第17章 「夜明けのカクテルは貴女と共に…」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
いずれにせよ、そういう心配を私達がするのは、粒子加速器の充電と座標の演算が終わってからでも遅くはない訳で。
それまでは、普段通りの日常を過ごすべきかな。
もっとも、普段通りとも言い難いんだけど…
「えっ…!未成年であらせられるのに飲酒でありますか、吹田千里准佐!しかも、朝から!?」
ほら、こんな具合にね…
浴衣から遊撃服への着替えも済ませ、宿直室備え付けの冷蔵庫から缶チューハイを嬉々として取り出した私は、驚愕する里香ちゃんの大声に、心底ゲンナリとさせられたんだ。
「あのさあ、里香ちゃん…人類防衛機構に所属している私達には部分的成人擬制が適用されるから、成人年齢を待たなくてもお酒が飲めるって、昨日も説明したじゃない…」
「も…申し訳ありません…吹田千里准佐…」
宿直室備え付けの浴衣と羽織を身に纏った里香ちゃんは、ベッドの中でシュンと悄気返ってしまった。
悄気返って身を小さくさせたんだろうけど、学年的には高3に該当する17歳だけあって、私や京花ちゃんよりも少し長身だ。
病衣を着ていた時にも気付いてはいたけれど、里香ちゃんが着痩せするタイプだって事を、こうして宿直室で一夜を共にする事で、改めて認識し直したよ。
パリッと糊の効いた白い浴衣に目をやると、胸元の辺りが盛り上がっているし、その合わせ目からは見事な谷間が見え隠れしちゃってるじゃない。
目算だけど、マリナちゃんやユリカ先輩にも負けないんじゃないかな。
すると、里香ちゃんの遺伝子を引き継ぐ京花ちゃんも将来的には…
おっと、いけない!
所詮は単なる個人差じゃない、こういうのって。
それを僻むだなんて、だらしないぞ、吹田千里准佐!
軽く頭を振って情けない僻み根性と決別した私は、手にしたアルミ缶のプルタブを引き、よく冷えたレモンチューハイを喉に流し込んだんだ。
缶の中身が軽くなっていくのに反比例して、私の体内に静脈投与された生体強化ナノマシンが活性化し、全身にエネルギーが漲ってくる。
勿論、気分だって高揚して来るよ。
「プハッ!良いねえ…」
ほらね!
こんな台詞だって、思わず口をついて出て来ちゃうんだ。
アルコール度数12%の謳い文句は、やっぱり伊達じゃなかったね。
すっかり上機嫌になった私は、早くも2本目の缶チューハイに手を伸ばしたんだけど…
「あげるよ、里香ちゃん。それは私の奢りだよ!」
土壇場でスクリュードライバーに移り気しちゃったので、チューハイのアルミ缶は浴衣姿の日本軍兵士に謙譲する事にしたんだ。
「えっ…よろしいのですか、吹田千里准佐?自分はまだ17歳ですが…?」
投げ渡されたアルミ缶をキャッチはしたけれど、そのまま開栓していいものやら、判断しかねるって具合かな。
「17と言っても、あと2か月ちょいで18の誕生日じゃない。修文4年でも成人年齢は18だから、大丈夫だと思うけどなあ…」
「はあ…」
それでも乗り気じゃないね、里香ちゃんったら。
「じゃあさ、こうしようよ!今からそのチューハイを飲むのは、里香ちゃんじゃなくて、京花ちゃんって事にするの!」
我ながら、これは名案だと思ったね。
京花ちゃんが修文4年にタイムスリップしたって事は、表向きは秘密になっているし、修文4年からタイムスリップしてきた里香ちゃんは、有効な身分証明書を持ってない。
この2つの問題点を同時に解決するために、里香ちゃんには京花ちゃんの身分証明書を使って貰い、こちらの時代では京花ちゃんとして過ごして貰う事になったんだ。
もっとも、この事を知っているのは人類防衛機構関係者に限られていて、京花ちゃんの御家族や御子柴高校の一般生徒や先生達には内緒なんだ。
家族だとちょっとした違和感から正体がすぐに露呈しちゃうだろうし、一般生徒の口に戸を立てるのは億劫だからね。
-枚方京花少佐は、極秘の特別任務を拝命。
-特別任務遂行中の枚方京花少佐は、親族を始めとする周囲の人間の安全性を考慮し、支局の宿直室に滞在する物とする。
-また、特別任務を完了するまでは、在籍する堺県立御子柴高等学校は休学扱いとする。
こういう筋書きが、ユリカ先輩を始めとする第2支局上層部によって書き上げられたのは、そうしたトラブルによるリスクを最小限に抑えるためなんだ。
私が里香ちゃんと同じ宿直室でお泊まりしているのも、そういう事情あっての事なの。
何しろ、相手は干支の6周以上前から来た浦島太郎だからね。
里香ちゃんが街中でジェネレーションギャップを起こしたら良くないから、ゆっくり現代文明をレクチャーし、それでもボロを出しそうになったら、上手くフォローする。
そういう御付きの役割を果たすために、里香ちゃんの事情をよく知る私達が、持ち回りで一緒に宿直しているんだ。
そして昨夜は偶々、私の持ち回り当番だったって事。
だから「一夜を共にする」とは言っても、決して色っぽい話じゃないし、間違いを起こしたり起こされたりした事もないよ。
何しろケイ素戦争時代の日本兵だけあって、里香ちゃんは身持ちの固い子だし、友達の曾祖母と一線を越えた関係になる程の蛮勇は、私にも無いからね。
「成る程、そういう事でしたら…頂きます!」
うん、素直で結構!
と思っていたら、里香ちゃんはチューハイのアルミ缶を不思議そうに眺めていたんだ。
開栓もせずにね。
「あれ…どうしたの、里香ちゃん?チューハイは苦手だったかな?ハイボールもビールもあるし、小さい紙パックだけど日本酒もあるよ…」
「いえ、そういう訳ではないのですが…恥ずかしながら、開け方が分からないものでして…」
浴衣姿の日本軍兵士は苦笑しながら、アルミ缶上部のステイオンタブを指差したんだ。
「あっ、そっか…」
私としても、これは迂闊だったよ。
そういえば昔の缶入り飲料は、今と構造が違っていて、プルタブを剥がすタイプだったんだよね。
「ほら、見て!ここを梃子の原理で押し上げたら良いんだよ!」
ここはとりあえず、私のスクリュードライバーの缶で、見本を示して見せてあげないとね。
それにしても、何気無い日常の動作を改めて説明するのは、何ともやりにくいんだよなあ…
「こ…こうですか?吹田千里准佐?」
ぎこちない見様見真似の手つきだけど、里香ちゃんも無事に開栓出来たね。
「うん、そう!それは缶から剥がさなくて大丈夫だから。」
ちゃんと伝わったみたいなので、私としてもホッと胸を撫で下ろしたよ。
「正直に申し上げますと、お酒を嗜んだ事は、今回が初めてという訳ではないのでして…」
缶チューハイの半分を一気にあおった里香ちゃんが、ベッドに腰掛けた私に向かって、そっとにじり寄ってくる。
「分かるよ、その飲みっぷり…結構イケる口なんでしょ?」
そうやって小さく上品に頷くと、まるで英里奈ちゃんみたいだね。
そっくりだけど、やっぱり里香ちゃんは、京花ちゃんじゃないんだよね…
「そして、あんまり大っぴらには言えない事情なんだね?話してみてよ、里香ちゃん。」
おセンチな気分に浸っていてもキリがないからね。
京花ちゃんを連れ戻すためにも、里香ちゃんとは友好的な関係性を築いておかないと。
「ここは里香ちゃんのいた時代から70年以上経った未来だから、『昔の話』として水に流せるし、そうやって仄めかしてくれるって事は、里香ちゃんが私達を信頼してくれた、何よりの証拠じゃない。そこまで私達を信じてくれる里香ちゃんの想いを、無下には出来ないよ!里香ちゃんの知っている人に、告げ口なんて絶対にしないよ。」
こうやって太鼓判を押す私だけど、修文4年との連絡手段は里香ちゃんの触れているスマホだけだから、告げ口したくても出来ないんだよね。




