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かろりに会いに  作者: かろりんぺ
9/20

どしゃ降りのあの日

 家にいる時ほとんど口をきかない彼氏とは、あれからさらに話をしなくなった。あたしにとってはそっちのほうがよかった。なんだかゲームを通すことによって彼の本当の内面が見えた気がした。だから、彼と一緒にゲームをプレイしたことはある意味正解だったのかもしれない。嫌な気持ちは残ってるけど。

 ただ……。まだ彼と別れることを完全に決めきれずにいた。仕事もプライベートも自分一人では自信がなかった。自信をつけたかった。


 いつもより早めに出勤した。ドアの奥の休憩室ではすでにもうだれかがいるようだった。

「おはようございます」

 あたしは慎重にドアノブをひねり、ゆっくりドアを開けた。

「あ、おはよう」

 やっぱりそこにいたのは先輩女性だった。また早めに作業しているのかな?

 先輩女性は洗面台の前でなにかやっていた。メイクかな?

 でも違った。先輩は洗面台をスポンジでこすっていた。

「あ、あたしやります」

「え? あら、そう?」

 先輩女性からスポンジを受け取る。

 あたしは、そんなに汚れていないきれいな洗面台をこすった。

 口うるさい先輩だけど毎日こうやって誰よりも朝早くに出勤し、誰がやるとも決まっていない洗面台やそのほかのことをやっているんだ……。ずっとこの休憩室がきれいなのも先輩のおかげだったんだ……。

 今までの自分が嫌になる。毎日の生活に満足を得られず、きっとなにかのきっかけで充実というものが勝手にやってくるものと思っていた。自分を変えることをなしに。

 甘えだった。そう、甘え。

 あたしは自分の甘さを削り取るように洗面台をこすった。


 かろりはまだログインしていなかった。ふう~あぶないあぶない。

 バレットの町はすごい雨が降っていた。住宅の屋根からザーッと雨水が流れ落ち、地面ではじけ、町を霧状に包んでいる。

 なんでまたこんな天気なんだろ。

 あたしは道具屋で釣り装備セットと雨傘を買った。雨傘は大きな葉っぱ型にする。かわいいから。

 住宅地を歩く。窓はどこも閉まっていて中の様子が分からない。どうしよう。

 よし。行ってみよう。

 あたしは一軒の民家のドアをノックした。

「すみません」

 しばらくすると

「は~い」

 とふくよかなおばさんがドアを開けてくれた。

「なんですか?」

「あの~ですね、ちょっとお願い事がありまして」

 おばさんは優しい目で「どうぞ」とだけ言った。


「ありがとうございました」

 とおばさんにお礼を言う。お金も渡そうとしたけど断られた。「またいらっしゃい」とも言われた。親切な方だった。

 トラあなはすごい、こんなこともできるんだ。

 それからしばらくしてかろりがログインしてきた。あたしはほくそ笑んだ。

 『シーバレント』を釣る約束。でも、よりによってこんなひどい天気。

「こんな雨の中じゃ、なんか釣りしたくない。かろりは雨男ね」

「まあ、こんな日が逆に釣れるかもしれませんよ」

「うるさい」

 あれ? なんであたしこんなこと言っちゃったんだろう。


 小船を借りて意気込みたっぷりに釣りを開始したけど、結局1時間ちょっとしてもシーバレントどころか何一つ釣れなかった。

 あたしたちは崖にある空洞で休憩することにした。でも、空洞の中も外ほどじゃなかったけど雨がジャージャー流れ込んでいる。でも、海水は黄緑色できれいだった。

「もう。ひどい雨ね。この雨男」

 かろりと初めて会ったのもこれほどじゃなかったけど、雨の日。

「ほんとすみません」

 うつむき加減にかろりが言う。

 真に受けちゃった? もう~。かろりは。

「すぐ本気にするのね。まったく。冗談だって。釣り、いろいろありがとね」

 あたしは雨に濡れたクーラーボックスをチラッと見た。ちょっぴり緊張。

 なんか言いづらいな。どうしよう。ま、いっか。普通にさっと渡しちゃえばいい。

 あたしはクーラーボックスから包みを取り出す。

「はい。これ」

「え?」

「え? じゃないの。どうぞ」

 ぶっきらぼうに言っちゃった。あたしはかろりの顔を見れなくなった。どうしてだろう。


 バレットの民家でおばさんに台所を借りて、あたしはおにぎりをにぎった。いつかの旅の途中でかろりは具なしのおにぎりを食べていた。だから具なしにした。あたしはおにぎりが下手。ふっくらにぎれないし大きくなっちゃう。塩加減はどうかな?

 そんなあたしのおにぎりをかろりは喜んでくれるかな?

 民家の外から聞こえてくる雨の音がすごかった、どしゃ降りのあの日の思い出。


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