第21章 「曾祖母、貴女は強かった!射撃訓練で見せる戦中派の意地」
登庁してきた少佐の2人とはエントランスで合流し、いつもと変わらない戦闘訓練が始まった。
いつもと違う所があるとすれば、私達の受講する戦闘訓練が、銃器の運用に特化したメニューになっていた事かな。
要するに、帰還後の里香ちゃんにとって、最も役立つであろう訓練メニュー。
何しろ、日本軍女子特務戦隊の主要装備は歩兵銃だからね。
私やマリナちゃんは個人兵装が銃器だから、普段の訓練メニューから大きな逸脱はないけれど、英里奈ちゃんの個人兵装はレーザーランスだから、付き合わせる事になっちゃったかな。
「あの…大丈夫なの…かな?いこ…ううん、英里奈ちゃん?」
訓練用の銃剣をライフルに取り付け終えた里香ちゃんは、久々に握るアサルトライフルを手に馴染ませている英里奈ちゃんに、おずおずと話し掛けた。
老婆心だけど、京花ちゃんを真似たタメ口が怪しくなっていたよ、何ヵ所か。
里香ちゃんとしても、やっぱり気が気じゃないみたいだね。
自分のせいで、英里奈ちゃんの訓練メニューを遅らせたんじゃないかって。
「いえいえ…キョウカさんも、そんなに御気になさらないで下さいませ。」
浮かない表情の里香ちゃんとは対照的に、英里奈ちゃんは実に落ち着き払った態度で、里香ちゃんに応じたんだ。
「ライフルや拳銃の訓練も大切ですからね。これも良い機会です。それに銃剣術には槍術に通じる所もございますから、私と致しましても実り豊かな訓練になる事は間違いございません。」
その余裕綽々な口振りに、穏やかで上品な笑顔。
戦国武将である生駒家宗の末裔という、由緒正しくも厳めしい家名に恥じない、育ちの良さを感じられる優雅な鷹揚さだね。
普段の内気な気弱さとは、大違いだよ。
顔見知りなど誰もいない未来の世界に、ただ1人迷い込んで心細い思いをしている里香ちゃんの手前、毅然とした態度を示してあげなくてはならない。
英里奈ちゃんの考えている事って云うのは、大方そんな所だろうな。
「はっ、はあ…うん!それもそうだよね、英里奈ちゃん!」
どうやら里香ちゃんも、何とか落ち着きを取り戻してくれたみたいだね。
とはいえ、気を遣い過ぎても大変だから、2人とも限度を弁えようよ。
まずはウォーミングアップも兼ねて、地下講堂で開講されている銃剣術の訓練を受講したんだけど、そこで里香ちゃんは素晴らしい成績を修めたんだ。
レーザーライフルを個人兵装に選んだ立場上、それなりに銃剣術の心得はある私だけど、里香ちゃんには辛うじて勝ち越し出来たって有り様なの。
個人兵装がレーザーランスの英里奈ちゃんも、得意の槍術を応用して善戦したものの、それでも引き分けが精一杯。
大型拳銃と近接格闘術を得意とするマリナちゃんに至っては、銃剣術は元々不得手で、残念ながら負け越しだったよ。
内心舌を巻きながらも、どうにか気を取り直した私は、続く射撃訓練に取り掛かったんだ。
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた地下射撃場にいると、やっぱり落ち着くよね。
この虚飾を廃した質実剛健な雰囲気は、他ではちょっと出せないよ。
オマケに私が取り扱うのは、個人兵装に選んだレーザーライフルだもの。
慣れ親しんだ心地良い環境に、もはや身体の一部と言っても過言ではない程に馴染んだ個人兵装。
まさに、最高のコンディションだね。
程良い緊張感に身を委ねて、心静かにトリガーを引けば、愛銃は必ず応えてくれるよ。
「うん…良い感じ。」
手応えに違わぬ、確かな成果。
標的を確認した私は、沸き上がる満足感を隠そうともせずにそう呟くと、分解した個人兵装を納めたガンケース片手に、静かに踵を返したんだ。
「お疲れ様です、マリナさん、千里さん。御2人とも、今日も好調のようですね。」
個人兵装を用いた射撃訓練を終え、レーンを出た私とマリナちゃんに、英里奈ちゃんが労いの言葉をかけてくれる。
戦国武将の血脈を今に伝える内気な令嬢が、労いの言葉と共に差し出してくれたのは、私達2人が愛飲しているビールとカクテルのアルミ缶だ。
「おっ!気が利くね、英里!」
大型拳銃の銃口から上がる白煙を吹き消したマリナちゃんは、弾んだ声を出しながら顔を上げたんだ。
氷のカミソリを思わせるクールな美貌にも、嬉々とした表情が浮かんでいるよ。
「悪いね、英里。それじゃ、遠慮なしに頂くよ。」
個人兵装をホルスターにぶちこみ、ガラス工芸のように華奢な細腕からアルミ缶をもぎ取ると、切れ長の赤い瞳の右側を隠した少女は、片手でプルタブを開栓するや、泡立つ中身を一気に飲み干したの。
「うん、効くねえ!銃をぶっ放した後に飲むビールは、やっぱり最高だよ!」
マリナちゃん、さっき手を拭いてなかったよね?
大型拳銃を発砲していたから、その手には硝煙臭がしっかり残っているはずなんだけどなあ…
それとも、硝煙の匂いが風味付けになるって事もあるの?
まあ、レーザーライフルを個人兵装に選んだ私には縁遠い話なんだけどね。
今度、補助兵装の自動拳銃を使った射撃訓練の時にでも、試してみようかな。
「ありがとう、英里奈ちゃん!英里奈ちゃんの射撃訓練は、次の回?」
「はい、千里さん。キョウカさんと御一緒に…」
私の手中に入ったスクリュードライバーのアルミ缶が開栓されるのを確認した英里奈ちゃんは、手ぶらになった左手で、左隣の少女を指し示したんだ。
「基本的な構造は、修壱式と大体同じ…弾丸も同サイズ…」
珪素戦争の時代から時空を越えてやって来た日本軍兵士は、構えた時の重量感やトリガーの感触、ひいては全体の触感に至るまで、アサルトライフルのチェックに余念がない。
まあ、無理もないよね。
今こうして里香ちゃんが手にしている「二三式アサルトライフル」は、つい最近に特命機動隊の標準兵装として採用されたばかり。
その名に違わず、元化23年に太平洋重工で製造されたばかりのニューモデルなんだから。
二三式だから、愛称は「フミ」。
まるで女の子の名前みたいなニックネームだけど、女所帯の人類防衛機構だからお似合いかな。
思えば、旧モデルの「一八式改良型アサルトライフル」の愛称は「イッパチ」だから、「一か八か」みたいで、個人的にあんまり好きになれなくてね。
愛称はともかく、一八式改は性能の優れた名銃だから、未だに愛用者は少なくないみたいだけど。
まあ、日本軍女子特務戦隊の里香ちゃんにとっては、どっちにしても70年以上先の未来兵器って事になるよね。
アサルトライフルを携えてレーンに入る、英里奈ちゃんと里香ちゃん。
銃器を手にした少女士官の立ち姿は、凛々しくも美しい。
「大丈夫かな、2人とも…」
だけど2人の後ろ姿を眺める私は、こんな一言をこぼしちゃっていたんだ。
何しろ、レーザーランスが個人兵装の英里奈ちゃんはライフルの扱いがそこまで上手くないし、珪素戦争の時代から来た里香ちゃんに至っては、二三式アサルトライフルは使い慣れない未来の武器だからね。
「温かく見守ってやろうよ、ちさ。」
そんな私を窘めたのは、訓練場の壁に背中を預けたマリナちゃんだった。
何時の間に買い求めたのか、その右手には新しい黒ビールのアルミ缶が握られている。
「うん…そうだね、マリナちゃん。」
マリナちゃんの左脇を陣取り、私はスクリュードライバーのアルミ缶を傾けながら、ライフルを構える2人の少女に視線を向けた。
結果がどうであれ、温かく迎えてあげよう。
それが、友達って関係だよね。
ところが…
「へえ…やるじゃないか、おキョウのヤツも。」
マリナちゃんの言うように、里香ちゃんのアサルトライフルの扱いは素晴らしい物だったの。
後ろから見ても、里香ちゃんの射撃体勢が整っている事は一目瞭然だったね。
そして、射撃訓練の結果たるや…
「全弾標的に命中の上、反応速度も良好。申し分のない成績ですよ、生駒英里奈少佐、枚方京花少佐。」
特命教導隊に所属する羽倉サキ教官の声が、スピーカーを通して地下射撃場に響き渡る。
「お見事です、キョウカさん。」
納得の出来る結果を修められた余裕からか、レーンから戻ってくる英里奈ちゃんも上機嫌だ。




