実家
白と青の浴衣。そしてひねくれた帯。はだけた布団。
画面がゆっくりと右にスクロールしていき鎖骨と首筋が見えた。なおもスクロールしていく。長いまつ毛に丸い鼻。息を吸う、開いた口。
今度はその唇に向かって画面がスクロールしていく。さっきよりもさらにゆっくりとゆっくりと。あたしは上唇にしようか下唇にしようか考えている。そっと。そっと。
「朝だよ。なにやってるのよ」
声とともにまぶしさで目を開ける。母がカーテンを開け、あたしを見下ろしている。
「え。何時? 休みだっつーのに」
枕元のスマホを見ると6:24。いつもより30分も早い。
「ご飯すませなさい」
母が部屋を出て階段を降りていく音がする。
時々帰ってくることがあったからそんなにひさびさでもないんだけど毎回思う。何年も使っていた部屋は懐かしさ半分と新鮮さ半分で、そんなあたしも子供半分、大人半分といった気分にさせる。小学生のとき机の側面に黒のマジックで書いた犬の絵はそのままだったけど、部屋が狭くなったように感じた。
居間に降りると父はもう朝食を済ませたらしく、ワイシャツを着こんでいるところだった。子供のころからいつも父は早かった。
昨日母には彼とのことを簡単に話した。別れたから、台湾に行くまでしばらく寝泊まりさせてほしいと。台湾への転勤については今夜じっくり話そうと思う。
思ったよりというか、ほとんど彼との別れについては気にならなかった。むしろせいせいしている。それよりもあたしはかろりのことが気になった。一日たってみるとあたしはかろりに対してひどいことをしてしまったという思いが強くなっていたし、会いづらく感じた。
朝食を済ませ、あたしは近くの川の土手沿いを歩くことにした。
小型のタンカーがゆっくりと走り、航路あとに白い線を作っている。散歩をするおばさんとその犬からも白い息が見える。
「おはよ」
振り返るとそれは、知らない人同士が朝の挨拶をしているだけだった。今もどこかのタイミングでかろりから
「こん」
と聞こえてきたらなと思った。鉄塔を目印に歩く。
鉄塔近くの脇道を下り細い路地をひたすら歩くと商店街にやってくる。八百屋さんは開店の準備をしていたけど、他はまだほとんどシャッターが下りている。そのまま開かないお店もあるだろう。
時計屋さんのガラス越しにサンタの格好をした猿が太鼓を叩こうとしたまま止まっている。クリスマスはもう近い。
昼食は母と二人でとった。季節外れのそうめんだった。
「う~ん、でもさ別れてよかったんじゃない?」
母は麺をすすらずに食べた。
「うん。性格が合わなかったのかも。一緒にいてもいないような感じだったし」
「まあそれもあるかもしれないけど、あんた台湾行くんでしょ? ある意味ちょうどよかったじゃない」
「え? ある意味?」
「仕事に打ち込めるじゃないの。まあむこうでできたりしてね」
「何言ってるの」
そうめんをすすったつゆが頬にあたる。
そうかもしれない。これを機にかろりとも終わりにしたほうがいいのかもしれない。会って謝ったとしてもあたしはすぐに台湾に行かなければならない。お別れを言うのが辛い。だったらいっそのことこのまま。
でも結局その夜あたしはトラあなにログインした。カクテルと会うかもしれないけど無視すればいい。知らない人たちとパーティーを組む。一人でプレイしていたらかろりを待っているみたいだし。でも待っている、素直じゃないあたし。
かろりがログインした。心臓が高鳴った。謝りたい気持ちと、このまま何も言わずにお別れしたほうがいいという気持ち。あたしからは声をかけられなかった。
そしてかろりからも何も言ってこなかった。そんな日が3日つづいた。




