船の上と部屋
かろりの元気のなさそうな顔を見るのはつらい。カクテルも一緒に3人で船に乗り、次の新大陸へ向かった。かろりはずっとうつむき加減のまま。バレットの港がどんどん離れていく。
肘で小突かれた。カクテルが海を見つめたまま
「ほら」
と小声で言う。あたしは適当に話題をふった。
「その武器なんて名前?」
カクテルが背中のオノを取り出し自慢げにしている。
「お金貯めてさ、いいツメ買おうよ。メロンちゃん戦い方うまいし」
メロンちゃんって呼ばれたことが無性に腹が立った。かろりにも話題をふろう。
「かろりもいいステッキ買わないとね。頼むね、僧侶さん」
「はい」
かろりはボソッと答えただけだった。きっとあたしとカクテルが話してるのが嫌なのだろう。
カクテルがわざとらしい咳ばらいをした。
「でさ、この先の大陸にはなにがあるの?」
「それは言えないよ。楽しみが減っちゃうじゃん」
カクテルの話はいちいち腹が立つ。いつものように楽しいあたしたちの会話をしようよ、かろり。
「聞きたいよね? ね、かろり」
「いえ」
だめだ。かろりはすっかり元気をなくしちゃっている。このまま冒険を続けていてもなにも生まれない。どんどん悪くなる一方だ。あたしが不機嫌になったように見せかけて、新大陸に着いたらもう終わろう。
「なんなの?」
「いえ、べつに。今日はちょっと具合が悪いんです」
「そうなんだ。無理しないでね」
ごめんね、かろり。今度ちゃんと説明するから。
カクテルが色々あたしに話しかけてきた。かろりが何も言わず船内に閉じこもってしまった。
「なんだよあいつ。俺たちに嫉妬してんのか?」
「……船降りたら終わるから」
「何言ってるんだよ。俺たちの冒険は始まったばかりだろ。ほら、楽しそうにしろよ」
「できるわけないでしょ」
「ふ~ん」
カクテルが腰をあげた。
「かろりさ~ん、俺たち実はさ、付き合……」
あたしはカクテルの服をつかんだ。べつに全部言われてもかまわないとも思ったけど、ここでかろりに説明するには場所が悪いし、ややこしくなる。
「待って。わかったわよ。……。ははは、そうだよね~」
さっさと終わりたい。早く着かないかな。この広い海をかろりと一緒にお話しながら渡ったらきっと楽しかっただろうな。
「もうすぐ着くぞ。あそこに見えるのが『レンフィル大陸』だ」
とても長く感じた船の上だった。
カサカサとした樹々の葉の音と、船着き場へぶつかる海水の音が混ざる。船着き場の小屋にいた案内係の男性が
「この先を真っ直ぐ進むと『ブレメの村』があります」
と言った。
「ほら、行くぞ」
「やだ、行かない」
「かろりさ~ん」
カクテルが口の前で手を広げる恰好をした。かろりは口を閉じ、目も合わせてくれない。そうだよね、こんなんじゃ楽しくないよね。せめていつものように言おう。
「さ、出発」
明るく片手を上げた。かろりに見えるように、あたしたちのいつもの出発のように。
「あの……僕ちょっと具合が悪いんで今日は終わります。先進めちゃってください」
そんなかろりの顔を見ているとあたしも明るくふるまえなかった。
「そっか。ゆっくり休んでね」
かろりが下を向いたまま消えた。小石が転がっていた。
「めちゃくちゃ暗い野郎だな。あんなやつと冒険して楽しいの?」
「……ログアウトして。話あるから」
カクテルと目を合わせず言った。
「はいよ」
カクテルが消えた。すぐにカクテルとのフレンドを解消する。
もっと早く行動に移すべきだった。
森林だらけのレンフィル大陸。このあと待ち受ける冒険を、あたしはかろりとあとどのくらいできるのだろう。もしかしたらもうできないのかもしれない。
すべてはあたしのせい。
足を組んで彼はソファに座っていた。うっすら笑っているようにも見える。
「別れるから」
あたしはそれだけ言った。
「何言ってんだよ。たかがゲームじゃねえか。ゲームの中のやつを好きになったのか?」
「そんなんじゃない。あなたとはもう一緒にいたくない」
「勝手にしろよ。どうせまた戻ってくるんだろ」
そしてまたソファに寝ころんでトラあなをプレイしだした。
あたしはあらかじめ決めていたある程度の荷物をまとめキャリーバックに詰め込んだ。見納めになるようなものはここにはなにもない。
合鍵をテーブルに置き、あたしは振り返らず玄関のドアを閉めた。




