第2章 「緊急指令!枚方少佐を救助せよ!」
「千里さん…あの珪素獣は一体、何だったのでしょうか…」
狐に摘ままれたような表情を浮かべながらも、一片の隙も無くレーザーランスを構えながら、英里奈ちゃんが私に問い掛けた。
「ちょっと私には分かんないなあ、英里奈ちゃん…とりあえず、まずは京花ちゃんを探さないと!」
遊撃服からスマホを取り出したものの、メールを送信してもSNSで呼び掛けても、京花ちゃんからの応答はない。
電話をかけても、お定まりの電子音声が、電源が切られているか電波の届かない場所にいるかを示唆してくるだけだった。
物は試しとばかりにGPSアプリを使ってみると、こっちは脈あり!
京花ちゃんのスマホのGPSが、支局に程近い市街地で信号を送っている事を確認出来たので、3人で胸を撫で下ろしたんだ。
京花ちゃんったら、随分遠くまでぶっ飛ばされちゃったんだね。
「お京の奴、無茶な真似をしやがって…心配させた罰として、今夜の飲みはアイツに全額払わせてやるんだから…」
支局に戻る武装特捜車の中で、延々と悪態をつくマリナちゃんだったけど、それも京花ちゃんの無事が確認出来たという、安堵の現れだね。
「こちらは堺県第2支局所属、武装特捜車42号であります…何ですってっ、それは本当でありますか!」
適度に緩んだ私達の緊張感を、ほんの一瞬だけ引き締めてくれたのは、特捜車に備え付けられた無線の緊急入電だった。
「何もない空中から少女が突然現れ、そのまま路面に墜落して倒れたという、奇妙な事件の通報を入電しました!」
入電内容を復唱しているのは、助手席に腰を下ろしている東淀川瑞光三曹だ。
今はヘルメットを外しているから、サイドが大胆に跳ねた茶髪のボブカットがはっきりと確認出来るよ。
おっと、サイドの跳ね癖は瑞光ちゃんのコンプレックスだから、あんまりネタにするのは良くないね。
瑞光ちゃんは御子柴中学校の2年生だから、私達4人の後輩にあたるんだ。
遅生まれの13歳で江坂分隊の最年少なので、分隊員のみんなから妹のように可愛がられているの。
勿論だけど、私達からもね。
私達も訓練生時代には、教導隊の先生達や遊撃士の諸先輩方に、色々と良くして貰ったからね。
今度は私達が、下の世代に還元していかないと!
「場所は、市之町交差点付近の大小路路上。少女の特徴は…青いサイドテールだそうです!」
入電内容を伝える瑞光ちゃんの声のトーンが、それとはっきり分かる程に明るくなった。
瑞光ちゃんにとっても、京花ちゃんは顔見知りの上官だからね。
「千里さん…もしかすると、それって!」
勢い良く私の方に向き直った英里奈ちゃんの気品ある美貌には、満面の笑みが浮かんでいた。
「間違いない、京花ちゃんだよ!やっぱり、無事だったんだ!」
このように応じる私もまた、「喜色満面」という四字熟語の模範例みたいな顔をしていたんだろうね。
「イェーイ!やったね、英里奈ちゃん!」
「おっしゃる通りです、千里さん!」
何しろ、そのまま英里奈ちゃんとハイタッチを始める程に大はしゃぎしちゃったんだから。
「無事で何よりだよ…お京!」
私と英里奈ちゃんの馬鹿騒ぎには加わらなかったものの、このように呟くマリナちゃんのクールな美貌にも、安堵に満ちた喜びの色が、はっきりと浮かんでいたの。
正直言えば、多少の腑に落ちない点はあったんだ。
GPSアプリが伝えた京花ちゃんの位置は、より正確に言うなら、堺神高速高架と堺郵便局の付近。
町名で言うと、南瓦町だね。
ところが京花ちゃんと思わしき女の子が落ちてきたのは、開口神社や阪堺線の停車場からも程近い大小路の歩道なの。
こっちは地図上だと甲斐町東になるんだ。
目と鼻の先の距離だけど、単なるGPSの誤差と片付けるには、ちょっぴり無視出来ない食い違いだね。
もっとも、消失と出現のタイミングの良さと、通報で知り得た外見的特徴から、大小路に現れた女の子を京花ちゃんだと断定しても、この時の私達を責められないよね。
GPSの発信位置との誤差だって、珪素獣が持ち合わせている常識外れの力が干渉しているせいと解釈すれば、それで説明がついちゃうんだから。
そもそも京花ちゃんがMIAになったのは、堺泉北臨海工業地帯だし。
それと、これは私情になるかも知れないけど、友達の無事を伝える情報は、100%信じたいじゃない?