陸続きの冒険
今日は仕事が休み。昨日はかろりと遅くまで冒険した。
それでも結局7:00には起きる。薄緑色のカーテンから朝日が透けている。起きたのは目覚ましが鳴る直前の朝6:58。いつもそう。
彼氏はソファで毛布をかぶっていた。ベッドで寝ればいいのに。
カーテンは開けず、朝食の用意をする。その前にコーヒーっと。
寝起きの温かいコーヒーが食道を通って胃に流れる感じがはっきりわかる。人体模型の体に水を流し込んでその通り道を断面図で見るように。
わけわからん。
あたしは意外と明るい気分でいることに気づいた。最近こんなことが多くなった。でも、ソファで寝ている彼氏を見るとすぐにその気持ちが薄れていくことにも気づいた。
彼はいつ起きるのだろう。起こそうとしても起きないだろう。
だからあたしは一人で朝食をとることにした。きっと、起こしても機嫌が悪そうだし、起こさなかったとしても、なんで起こさなかったんだと不機嫌になるだろうし。
かろりはどうしているかな?
焼いた食パンにバターを塗るとザラザラと音がした。この音が好き。
あたしが朝食を食べ終えても彼はまだ寝ていた。なのであたしは買い物に出かけようと思った。
グレーのコートを着て、緑色のマフラーを巻く。長い黒髪をマフラーの外に出す。ゲーム内のメロンのように髪切ろうかな? 一瞬だけ思った。
日差しは出ていたものの、風が冷たかった。べつに買い物と言っても、足りない生活用品や食材ぐらいでとくにこれといって目的があったわけではないけど、隣の駅へでも行ってみようと思った。自転車で行けるけど電車に乗る。
休日の朝の電車は逆にそこまで混んではいなかった。家族連れやおばさんたちが多い気がする。あたしは電車のドアに寄りかかって外を眺めた。たくさんの住宅やマンションが見える。きっとこの日本のどこかにかろりが本当にいるんだと思うと不思議な気持ちになった。もしかしたら今、この電車に乗っているかもしれない。もしかしたらすれ違っているのかもしれない。本当に不思議だ。
駅に近づくにつれビルの看板や大きな建物が多くなる。何度も来ているけど少しだけ気持ちが引き締まる。そういえば友達とも最近会ってないなあ。
駅を出ると、まだ朝だったけどこれからにぎやかになるぞといった人出だった。駅前の正面広場では大きなクリスマスツリーが横倒しになっていて、その周りで作業員たちがなにやら話し込んでいる。
来月か、クリスマス。
そうだ、クリスマスプレゼントの下見でもしよう。彼氏への。
まだ、時間が早かったから駅ビルや大型デパートは閉まっていた。朝食は食べたし。喫茶店で時間をつぶそう。
あたしは駅前の喫茶店に入り、アイスコーヒーを注文した。席についてスマホを取り出す。周りもみんなスマホを開いてなにか見ていた。一人ひとりなにかしているし、あたしは気にせず閲覧する。
『トラあな情報局』
新しい情報がアップされていた。クリスマスイベントの告知だった。かわいらしいイラストとともに『聖なるトラあなクリスマス』とあった。
そんなイベントもあるんだぁ。
浮かんだのは彼氏ではなく、かろりだった。
あたしは頭を振った。
実際べつにかろりのことを好きなわけじゃない。ゲームの世界だし、一緒に冒険してて楽しいだけ。ただ、彼氏とはもうダメなんじゃないかとうすうす感じている。でも、もし彼氏と別れたら……。あたしは一人ぼっちになってしまう、そんなさみしさを味わう予感がする。
あたしはお会計を済ませ、プレゼント選びはやめて歩いて帰った。電車で3分の道のりを30分以上かけて歩いた。
食材と日用品を買って帰宅すると彼が起きていて、トラあなをしていた。台所にはカップラーメンの空き箱が置いてあった。買ってきた2つの牛丼の大盛のほうをあえて一人で食べた。無理して残さず食べた。
13:00を過ぎたころ彼はゲームをやめ、あたしに話しかけてきた。
「一緒にトラあなしようぜ。ゴールド貯めないといけなくてさ」
「うん。いいよ」
あたしは彼とゲームをすることになった。
彼はあたしがまだバレットに行ってないことを知って、ラーンの村から案内してくれた。
「やくそう買っとけよ」
そう言われ5個買った。
ササラ海岸の先に洞窟があった。
「あんまり音立てるなよ」
そう言われ、じめじめとしたぬかるんだ道をゆっくり歩いた。泥のかたまりがうようよしている。
「うわっ」
あたしは足を滑らせ、ズボンが泥水に濡れた。
「何やってんだよ。まったく」
ドロンパという敵が襲ってくる。
彼、『カクテル』は持っているオノでドロンパを倒していった。強かった。武器も見たことのないオノだったし、レベルもあたしより8も上だった。あたしの攻撃はほとんど効かなかった。
「ふう。う~ん、ま、いいや。回復役いないから自分でやくそう飲んどけよ」
弱いな。とでも言いたそうな顔だった。あたしは買ったやくそうを飲んだ。
バレットの港町に到着すると街中を見学する暇もなく彼に高台にある町長の家に連れていかれお話を進めた。
「旅の釣りざお買わないといけないんだよ。だから金貯めるの手伝って。人数足りないからさ」
あれよあれよで、あたしは冒険を楽しめなかった。そして
「今から俺のフレンド呼ぶからさ。俺ら付き合ってるってこと秘密な。最近知り合ったってことにしてよ」
そんなことを言われた。そして彼のフレンドもまた強かった。町の外で効率のよい敵を選び、たくさん湧いてくる場所へ行き
「さすがですね、カクテルさん」
「いやいや、ぷろりんさんも上手ですね」
などそんな会話で敵を倒していく。あたしは足手まとい。そして、全然楽しくなかった。
「こんです」
かろりの声だった。あたしはうれしくなった。
「さっきまで他の人のムーンフラワーを手伝ってました。メロンさんは何をしていますか?」
そんな無邪気なかろりの声にあたしはほっとした。でも、頭の中でのチャットとはいえ、彼がいる前でかろりと話すのがためらわれた。
「ごめん。今フレとレベル上げしてるの」
お金を集めてるとは言わなかった。ネタバレなっちゃうかもしれないから。そしてこれ以上かろりと会話したくなかった。作った明るさを保つことができそうになかった。
「先進めてて。また時間が合えば一緒にあそぼ」
「わかりました。またです」
元気なかろりの声が返ってきた。
本当はかろりと冒険したい。カクテルと冒険しても全然楽しくない。
今日の冒険は現実と陸続き。明るいあたしはどこにもいない。