民宿トピー2
あたしは会社説明会を終え、帰って彼氏と一緒にトラあなをした。社長の話を考えたくなかった。でも、結果的には考えることになった。
あたしはもう彼のことが好きではないことがわかった。我慢できていた彼の嫌な部分に耐えられなくなってきた。そして彼といても思い出すのはかろりのこと。
だからといってあたしはかろりのことが好きなのかと言われたらそれもわからない。現実の世界で実際にかろりに会ったわけでもないし、あたしはかろりに安心感をもらっているだけなのかもしれない。
「ねえ、かろり」
浴槽の壁一枚を隔てて、あたしの頭とかろりの頭が隣り合わせになっている気がする。
「もしさ、あたしがかろりの働いているハンバーガーショップに行ったらさ、かろり、あたしってわかるかな?」
かろりに会ってみたい。
「もしさ、もしだよ。あたしだなと思ったらフィレオフィッシュのタルタルソース多めに入れてね」
「わかりました。で、もし当てたらどうするんですか?」
どうするんだろ? 聞いときながら言われて気づく。
「え? 知らない。へへ」
かろりがあたしだと分かったら、あたしはどうするんだろ?
でも、そんなことはきっとないだろう。あたしは今日の朝本社に電話をかけ、社長に言ったのだから。
「この前のお話、台湾支社、行ってみようと思います」
それから社長は、急な提案を受け入れてくれたことに感謝をしつつ、できればすぐにでも行って現地調査をしてほしいこと、むこうでの住む場所や引っ越し代については問題ないことあたしに伝えた。
あたしのほうは、できれば日本でクリスマスを過ごしたいことを伝えると
「うん。ありがと。楽しんで」
と社長が答えた。
だから、あと少しだけ一緒にトラあなしようね、かろり。
ごめんね、あたしのわがままで。
民宿トピーの夕食は初めて食べるものも多く、とくに香り筍ご飯が美味しかった。シーバレントのお話をポゴフさんに聞いて、あたしはトピーさんが敷いてくれた布団に横になった。かろりの浴衣姿はヘンテコでかろりらしいなと思った。
かろりはそのまま布団にうつ伏せになった。なにを考えているのかな? 民宿に男女が二人。少しだけドキドキした。あたしはなにを期待してるんだろ、まったく。
「シーバレントってどんな魚なんでしょうね。見てみたい」
かろりがそんなことを言うもんだからあたしは笑ってしまった。
そしてちょっとだけさみしかった。かろりは純粋にゲームを楽しんでいるんだなって。あたしはゲーム内の友達なんだよね。
「じゃあ電気消すね。あ、5分ね。寝る時間。おやすみ」
「わかりました。おやすみです」
あたしは枕元の小さな電気スタンドを消した。時間を3分に設定して。
目を覚ます。あたしは寝たままゆっくりとかろりのほうを向いた。布団の音がしちゃった。
かろりは天井に顔を向け、口を開けながら眠っていた。どんな夢をみているんだろう?
もっと近くで見てみたい。
あたしは布団を抜け出しかろりに近づいた。無邪気な寝顔があたしを切なくさせる。もうすぐ会えなくなる……。
かろりの寝顔に吸い込まれるように、あたしの顔が勝手に近づいていく。
かろりの口から寝息が聞こえる。まつ毛が意外と長い。丸い鼻をちょん、とつついてみた。
あたしはかろりの開いた口にゆっくりと唇を近づけた。かろりの顔の熱があたしの顔に伝わるところまで。でも、あたしは止まった。
できなかった。
あたしは布団に戻り、かろりに背を向け横になった。
かろりが起き出す音がする。また泣きたくなった。
朝早くに民宿トピーを出発した。とても天気の良い日だった。
それからシーバレントのいる秘密の場所へ行き、町長のたくらみによりポゴフさんが赤い人魚に変身し、かろりが民宿トピーから持ってきた歯ブラシで戦闘が終わった。
海の彼方へ消えていくシーバレントのポゴフさんとトピーさん。そんな二人にあたしもなりたいなと思った。




