第10章 「時空漂流者、枚方京花」
「それでは、今回の事情聴取を終了致します。園里香少尉、最後に何か質問はございますか?」
園里香少尉に質問を促す長堀つるみ上級大佐をよく見ると、左の蟀谷を軽く押さえているのに気づくだろうね。
今回の聴取内容を調書にまとめて上奏しなければならないんだけど、この込み入った聴取内容をどのようにまとめた物か、今から頭が痛いんだろうな。
「はっ、長堀つるみ上級大佐!それでは不肖、園里香少尉、恐れながら質問をさせて頂きたく存じます。上級大佐殿を始めとする人類防衛機構の皆様方が御使用の、その機械は何でありますか?ノート程度の厚みしかないようですが…」
園少尉の指差す先には、調書作成のために長堀上級大佐が持ち込んだタブレット端末があったんだ。
「ああ、成る程…園里香少尉、これはタブレットと言いまして、小型のコンピューター端末ですよ。指やタッチペン等で操作が出来て、データ作成だけではなく、コンピューター通信も可能なのですよ。」
長堀つるみ上級大佐の言い回しは、まるで異星人に地球文化を紹介するかのようだけど、それも無理もないよね。
何せ、園里香少尉はケイ素戦争時代の人だから。
あの当時のスーパーコンピューターって、私たちが今いる応接室を完全に占領してしまう程に大きかったんでしょ?
それでいて計算速度や処理能力は、スマホは勿論、一昔前のレトロゲーム機にも及ばないんだから、IT関係の進化の速さは目を見張る物があるよ。
「このような小型端末であるにも関わらず、記録映像まで再生出来るのでありますか…!しかも、ブラウン管ではないだなんて…!」
その電子機器の進化した姿を目の当たりにして、園少尉ったら驚きが隠せないんだね。
長堀つるみ上級大佐のタブレットに表示されている、第2支局の公式サイトにアップされた訓練風景の映像に釘付けになっちゃって。
「ああ…そうでしたね、園里香少尉。少尉のいらっしゃった時代では、まだ液晶は普及していませんでしたから…」
自分のタブレットを片付けたくとも片付けられないので、長堀つるみ上級大佐ったら、少し困った顔をされているね。
私なりに、少し助け船を出させて頂こうかな…?
「園里香少尉!こっちの端末にも、同じような機能はございますよ!」
遊撃服の内ポケットから取り出したスマホを高々と掲げて、このように私は叫んだんだ。
「それは本当でありますか、吹田千里准佐!」
思っていた通り、園少尉はガッツリと食い付いてくれたよ。
「しかし、これはまた…随分と小さい端末でありますね…ここまで小さくて、先程の端末にヒケを取らない機能を備えているのでありますか?」
「勿論ですよ、園里香少尉!これはスマートフォンと言って、携帯電話としての側面に重きを置いているので、さっきのタブレットよりもコンパクトなんです。」
こうして園少尉に現代文明を手取り足取り教えていると、不思議な優越感が沸いて来ちゃう。
過去の時代にタイムスリップした未来人の出てくるSF物や、現代日本から中世レベルの異世界に転移するファンタジー物の主人公達も、こんな気分なのかな?
もっとも、スマホもタブレット端末も私が発明した訳じゃないんだから、これが間違った優越感なのは重々承知なんだけど。
「無線機のような物でありますか…このように高性能な端末が民間用として普及しているとは…」
「まあ、厳密に申し上げますと、私が今お見せしているのは、軍用なんですけどね。民生品は多少スペックが劣りますけど、同じような機能は付いていますよ。」
私から借り受けたスマホを、園少尉が興味深そうに眺めていた、まさにその時だったよ。
私のスマホに驚くべき人物から着信が入ったのは。
「えっ…!京花ちゃん…?」
にわかには信じられなかった私は、数回瞬きを繰り返して目を擦ってみたんだけど、やっぱり見間違いじゃなかったんだ。
スマホの液晶画面に表示された着信先は、「京花ちゃん」になっていたの。
そう、未だその行方は杳として知れず、こちらから何度着信を入れてもメールを送信しても、音信不通のままだった、堺県第2支局配属の特命遊撃士、枚方京花少佐その人だったんだ。




