溌剌な千里さんですが、今年の3月までは、枕から頭も上がらぬ病床の身の上でありました。」
さっきまでの上品な笑顔は何処へやら。
幼くも気品ある美貌をキリッとシリアスに引き締めた英里奈ちゃんを前にして、里香ちゃんも姿勢を正して聞き入っている。
「今を去る事、3年近く前…『黙示協議会アポカリプス』という狂信的テロ組織との戦闘で、千里さんは瀕死の重傷を負い、長らく昏睡状態と相成った次第です。ここ数年でも稀に見る怪我の酷さと、作戦成功の要となった高い貢献度から、意識が回復するまでの千里さんは、第2支局内では英霊のように扱われていたのでした。」
英里奈ちゃんは言葉を切ると、自ら手酌したスパークリングワインで満たされたグラスを手に取り、静かに傾けた。
傾けられた透明なグラスの縁に、形の整ったピンク色の唇が品良く触れている様は、実に優美でエレガントだった。
同性の親友である私の視点でも、思わず溜め息を漏らしちゃう程に見入っちゃうね。
「広報のバックナンバーを読み返すと驚いたね。『名誉の負傷 吹田千里大尉、2階級特進』とか、『手負いの勇士、吹田千里准佐 未だ意識戻らず…』とか、こんな見出しが付いちゃってさ!照れ臭くって仕方がなかったよ、あれは。」
軽く頭を振って我に返った私は、こうして英里奈ちゃんの後を受けたんだ。
だけど、つつじ通信の誌面を見た時の気恥ずかしさが昨日のように甦って来ちゃって、ホントに参っちゃったよ。
お酒の力で遣り過ごすにしても、カシスソーダはもう飲んじゃったし、廊下の自販機で買うにしても、今のタイミングで中座するのは、ちょっとなあ…
「そのくせ、回復してからの扱いはドライだったね。『吹田千里准佐、昏睡状態から回復。早くも現場復帰へ』って、コラムよりも小さい記事が1回載って、それっきり。埋め草だね、あれじゃ。」
だから、こうして冗談めかすのが関の山だったよ。
「おいおい…回復したんだから、これまで通りの扱いになるのは当然だろ、ちさ?まあ、言うなれば『英霊返上の人間宣言』って所かな。」
「そ…そりゃまあね…」
返す言葉もないよ、マリナちゃん。
「いずれにせよ、ちさの件が取り沙汰される程なんだから、今の防人の乙女の安全性が如何に確保されているか、これでハッキリしたんじゃないかな?」
「は…はあ…」
話は一段落したものの、何から話して良いのやら思案に暮れているって感じだね、里香ちゃん。
そうやって、ライム酎ハイのアルミ缶を手のひらで転がしても、気の利いたレスポンスは浮かばないと思うけどなあ…
「その…千里ちゃんって、意外と苦労人だったんだね…?」
その場のやり取りを何となく見守っていたら、私に話を振ってきちゃうんだよね、里香ちゃんったら。
まあ、しばらく話題の中心にいた訳だし、無理もないよね。
「ううん…どちらかと言えば、大変なのは目覚めてからの方だったね。何しろ、起きたら2年半も経っていたんだから。」
ツインテールが自己主張している頭を軽く左右に振りながら、私はこのように切り出したの。
「大急ぎで中学3年間の勉強を総ざらいして、御子柴高への内部進学を決めて、英里奈ちゃん達に追い付くのに必死だったよ…」
無理に明るく振る舞いもせず、さりとて徒に深刻ぶりもせず。
私は日常的な雑談を語るような口調で、回復直後の身上を述懐する。
何しろ、私が悲劇のヒロインを気取るキャラじゃないって事は、重々承知の上だからね。




