同じ想い
あたしの勤めるFeeling東支店に電話をかけ、到着したことを伝える。
あたしは今feeling本部の前に立って、その高いビルを眺めている。ビルのガラスに向いのビルが反射していた。スーツを着た女性が何人もビルの中に入っていく。
ふ~っと息を吐いて心構えをする。吐く息が白くなるかなと思ったけど、ほんの少しだけ曇った息だった。
吹き抜けの一階エントランスは広く、一本の長いエスカレーターが女性たちをゆっくりと上へと運んでく。
あたしはバッグから資料を取り出し確認する。
『feeling 会社説明会 10:00~ 〇〇ビル3階』
そのようなことが書かれていた。エスカレーターに乗る。
斜め上を見ると年齢はあたしと同じくらいの人が多かったけど、何人かはけっこう上のかたもいた。そして、みんなあたしより仕事ができそうだなと勝手に思ってしまう。
一本の長いエスカレーターは3階直通で、前の人が角を曲がっていくのであたしもその流れについていった。
観音開きの大きく重そうなドアは開いていて、照明がオレンジ色だった。中をのぞくととても広々とした段差状の大きなホールだった。
あたしは壇上から遠い場所に腰かけた。前のほうに座っている人のほうが多かった。
「それではこれより、feeling、会社説明会を行います」
壇上の女性が挨拶をすると、向かって右袖からスーツを着込んだ年配の女性が歩いてきた。あたしも面接で一度会ったことのある、代表取締役社長だった。大きな拍手が起こる。
「みなさん、今日はお寒い中ようこそお越しくださいました。今からみなさんに、わがfeelingグループの歴史、社風、そしてこれからの展望についてお話していきたいと思います」
もう一度拍手がおこった。
「え~では……」
それから1時間、社長のお話が続いた。初めは小さな商店街のお店からスタートしたこと。気軽に、それでいて気高く、気を使わせないをモットーとした3k(スリーケーと呼んでいた)を実践していくこと。今後は海外にも目を向けていきたいというお話だった。
社長の話し声は優しく、それでいて時に強く。しっかりとしたまなざしであたしたち社員に語りかけた。
そのあと懇親会と称した、雑談が別会場で行われた。近くを社長が通ったけど、あたしは声をかけられなかった。
説明会はきっかり3時間で終了した。
あたしはfeeling東支店に電話をかけ、説明会が終了したことを伝え、その日はそれだけで帰宅ということだった。
電車の中で、帰ったら何をしようかと思った。彼氏は今日も休みできっとトラあなをプレイしているはずだ。あたしも早くプレイしたかった。彼氏とではなく、かろりと。
電車が一段と速度を上げ体が揺れる。
15:00前には帰宅した。思った通り彼はいつものようにソファに寝そべりながらトラあなをプレイしていた。
あたしは寝室に行きスーツを脱いで鏡の前に座り、自分の顔を眺めた。
ファッションは好きだけど、あたしは今の仕事を本当に楽しんでいるのか。このまま自分の殻に閉じこもったまま、その穴は次第にふさがって自分は一生出られなくなってしまうのでは。どうすればいいの?
鏡に映る自分は何も言わず、暗い表情をしていた。
居間に戻ると彼氏が
「おう。おかえり。またお金集め手伝ってくれ」
と言われた。本当はかろりとしたかったけど、そんなことは言えないし、ゲームの世界にいれば少しは気がまぎれるかなとも思った。
「うん。わかった」
バレットの港町は今日も晴天で、カモメに似た鳥が「グギーッ、グギーッ」と鳴いていた。
フレンドリストをのぞいてみたけど、かろりはログインしていなかった。
「おし、じゃあまた昨日のフレンド呼ぶからさ」
ログインして10秒で、もうあたしはつまらなさを感じていた。
町から離れた岩場の密集地帯で今日も、敵の数が多く、そこまで強くなく、ゴールドを比較的多く持っている、『岩スライム』を倒す。カクテルのフレンドの一人が『岩スラ狩り』と得意そうに言っていた。
30分ほど敵を倒しているうちに、あたしはなにをやっているんだろうと思った。
「メロンさん、疲れた顔してるね」
そんなふうにカクテルに言われた。そんなつまんなさそうな顔すんなよ、と言いたいんだろう。なにがメロンさんよ。べつに『岩スラ狩り』が嫌なわけではない。お金を貯めることもこのゲームのがんばりどころでもあるし。でも、さっきからほとんど会話もないし、あたしがミスしたらみんなあきれた顔をしてるし。
「早く『旅の釣りざお』買わないと、どんどん他のプレイヤーに先こされちゃいますよ」
岩スライムにオノを振りかざしながらカクテルが言う。
あたしは無視し、たいしてダメージの通らないツメ攻撃をしながらフレンドリストを一瞬開く。
いた。
「こん」
頭の中であたしはすぐさま言った。そして立てつづけに言った。
「何してるの? あたしは今バレットにいるよ」
「こん。僕は今…………ササラの先の洞窟に……うわっ」
あたしは攻撃する手を止めた。
「え? 一人で洞窟進んでるの? 何やってるのよ。そこ……。すぐそっち行くから逃げてて」
「ドロンパに囲まれちゃいました」
「え。 えとね。アレいくら残ってる? あるでしょ? ゴールド。金貨」
なにやってるのよ、まったく。そこ危な……
「あ、はい。うわ~」
「金貨を遠くに投げて音を出せばそっちにドロンパ動くから。そのうちに逃げて」
はっと気づくと、カクテルや他のメンバーがあたしを見ていた。
「どうしたんですか?」
カクテルは不機嫌そうな顔だった。かまうもんか。
「すみません。パーティー抜けます」
だれかが何かを言う前に、あたしはパーティーを解除した。そして走った。ササラの先の洞窟に。
かろりの顔は泥だらけだった。周りをのろのろと大きなヤドカリが歩いている。
「バカだね。洞窟を一人で進もうなんて。声かけてくれればいいじゃない」
「そうなんですけどね。なんか声かけづらくて」
「なんで?」
「いや、他とパーティー組んでたから」
情けない恰好でかろりが言った。だからと言って一人で進むことないじゃない、だれかとパーティー組んでプレイすればいいじゃない、と思ったけど言えなかった。あたしもかろりと冒険したかったように、かろりもそう思ったのかな。
「……バカだね、まったく」
うれしかった。そして泥だらけのかろりの顔をあたしは忘れない。忘れたくない。