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かろりに会いに  作者: かろりんぺ
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トラあな

 そう。11月のことだった。

 その時期はもう嫌なことであふれていた。

 会社では上司にさんざん叱られる毎日だった。そのことを彼氏に相談すると

「お前にもダメなとこあるじゃん」

 と言われるだけだった。べつにそんな彼氏もひどいわけではない。気を紛らわそうと、あたしの好きなメロンのケーキを買ってきては、時間の合わない二人の部屋の丸いオレンジのテーブルに置いてくれた。書置きやメモなんかはなかったけどうれしかった。彼なりの労い方だった。

 もう3年。

 

 あたしが早番の仕事を終え帰宅すると、いつもはあたしより帰宅の遅い彼がいたのでなにかあったのかなとは思った。めったにあることではないけど、たまにはあることだったし。そんなこともあるぐらいで。

 その日もそんなことかと思っただけだった。彼は「ただいま」と言ったあたしに「おう」と言ってなにやらスマホを持ってなにかをしていた。

 あたしは彼との夕食状況をroinで確認済みだったから、夕食は作らずにお風呂に入ろうとした。でも、いつもこんなときは彼がお風呂の準備をしてくれているのに、今日はお風呂の浴槽が空だった。

 あたしはお風呂にお湯を貯めるためコックをひねり、また居間に戻った。彼は居間のソファに座って目を閉じていた。

「ねえ、なんでお風呂入れといてくれなかったの?」

 言っても

「それどころじゃねえから」

 そんな反応が返ってきた。あたしは彼の隣に座り、お湯が貯まるまでテレビ画面を見ていた。ニュースなんか頭に入らなかった。


 湯船に浸かりながら今日の出来事を考える。仕事では上司に「お前は愛想がない」と言われた。それは自分でもよくわかっている。控えめが売りのあたしの働いているお店『feeling』。

 でも、それはそれでお客様を見極め、声をかけるように言われていた。執拗に商品をアピールはしないが、お客様に合いそうな品、色、ときには他の商品はどうかと勧めたり。

 だけど、あたしはこのお店で働いてから7か月、自分は向いていないのではと思っている。あたしは友達とショッピングに出かけると「似合ってない」とか平気で言うし、言われてもそれが心地よかった。仕事と割り切ることができなかった。

 一緒に使っているシャンプーが空だった。最近どんどんこんなことが増えている。

 付き合って同棲し始めたのはいつだったか。同棲し1年。マメだと思っていた彼は、だんだんと同棲生活を通し違いというか、それが彼なのだろう。

 そりゃあ、あたしも化粧品は鏡の前に乱雑に置いているし、新鮮だった、彼の衣服、パンツを洗うのも今ではめんどくさいし。

 お互い慣れたのもあるけど、それと同時に嫌なところが見え始めた。彼とはもう焼き肉屋には行ってない。がさつに見えた彼は結構細かいところがあって、いや、あたしががさつなのかな。まあいいや。

 今日だって、帰ったらこれだもん。あたしも仕事の愚痴を聞いてほしい時もある。てか、最近のあたしの愚痴の多さに嫌気がさしてるんだろうなとは思う。でも、聞いてよ。

 お風呂から上がっても彼はスマホの前で目を閉じていた。ドライヤーの音を立てても彼は見向きもしなかった。


 20時過ぎにようやく彼は目を開けた。

「すごいぞ、これ」

 と言ってスマホをあたしに見せる。

「おまえもやってみな。『トラあな』ってアプリ。一回やってみな。俺、風呂入ってくる。風呂入れてるだろ?」

 勝手に言って勝手にお風呂に行った。部屋に取り残された気分になった。脱衣所から彼が服を脱いでいるであろう音がする。

 あたしはスマホでゲームを検索した。『travelers』シリーズは知っている。ただ、中学の時兄がプレイしていたテレビゲームをやったことがあるだけで、それから何年も経っている。お風呂場からは物音が聞こえなくなった。ドアを閉め、浸かっているのだろう。

 あたしは右手のマイクロチップをスマホにかざした。


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