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第18章 「戦中派体験談~園里香少尉、かく語りき」

「実は…私の所属する女子特務戦隊でも、18歳を越えた古参兵の方々は、お酒を嗜んでいらっしゃいました…」

 ほんの少しの沈黙を挟んで、里香ちゃんは静かに語り始めた。

 どうやら、私を信頼してくれたみたいだね。

「しかし、士官学校を繰り上げ卒業したばかりの私共は、そうもいきません。酒保で菓子類を買うか、パーラーでデザート類を食べるのが精々でした。」

「ううっ、それはキツいなあ…!」

 里香ちゃんの話を聞いて、私は暗然とした思いに駆られちゃったんだ。

 大好きな焼酎を飲めなくて、京花ちゃんったら随分と困っているだろうね。

 我が身に置き換えたら、ゾッとしちゃうよ。

「しかし、捨てる神あれば拾う神あり。天王寺大佐を始めとする上官殿の計らいで、生殺しの思いをせずに済んだのです。」

 天王寺大佐っていうのは、特命機動隊江坂分隊で副官を務めていらっしゃる、天王寺ハルカ上級曹長の御先祖様だね。

「大佐殿を始めとする上官殿は時折、御自身の私室に私共をお招き下さるのです。そして、『これは非公式だから、あまり口外しないように。』とおっしゃりながら、酒類を御馳走して下さるのです。」

「へえ、面倒見の良い上官殿なんだね。それに、清濁合わせ呑める懐の深さもあるんだ。」

 こうは言ったものの、上官が未成年の部下にお酒を振る舞うのは、日本軍女子特務戦隊の公然の秘密になっていたと思うんだよね。

 私の内なる思いなど知る由もなく、里香ちゃんは私の相槌に、我が意を得たりとばかりに頷いたんだ。

「それも、ありふれた廉価品だけではありません。酒保でも上級将校のみに販売が許諾されている特級酒まで、気前よく振る舞って下さるのです。」

「それは、防人の乙女の伝統だね…私達だって、特命機動隊にいる部下の子達や、研修生や訓練生の若い子達と一緒の飲み会だと、多めにお金を出したり奢ったりするもん。」

 ところが私達の世代になると、天王寺さんは奢られる立場になっちゃうんだから、世の中って分からないよね。

「何時の日か私も、隊を率いる役職を拝命したならば、天王寺大佐にして頂いたように、部下に接したいと存じ上げる所存です。」

 このように語る里香ちゃんの視線は、何処か遠くを見つめていた。

 修文4年に残してきた、天王寺大佐の面影を追っているんだろうな。


「好きなんだね、天王寺大佐の事が…」

 私の問い掛けに、京花ちゃんに酷似した日本軍の少女兵士は小さく頷いた。

「大佐殿の御優しさたるや、酔った私が輸入物のヴィンテージワインを空にしてしまっても、『見事だ、園少尉!それでこそ、誉れ高き大和撫子!』とお誉め下さって…」

 天王寺ルナ大佐との思い出を語る里香ちゃんは、本当に楽しそうだった。

 京花ちゃんと天王寺上級曹長の御先祖様達が、ここまで厚い絆で結ばれているなんて、何か意外だな。

「ああっ…!勿論、隊の同輩達も、私の大切な戦友ですよ!友呂岐誉理(ともろぎえり)少尉に、四方黒美以子(よもぐろみいこ)少尉。ここに私も加えますと、士官学校以来の三羽烏と相成ります!ですから…」

 随分と焦っているね、里香ちゃんったら。

 私が邪推しているとでも思っていたのかな?

 里香ちゃんと天王寺ルナ大佐が、そういう親密過ぎる仲だとでも。

「分かるよ、里香ちゃん。『同期の桜』って仲でしょ?私にとってのマリナちゃんや英里奈ちゃん、そして京花ちゃんみたいな…」

 このように私が応じると、里香ちゃんは急に大人しくなっちゃったんだ。

 それは、「あらぬ誤解を抱かれずに済んだ安堵の念。」という、ポジティブな静まり方には、到底思えなかったね。

 むしろ、「新たに浮上した心配事で、無邪気にはしゃげなくなった。」と言った方が、より近いかな。

「心配なんだね…残してきた人達の事が?」

「おっしゃる通りです…大佐殿…隊のみんな…私が戻るまで、無事でいて下されば良いのですが…」

 元化25年の今に生きる私は、日本軍女子特務戦隊のその後を知っている。

 ごく普通の少女を屈強な兵士に仕立て上げられる極小機械群「生体強化ナノマシン」の開発は、珪素生命体に対抗出来る少女兵士の量的質的な充実をもたらしただけでなく、特殊能力「サイフォース」の貴重な保持者の身体能力や耐久力を底上げするに至った。

 生体強化ナノマシンによって改造された少女兵士達の生還率は飛躍的に改善し、目覚ましい戦果を各地で上げた。

 生体強化ナノマシンを開発した日本軍女子特務戦隊の発言力が増したのは、言うまでもない。

 少女兵士達は国家の枠組みを越えて協力し、その流れは国際的武装防衛組織「人類解放戦線」の結成という形で結実した。

 この流れを当時の国連も容認し、人類解放戦線と国連軍は力を合わせて珪素生命体を退けた。

 人類の守護者としての地位を確立した人類解放戦線はやがて、人類種と人類文明の防衛に重きを置いた「人類防衛機構」に再編され、今日に至っている。

 要するに、人類が珪素獣(シリコンビースト)との戦争に勝利したからこそ、私達の生きる現代がある訳だね。

 それに、里香ちゃんの子孫である京花ちゃんが生まれている以上、里香ちゃんが元の時代に帰還して珪素戦争を生き延びるのは、もはや確定事項じゃない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も天王寺ルナ大佐のような上司が欲しかった(ォィ
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