第15章 「決行せよ、『時空漂流者救出作戦』!」
「肩の力を抜くのは貴官もですよ、園里香少尉。」
「えっ…!?」
ついさっきまでは英里奈ちゃんとふざけていたマリナちゃんが、急に澄ました微笑を浮かべて語りかけて来るんだもの、園里香少尉が戸惑うのも仕方ないかな。
「我々人類防衛機構が、所属隊員同士の友情を重んじております事は、一連のやり取りを御覧頂いた上で御承知かと存じ上げております。また、階級こそ存在すれ、それが厳密に意識されるのは、あくまで作戦遂行中に限っての事。それ以外の平時においては、同年代の『防人の乙女』は対等の言葉遣いを用いております。」
マリナちゃんの言葉を補足すると、同学年の将校同士や曹士同士の場合だったら、タメ口が黙認されているんだ。
いくら同学年でも、さすがに特命機動隊の曹士の子達と、佐官である私達の間には、階級の隔たりがかなりあるからね。
その証拠に、私や英里奈ちゃんと同じ御子柴高の1年A組の生徒でも、江坂分隊の北加賀屋住江一曹は、校内でも私達に敬語で接しているじゃない?
「その事は、私と生駒英里奈少佐の部下である吹田千里准佐を御覧頂きましたら一目瞭然かと…そうだろ、ちさ?」
立て板に水のマリナちゃんを見ながら、「随分な長口舌だな…」という具合に、呑気に感心していた私。
そんな所に、いきなり矛先が直撃したんだから、さっきの園少尉じゃないけど面食らっちゃったよ。
「えっ…?まあね、マリナちゃん!何しろ中1から始まる長い付き合いだし、同じ御子柴高に通う同級生だからね。英里奈ちゃんとの付き合いは、もう1年上乗せだけど!」
「はい、千里さん!」
もっとも、面食らっていたのは、ほんの一瞬。
マリナちゃんに応じながら軽快なステップで英里奈ちゃんに近づき、その次の瞬間には、応接室に軽やかなハイタッチの音を響かせるの。
この一連の流れは差し詰め、「ホップ、ステップ、ジャンプ。」ならぬ、「レスポンス、ステップ、ハイタッチ。」って所かな。
2年半の昏睡状態で遅れた中学校の勉強を、中3の春休みで帳尻を合わせた即応力、甘く見ないでよね。
「すると…皆様の事は、さん付けでお呼びしてもよろしいのでしょうか…?和歌浦マリナ少佐…いいえ、マリナさん!」
「まあね。何しろ、ドンパチの起きていない時まで鯱張っていても、堅苦しくてくたびれるだけだからね。年の近い者同士、普段はタメ口利いていた方が、色々と好都合なんだよ。」
一気に口調が砕けたね、マリナちゃんったら。
園少尉が空気の読める子で、本当に良かったよ。
これで園少尉が頑なに階級呼びにこだわっていたら、さすがのマリナちゃんとて、ここまで距離を詰めた言葉遣いを出来ていたのかな。
「うん、そういう事!長い付き合いになるか、それとも短い付き合いになるかは、何とも分からないけど…どうせなら楽しくやりたいよね、里香ちゃん!」
「こうして御一緒するのも何かの御縁…私の事は、気安く英里奈と御呼び下さい、里香さん…」
早くも園少尉の呼称を改めた私に、英里奈ちゃんが同調する。
少しだけ注意深く見てみると、幼いながらも気品ある英里奈ちゃんの美貌に、安堵の表情が色濃く浮かんでいるのを確認出来るね。
考えてみれば、園里香少尉の肉体年齢は17歳で、階級は少尉。
ところが、生まれた年は大正41年で、所属先は珪素戦争時代の日本軍。
オマケに戸籍の上では、私達の親友である京花ちゃんの、母方の曾祖母に該当するんだよ。
こうしたデリケートな来歴を棚上げして、友達同士のフランクな言葉遣いが許容されるんだから、英里奈ちゃんの気が緩むのも仕方ないよね。
「ありがとうございます!英里奈さん、千里さん!皆さんには色々と御迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします!」
私達3人が差し出した右手を、園少尉は力強く握り返してくれた。
こうなってくると、里香ちゃんもすっかり、私達の友達だね。
「あっ、あの…!せっかくですから天王寺上級曹長も、こちらで御一緒されませんか?」
良い閃きだね、英里奈ちゃん。
考えてみれば、天王寺ハルカ上級曹長の御先祖様は、里香ちゃんの上官。
里香ちゃんだって、顔見知りの肉親が御一緒の方が、落ち着くよね。
「えっ?!私ですか、生駒英里奈少佐?お若い少佐達の中に私が混ざるのは、バランスが悪いような…」
茶髪のポニーテールも鮮やかな上級曹長は、我が身を指差して躊躇したんだ。
まあ、御年27歳の天王寺上級曹長がこう言う気持ちも、分かるんだよね。
「何をおっしゃいますか、天王寺ハルカ上級曹長。大正生まれの私から見れば、天王寺上級曹長は孫のような物ですよ。」
なかなか言うようになったね、里香ちゃん。
こういうジョークが出てくるようなら、もう大丈夫だよ。
「そうおっしゃられたなら、仕方ありませんね…」
苦笑を浮かべながらも、ちゃんと手を重ねてくれるあたりは、さすがは防人の乙女だね。
よく出来た部下を持って、私としても上官冥利に尽きるよ。
『うん!これでどうやら、新旧の防人乙女の心が、見事1つになったみたいだね!これで今回の作戦は、9割9分成功したも同然だよ!』
スマホから聞こえてくる京花ちゃんの声もまた、実に満足そうだった。
私達のやり取りに水を差さず、それでいて一言も漏らさぬよう、耳を傾けてくれていたんだね。
『今回の作戦は…そうだね!題して、『時空漂流者救出作戦』って所かな?』
「おっ!いいね、京花ちゃん!特に『時空漂流者』って直球ストレートな所、私は好きだよ!」
京花ちゃんの提案した作戦名には、ワカバ荘時代の漫画家さんのSF漫画っぽい、レトロフューチャーさが全面に出ているから、私としては手放しで大賛成なんだよね。
応接室を見渡してみると、特に反対意見を持っている人もいなさそうだし、これが正式な作戦名になるんだろうな。
と思っていたら…
「悪くはない作戦名だが、随分と他人事な物言いだな。救出される漂流者の中には自分も含まれてるって事、ゆめゆめ忘れるなよ、お京。」
実にクールで鋭いエッジの立ったツッコミだね、マリナちゃん。
まるで、南極の氷を切り出して作ったカミソリみたいだよ。
『ちぇっ、せっかくノってたのになあ…』
水を差されて面白くないのも分かるけど、孤立無援でタイムスリップしちゃった立場なんだから、あんまり調子に乗るのも考え物だよ、京花ちゃん。




