警察官への扉〜祖父の心〜
土曜日の朝、遅めの朝食を食べ終えてゆっくりコーヒーを飲んでいると、妻が「誰か来たみたい」と玄関へ見に行った。
「ちょっとええかなぁ!」と威勢の良いおじいさん。
「警視庁警察官になるための萬屋相談所はここかね?」
「若い奴らがそう言っとったでさ」
(よろず屋相談所 笑)思わぬ呼び名で妻は思わず吹き出した。
「はいはい。そうです」と答えた。
「孫が警視庁警察官目指しとるで、話聞いてもらえる?」
「はい。どうぞ」
家事もひと段落した所だったので家に招き入れた。
「突然こんなじいさんが来て申し訳ないな」
ぶっきらぼうな物言いだが、人の良さそうなおじいさんのようだ。
「川口清吉と申します。80才!」
静岡県在住。と自己紹介をした。
「お孫さんが警視庁警察官を目指されているのですか?」
「そうなんだ」
おじいさんは孫の話を始めた。
現在、私立大学法学部の2年生。
幼い頃から警察官に憧れて夢を持ち続けており、大学も法学部を選んだ。剣道は二段の腕前。
今は特に試験対策は行なってはいない。
「実は…。」
祖父が自身の話をし始めた。
「わしも若い頃、警視庁警察官を目指して受験したんだが、ダメだったんだ。親にもあきらめろと言われて泣く泣く断念した」
「自分も同じです」と言うと、
「お前さんもか!せがれが合格して
思いが遂げられたな。そうか、そうか」と 優しい笑顔でうなづいた。
「警視庁警察官に憧れる気持ちはなかなか薄れないものだ。自分の息子もなってくれんかと思ったが、子どもは親の思い通りにはならんもんだ」
「孫が自分から警察官になりたいと言った時、ものすごくうれしかった。だったら警視庁警察官になれ!じいちゃん応援するぞ!と張り切っているんだ」
「わしの生き甲斐になっとる」
孫よりも気持ちが強過ぎて、警察学校に心が飛んでしまったらしい。
「たくさんの老若男女の心が警察学校の周りには居て、ここの萬屋相談所が話題になっとった」
「息子が現役で合格して、警視庁警察官になりたい者や、合格させたい親の相談に乗ってくれて、背中を押してくれるんだと」
「話を聞いてもらって前向きになれたんだ。行って良かった」と口コミも上々だったよ。
それならワシも行ってみたいと、ここにきてしまったんだ。
思わず妻と顔を見合わせた。
「そんな事になっていたんですね。
驚きました」
「萬屋相談所…」ネーミングもつけられていたとは!
「張り切ってるのはいいんだが、これから孫を合格に導くにはどうやって援助して行けば良いのか教えて欲しい」
我が家が実行したプロジェクトを伝授した。
その中の言霊について、おじいさんは強い関心を示した。
「言霊というのは、言葉ひとつひとつに魂がこもっており、放った言葉通りに現実を引き寄せる力の事なんです」
「もっと勉強しないと受からないぞ」と言う否定的な言葉ではなく、
「お前なら合格できるよ!」とプラスの方向へと導く言葉掛けをして欲しいのです。
「あぁ それだ!」
「母親は孫に対していつも口うるさくてダメだ。否定的な言葉ばかり吐いとるわ」
「キャンキャンやかましくて、飼ってるチワワも一緒にキャンキャン吠えるからかなわんのだ」
「犬は飼い主に似るとは、よく言ったものだ」としみじみ言った。
余程うるさいのだろう…。
「おじいさんから率先して、プラスの言葉を使うようにしましょう」
「家族を良い方向へ巻き込むといいですよ」
「それから、来年3年生になったら夏頃から警視庁のインターンシップという職場体験が始まるので、是非参加させてあげて下さい」
「そんな良い事やってるのか。わしも体験したいぐらいだ」
相当な警視庁ファンのようである。
「良い方向へ行くような言葉掛けなら喜んで出来る。率先してやってみるわ」
「普段の生活も否定的な言葉は慎むようにする」
「はい。きっと良い事になりますよ」
「厚かましいんだが、もし孫が不安になった時は、また一緒に来てもいいかな?」
「もちろんですよ。いつでも来て下さいね」
「来て良かった。色々と丁寧にありがとうございました。失礼します」と来た時のぶっきらぼうさは無く、丁寧に頭を下げて帰って行った。
熱い緑茶を飲みながら、一息入れた。
「受験生本人だけじゃなくて、家族も同じように悩むんだよね。自分たちもそうだったよな」
「そうそう。心配しすぎて不整脈が出たわよ(笑)」
「よろず屋相談所ってネーミングにはびっくりしたね」
「うん。でも私たちの所に来れば、前を向けるって言ってくれてるって聞いてすごくうれしい」
これからも「心」たちが良い方向へと行けるように寄り添って行こうと
思った。
つづく。。。