第24章 「拝啓、先人様。これが防人乙女の現況です。」
里香ちゃんがボロを出さないように、そそくさと地下射撃場から退散した私達は、支局内に幾つか設けられている休憩室の1つを借りきってミーティングを始めたんだ。
戦闘訓練の骨休めも兼ねてね、
「場合によっては、お京の後遺症に記憶障害も追加した方が良いかもな。」
中身が半分残ったビールのロング缶をテーブルに置いたマリナちゃんが、静かに口を開いた。
ビールの細かい泡が少し残った赤い唇が、何とも艶かしい。
「例えば、そう…『珪素獣にやられてからしばらくの間は、記憶が曖昧になっていた。』とかさ…」
後の事も考えると、マリナちゃんの今の提案も、検討した方がいいのかもね。
「さっきの子…遊海ちゃんって言ったっけ…?枚方少佐と顔見知りだったみたいだけど…?」
「はい、キョウカさん…特撮映画という共通の御趣味があるので、京花さんとは馬が合うようです。小学校から支局までの送迎バスの中では、いつも盛り上がっていましたね。」
アクセントの置き方を微妙に変化させる事で、先祖と子孫を的確に呼び分けながら、英里奈ちゃんは年若い訓練生の趣味趣向を簡潔に説明した。
「大道筋小学校5年3組、湊遊海。茅乃ちゃんとは同じクラスだね。茅乃ちゃんには遊海ちゃんの素直さを、少しは見習って貰いたい所だよ。」
英里奈ちゃんの後を受けた、私の補足説明。
それは本当に何気ない一言だったんだ。
だけど、私の補足説明を耳にした里香ちゃんは「あっ」と小さく息を飲んだんだ。
「小学5年生!?あの訓練生達、確かに随分小さく見えたけど…」
「そんなに驚く事じゃないよ。私や英里奈ちゃんが養成コースに入ったのは小6の時だし、マリナちゃんと京花ちゃんが養成コース入りしたのは小5の3学期だからね。あの2人は、比較的早い方かな。」
私の言葉を聞いた里香ちゃんの顔色が、みるみる変わっていく。
「もっとも、上には上がいるんだよね。支局長の明王院ユリカ先輩は、小学校の段階で養成コースの全単位を修得されて、小6の1学期には、正規の特命遊撃士として前線に出ていたからね。」
こうして「驚く事じゃない。」と釘を刺したにも関わらず、里香ちゃんはひどくショックを受けた顔をしていたんだ。
「私の場合、中学校を卒業してから士官学校に進学し、実際に出撃したのは士官学校卒業後でした…しかし、この時代の少女達は義務教育の段階で訓練を終え、今の私よりも遥かに幼い時期に、初陣を迎えるのですね…」
私達3人を見つめる里香ちゃんの青い瞳には、何とも遣る瀬無い憂いに満ちた光が宿っていたの。
どうやら里香ちゃんったら、とんでもない誤解をしちゃってるみたいだね。
さしずめ、「珪素生命体よりも重大な脅威との戦争が長期化して、大人の戦闘要員が粗方死に絶えたため、徴兵対象年齢が大幅に下げられ、小学生まで兵役に就いている。」とかね。
それで、「自分達が命懸けで守った人類の未来が、自分達のいた時代以上に激化した戦乱期だなんて…」とでもショックを受けているのかな。
そんな深刻な物じゃないんだけどな…
さて、どこから説明したらいいだろう。
私とマリナちゃんが顔を見合わせた、次の瞬間だったの。
「あっ、あの…!」
グラスの中で泡立っていたスパークリングワインを一気に飲み干し、返す刀で口火を切ったのは、英里奈ちゃんだった。
焦ったり緊張したりと感情が昂ると、どうしても言い淀んじゃうんだね。
まあ、害は別段無い訳だから、これも英里奈ちゃんの個性として、温かい目で見てあげないとね。
「たっ、確かに…特命遊撃士の多くは小学生のうちに養成課程を終え、小学校高学年や中学生の段階で実戦を経験します。しかし、その…その実態は、キョウカさんが想像されているのとは齟齬があるのかも知れません…」
こうして口を開いた英里奈ちゃんは、人類防衛機構と特命遊撃士の置かれている状況が、そこまで深刻ではない事を、順を追って説明し始めたんだ。
人類防衛機構は国連より上位に位置する国際治安維持組織であり、人類防衛機構は、国連の決議やその加盟国の法律をも超越して活動する権限を持つ事。
特命遊撃士を始めとする人類防衛機構の構成員の主要任務は、人類とその文明の保護であり、各管轄地域の都市防衛である事。
従って、国家間の戦争には決して動員されない事。
現在の人類防衛機構にとっての主要な敵は、国際社会の平和を乱すテロリストや巨大怪獣等の未確認生物であるが、それらはかつての珪素獣のような、人類の存亡を揺るがす程の脅威にはなりえていない事。
特命遊撃士は、全国の学校法人で行われる健康診断に盛り込まれた適性検査で選定され、その基準である 特殊能力「サイフォース」の発現兆候は、小学生程度から確認可能な事。
乙種合格者の入隊は任意である事。
甲種合格者の入隊に拒否権は無いものの、安全な部署への配属希望を出す事が出来て、その配属希望は概ね受理される事。
しかし、戦闘要員の方が高給取りで昇級も早いので、大半の特命遊撃士は戦闘要員を希望する事。
従って、前線で戦闘業務に従事する特命遊撃士は、納得ずくで現在の業務に従事している事。
特命遊撃士としての業務は、学業との両立を前提としている事。
申請した休暇は基本的に受理されるなど、福利厚生はしっかりしている事。
組織内でのキャリアアップは勿論、警察や自衛隊といった公安職の公務員、或いは民間企業への転職など、その後の人生設計も万全な事。
そして何より、装備品や生体強化ナノマシンの進歩や、人材の充実による相互扶助などが功を奏しているので、それほど殉職率は高くない事。
こうした諸々を、より具体的に、より分かりやすく噛み砕いて、里香ちゃんに説いて聞かせたんだ。
英里奈ちゃんの説明で足りない所は、私やマリナちゃんが補足する形でね。




