第12章 「入れ違いのタイムスリップ」
園里香少尉からスマホを返却して貰うや否や、いそいそとメールの確認を始めるマリナちゃんと英里奈ちゃん。
ここだけ見ると、まるで彼氏が出来たばかりの民間人少女みたいだね。
私が通っている御子柴高1年A組にもいるんだよ、そういう子が。
合唱部の岸辺アヨミちゃんったら、県内の合唱大会で知り合った他校の男子部員とすっかり仲良くなっちゃって、スマホを触れる休み時間が待ちきれないんだよ。
まあ、他校生のボーイフレンドと次元の彼方に消えた戦友とでは、話のレベルが違うんだけどさ。
「えっ、お京…マジかよ、これ?」
「そ、そんな…京花さん…!」
マリナちゃんと英里奈ちゃんの少佐コンビは、自分の受験番号が張り出されていない事に気付いた受験生のような、愕然とした表情を浮かべていたんだ。
「ねえ…どうしたの、2人とも?」
「いかがなさいましたか!?和歌浦マリナ少佐、生駒英里奈少佐!」
身を乗り出して問いかける私に、天王寺ハルカ上級曹長が同調する。
「ああっ…千里さん、天王寺ハルカ上級曹長…」
「論より証拠だ…見てみろ、ちさ!」
マリナちゃんと英里奈ちゃんは阿吽の呼吸で、件のメールが表示されたスマホを私達に向けたんだ。
まるで、葵の御紋入りの印籠みたいにね。
-私、修文4年の珪素戦争真っ只中の時代にタイムスリップしちゃったみたい。
-天王寺ルナ大佐っていう日本軍の将校さんに保護されたんだけど、その将校さんったら私の事を、園里香少尉って人と勘違いしちゃってるんだ。
-前に話したかも知れないけど、園里香少尉っていうのは私の御先祖様だよ。
表示されたメールは、何とも衝撃的な内容だったよ。
「本当なのですね、京花さん…」
『あのさ、英里奈ちゃん…冗談やジョークだったら、さすがの私も、もっとマシなのを考えるって!』
いつもと何ら変わらない、明朗快活な京花ちゃんの笑い声。
それが、この想像を絶する事態が紛れもない現実である事を示していた。
『それで私、信太山の駐屯地に保護されたんだ。ところが、記憶障害の疑いがあるからって、精密検査もされちゃったんだよ。あれはホント、弱っちゃったよ。素っ裸にされるわ、旧式の注射器で採血はされるわ…まあ、遊撃服も個人兵装も返して貰ったから、別に良いんだけど…』
私達の曾祖父母の世代が少年少女だった、遥かな過去。
そんな遠い時代に飛ばされた京花ちゃんは、随分と饒舌だった。
-長々とスマホを使って、充電は大丈夫なのか。
-日本軍の人達に、不審な目で見られてはいないだろうか。
色々な心配事は沸いて出てくるけど、歴史の教科書でしか知らない過去に1人飛ばされた京花ちゃんの事を考えると、口を挟む気にはなれなかったんだ。
もはや再会も叶わぬかと諦めかけていた、愛した町に大切な人々。
その中に舞い戻る縁が現れたなら、こういう反応にもなるよね。
『ところでさ、マリナちゃん。どうして特命警務隊の応接室なんかにいるの?しかも、英里奈ちゃんと千里ちゃんも一緒にさ。まあ、マリナちゃんの事だから、不祥事じゃないって信じてるけど。』
元の時代との連絡が取れた安堵感からか、こちらの現況に気を回す余裕も生まれつつあるみたいだね、京花ちゃんったら。
「ああ、事情聴取に同席していたんだよ。聴取相手の名前を聞いて驚くな、お京!まさに、園里香少尉その人なんだよ!」
マリナちゃんが質問を終えるや、スマホの向こう側が沈黙したんだ。
初めは、時空を超越した通話が途切れてしまったのかと思って、心配になっちゃったよ。
しかし、それは単なる杞憂だったみたい。
『そっ…そんな事ってあるの、マリナちゃん!?』
暫しの沈黙の後に返ってきた京花ちゃんの声は、驚きと混乱とで、ひどく上ずっていたんだ。
「だから私は言ったんだよ、『驚くな』ってな。私も最初は驚いたよ。空間の裂け目みたいなのに飲み込まれたお京が、しばらくしたら宿院町の辺りで、日本兵の軍装姿で行き倒れになっていたんだから…」
こうしてマリナちゃんは、スマホの先にいるであろう京花ちゃんに向けて、事のあらましを簡潔に告げたんだ。
私達は最初のうち、園里香少尉を京花ちゃんと勘違いしていた事。
精密検査と尋問により、記憶障害を発症した京花ちゃんでも、悪の組織によって培養されたクローン兵士でもなく、正真正銘の園里香少尉だと判明した事。
園里香少尉は修文4年から来たようで、生体強化ナノマシンによる改造手術を未だ受けていない事。
元いた時代に送り返す手段が見つかるまで、園里香少尉の身柄は堺県第2支局で預かる事。
これらの諸々をね。




