聖獣と贄の娘
久しぶりに彼と彼の子孫たちがつくった村を遠見する。
村と言うには発展しすぎていた。
むしろ街だ。
交易も盛んにおこなわれているようだし、彼の子孫以外の人間も溢れていた。
「時間が経ったんだなぁ。」
と素直な感想が漏れる。
その時には人間が昔俺の兄弟の子孫たちを殺したことも許してしまっていた。
なんだか、俺はもう、狼として生活していたことさえ、忘れてしまいそうになっている。
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それからどのくらい経ったかも忘れた。
ただ、彼らの村だった街はたまに遠見した。
不思議なことに街になったかと思えば、また、村に戻ったりする。
人は不思議だ。
仲間意識があるのか無いのかさっぱりだ。
縄張りの範囲が曖昧で、そのせいで、仲間と思っているような集まり同志の人間が、殺し合っていた。
繁栄したり、衰退したり、ごく偶に、土地全ての人間が居なくなったりするが、何だかんだで、いつの間にか、また人間が住み着いている。
そんなこんなが続き、おれは眠くて仕方なくなった。
もう、おれに話をしてくれる奴もいないんだから、寝てしまおう。
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どのくらい寝たんだろう?
起きてみれば、森は俺の居る少しの範囲以外、昔と同じ、赤黒い森に戻っていた。
毒草が生え、瘴気があちこちから噴出している。
村はかろうじて残っていたが、彼の子孫がいるかは、もう分からなくなっていた。
なんで、起きたんだろうか?
見回してみると少女が一人いた。
「?」
疑問に思いながら、少女の方を向くと
「大神様。私を食べて、村の飢饉を救ってください。」
と言うではないか。
「??何を言っているんだ?大神とはなんだ?」
と答えると少女は首を傾げた。
「貴方はこの土地の大神様ではないのですか?」
と。
「この土地にずっと居はするが、大神とやらは知らんな?」
「え?」
少女は戸惑い、少し慌てる。
「私はあなたに使わされた贄です。貴方に食べてもらわないと困るのです。」
と。
「いや、私は肉は食べないし、食べる必要もないんだ。むしろ、腹を壊すから、帰って良いぞ?」
「そ、そんな、今戻ったら、私は村の人たちに・・・。」
と青褪めている。
どうやら、少女が村に戻っても居場所は無いようだ。
「飢饉がどうとか言っていたな?どうしたんだ?」
少女になるべく、優しく聞いてみたら
「農作物が全く育たないのです。それどころか、作ったもののほとんどが毒草になってしまい、私たちは食べ物がありません。」
と少女は答えた。
ああ、なるほど。
おれが、しばらく歩くこともせずに寝ていたから、浄化されていない土地が増えたんだな。
「時間はかかるが、それなら何とかなるだろう。」
そう言って、おれは久しぶりに立ちあがった。
驚くべきことに俺の体には苔が生えて蔓までまとわりついていた。
それどころか何本か樹さえ生えており、正直むずがゆくて仕方が無かった。
久しぶりに体でも洗うかと川に向かう。
少女は驚いて、おれの進行を止めた。
「だめです!川は毒が流れています!」
と。
「大丈夫だ。」
と少女の頭をぽんぽんと前足で軽く叩く。
少女はキョトンとした。
少女はおれを止めることはせず、ただ、ついてきた。
ぽちゃんと川の中に入ると川は清浄化され、淀みのない綺麗な水が流れ始める。
ガシガシと後ろ脚で苔やら蔓やらを落とそうとするが、上手くいかない。
気付いた少女がおれの体を洗い始めた。
周りの木やら石やらを使ってゴシゴシと。
「器用だな。ありがたい。」
というと
「いえ、こんな私にもできることがあるなんて、嬉しいです。」
少女は嬉しそうに笑った。
それからは、彼女と一緒に暮らし始めた。
彼女が森で見た色んなものや偶に村にも戻ってその近況を話す。
おれが、歩き回ったおかげで村の周りだけ瘴気が減り、生きるのに問題ない程度になってきたようだ。
村の人間は、未だに俺のことを畏れているようだが、それでも、悪い様にはしないようで、少女のことも邪険にはしない。
しばらく、穏やかな時間が過ぎて行った。