聖夜を共に過ごす恋人にもいろんな事情があるものです
メリークリスマス!
今作は聖夜を過ごす恋人をそれぞれの視点から書いてみました。
是非楽しんで下さい。
しんしんと雪の降る夜。
それでも街は暗くなることはなく、むしろ眩しいぐらいに輝いている。
道を見てみれば手を繋いだ男女、男女、男女......
そして街から少し離れたアパートでもまた、1組の高校生男女が四角いローテーブルを挟んで向かいあっていた。
◇◆◇彼氏サイド◇◆◇
「メリークリスマス、あや」
「メリークリスマス、ともくん」
今日はあやと付き合い始めて2回目のクリスマスだ。
高級ホテルとか雰囲気のある隠れスポットとかは用意できなかったけど、あやはそれでもいいと言ってくれた。
やはり僕にはもったいない――いや、まったく釣り合わない彼女だと思う。
「ともくん、今年はホワイトクリスマスになったね。今日のケーキとってもおいしいよ」
「そう? 頑張ってバイトした甲斐があったよ」
言葉にできないほどの美形。顔も体も年齢的にまだ子供と大人の狭間にいるが、小さいころも、そしてこれからも可愛く美しいのだろうと一目見てわかる。
「なぁに? 人の顔じろじろ見て...」
「いや、何でもないよ。それよりごめんねこんな汚い場所で...」
「だから大丈夫だって。それよりシャンメリー開けるよ?」
加えて女の鑑のような性格も持っている。女子力も高く、可愛い面がある一方で母親のような包容力や優しさも兼ね備えている。恋愛に対してもがっつき過ぎず、慎重過ぎない。
「ねぇ、さっきからぼーっとしてどうしたの?」
「いいや何でもないよ」
「本当に~?」
「本当だって。あやと付き合えて幸せだなって考えてたんだよ」
「.........そう。じゃあ食べよう? はい、あ~ん」
これほどの女子を僕は未だ見たことも聞いたこともない。
何故こんな僕なんかと付き合ってくれているのか、毎日3回は疑問に思っている。
今までも何回か聞いてはいるが、どの時も「全部が好きだから」とはぐらかされてしまっている。
「ふふっ! 可愛いよともくん」
「じゃあお返しあげる。はい、あーん」
「あーんっ! んー、おいひい!」
自分で言うのも悲しいが、僕はどの年代から見てもブスの分類に入るだろう。もしくはモブだ。
そんな僕の全部を好きだなんておかしい。僕とあやが付き合っていると学校にバレた時は1ヶ月ぐらいみんな嘘だと思ったぐらい不釣り合いなんだ。
「そうだあや、渡したい物がある」
「なに? クリスマスプレゼント?」
「そうだよ。臨時収入が入ったからね」
おそらくあやには何かあるんだろう。こんな僕と付き合わないといけない理由が。
その理由はまったく思いつかないけど、でも僕はもうこのままでいいと思っている。
「あ! これ私が欲しいって言ったペンダントじゃん! ありがとう! とっても嬉しい!!」
たとえこの恋愛が偽りだとしても、あやが僕のことを愛していなくても、僕はこの幸せな時間が許される限りあやのことを愛し続ける。片思いでもいいから僕はあやを支え続けたい。それが僕の想い。
「あや」
「ん?」
「大好き、愛してる」
◇◆◇彼女サイド◇◆◇
「メリークリスマス、あや」
「メリークリスマス、ともくん」
今日は聖夜だが、私の目の前にはお世辞にもイケメンとは言えない男子高校生が座っている。私の彼氏、山内友樹――一応会話上ではともくんという名称で呼んでいる人だ。
この人は別に頭が良い訳でもないし、運動ができる訳でもない。
じゃあ何故私はこの人と付き合っているのか。
それは1年と少し前の秋に遡る。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「アヤ! 勝負しよう!」
「また~? マヤは本当に勝負好きだね~」
私には双子の妹がいる。
名前は真矢、高校もクラスも同じ子万守高校、1年B組。
学力も、運動能力も、得意なことも、嫌いな食べ物も、何もかも同じ。あ、見分けがつくように髪型は違うけど。
性格も似ているが、どっちかって言うと妹のマヤの方が少し積極的だとおもう。
そんな感じの関係だから私達姉妹はよく2人で勝負をしている。
能力的なものでも、運の要素のものでも色々と勝負してきたが、勝っては負けて、負けては勝って。互いに互角の勝敗数である。
そして今日もマヤが勝負を仕掛けてきた。
「それで? 今日は何をするの?」
「私達、できる勝負はほとんどやったと思わない?」
「まぁ、確かに。最近ではどこから探してきたか、私が聞いたこともない勝負事まで持ってくるからね」
一昨日なんてムルゲ・キラライなんて勝負持って来て、屋外でやるゲームだったから周りの人の「何してんだこいつら」って目が辛かった。まぁ私が勝ったけど。
「でしょ? だから今回の勝負は長期戦にしようかと思って...」
「長期戦?」
昔もそろそろ長期戦がやりたいと誘われて、どっちが先にお小遣いを1万円集められるかを勝負にした記憶がある。
その時は家族から近所さん達まで巻き込んで、あと一歩のところで私が負けたっけ。
「そう! 今回の勝負は『長期恋愛』よ!」
「............はい?」
「だから、この時期から付き合い始めて、どっちの方が長い間彼氏と付き合ってられるかの勝負よ!」
「............」
確かに私もマヤも恋人はいないけど、好きな人はいる。
私達は趣味趣向が同じだから、2人の好きな人まで同じで佐藤君を好きだ。その事はマヤも知っているハズなのだけど......。
「......帰ってから詳しく聞いて決めよう?」
「おーけぇ!」
*
我が家、私とマヤの部屋のなか。
同じ物が好きなだけあって、2人の部屋なのに部屋の中の模様はバラバラになっておらず、ぬいぐるみやキーホルダーはペアの物が多い。
ただ初めてこの部屋に入った人が最も目を惹くのは可愛らしい部屋に似合わない、たくさんのテレビゲームやボードゲームだろう。これだけでどれだけの数の勝負をしてきたかがよくわかる。
それらに囲われた部屋のベッドの上、2人は向かい合っていた。
「それで? どういうつもり?」
「え?」
「『え?』じゃないよ! 同じ人が好きなのにどうやってそんな勝負するのよ!」
「フフフ、そこはちゃんと考えたよ! テレテテッテテー [学級男子人気順位学年女子調査(マヤ調べ)ノート]!!」
国民的タヌキアニメの道具を出す時の音と共に、本当にどこから出したかマヤの手には一冊のノートが握られていた。
「この[学級男子人気順位学年女子調査(マヤ調べ)ノート]はその名の通り、1年B組の男子の人気度を学年の女子という女子にとったアンケートをまとめたノートなのだ!」
学年の女子というとだいたい80人位はいるはず......。よく皆に聞いて回ろうと思ったね。
マヤの勝負事にはとことんこだわる性格は今も昔も変わってない。
「アンケートで『好き』と言われた男子は+1ポイント、『嫌い』と言われた男子は-1ポイント、『興味ない』と言われた男子は±0ポイントの計算でひたすら女子に聞いて回ってポイントが高い方から順位が振られていまーす!」
「なるほど。つまり順位が高い方が学年の人気が高いわけよね。でも、それとこの勝負に何の関係が?」
「この勝負では、付き合う相手と別れたとしても、その相手の順位×1ヶ月をプラスすることができるの!」
うーん......人気順位10位の男子と付き合えば、たとえ2ヶ月で別れてもそこに10ヶ月をプラスして12ヶ月付き合ったことになるってことだろうか?
「そして、私達の好きな佐藤君は人気順位第2位! だけど付き合えた方は念願の夢が叶ったってことで、マイナス2ヶ月のハンデを設けまーす」
なるほど、これなら少しはフェアになるかも。
「期限は明日から1週間! それまでに恋人がいなかったら、相手の不戦勝ってこととする! どう? わかった?」
「なるほど、おおまかなルールはわかったけど......でも本当は別れているのに付き合っているって嘘をつくかもよ?」
「それは......うーん...」
どうやらそこら辺は考えてなかったらしい。
それに、もし私達の内どっちかが佐藤君と付き合えたとして、もう片方はそれを許せるのだろうか。
それがあるから今まで恋人を作らないで来たのだが......何でいきなりこんな勝負を?
「そうだ! それは何か証明できるものを1ヶ月に一回相手に見せるってことでどう? 写真でも手紙でも、相手を連れて来てもいいけど」
「......そうだね。じゃあとりあえず2人とも佐藤君狙いでいって、失敗したら別の人に切り替えってことでいい?」
「あー、うん。それでいいよ」
「......念のためそのノート見せて」
「[学級男子人気順位学年女子調査(マヤ調べ)ノート]? いいよ! あ、でもここにある情報はくれぐれも他言無用で」
中を見てみると順位の若い方から、1人につき2ページを使って色々な情報が載っていた。
その男子の写真を始めに、前回の身体測定の結果から過去にあった特出すべきことまで事細かに書かれている。特に私も知らなかった誰と付き合っているという情報まであるのはどうやって知ったのやら。少し恐い...。
それと、女子に採ったアンケートの割合円グラフもかかれており、何故それを選んだのかというおおまかな理由まであった。
とりあえず佐藤君のページを開いてみよう。
女子のアンケートの割合は赤色の『好き』が8割、青色の『嫌い』が2割、グレーの『興味ない』がほんの少しって感じだ。
好きの理由がほぼ <イケメン> か <文武両道の天才だから> という理由だけど、嫌いの理由が <モテるから> と書いてある。嫉妬かな。
今の内に保険の第2候補を選んでおこう。
あまり高望みせず、むしろ特典の方を気にしよう。できれば半年以上はプラスしたい。
私のクラスの男子は不登校の子をいれて18人。一番後ろからペラペラと女子からの割合を中心に見ていく。
「ん?」
そこではたと手の動きが止まった。
その人の順位は10位、+10ヶ月なら期間的には申し分ない。ただ、そこで止まった理由は女子の割合の珍しさ故にだ。
赤が1割、グレーが9割、そして青がまったく入っていない。他のページを見てみても青色がない人はいない。
再び戻って詳しく読むと、『好き』の理由は <優しい> だったり、<気配りができる> だったり。これだけなら誠実そうなのがわかる。
「ん? その人が気になるの? 確かに『嫌い』がいないのは凄いと思うけど、みんな一様に『誰それ』って言ってたよ? まぁ、逆に知ってる人は皆『いい人』とは言ってたケド」
第2候補はこの人がいいかもしれない。
『興味ない』は多いけど、関わった人はみんなこの人に好感を持っているんでしょ?
それなら顔はともかく、性格は他に比べて少しはマシだと思うから、変な奴はより長続きできるはず。
名前は...山内友樹か。
*
次の日の昼休み、お母さんの作ったお弁当を食べ終えた私は、図書室で借りた本を返しに廊下を歩いていた。
割と手先は器用な方だと自覚しているが、料理だけはどうしても苦手。
これは何故か私は出来ないのにマヤはできるという違いが生まれている。生まれてしまっている。
マヤができるなら私にもできると頑張った時期もあったが、結局期待通りにはいかなかった。
さすがにお塩とお砂糖を間違えることはないけど、量の問題か自分で作った料理が美味しくなった試しがない。
大体、レシピがおかしいのだ。{ひとつまみ}と{少々}の違いって何? それじゃ無かったら{適量}って。これもう料理出来ない人を突き放してると思わない?
そんな感じだから料理はすべてお母さんに任せてる。
でも逆に本は私が好きだけどマヤはそこまでじゃない。
昔、私が本の良さについてマヤに説いた。
『一旦現実から離れて、まるで自分がその体験をしているみたいだから』『現実じゃ出来ないことも本に入り込むことで、体験をした気分になれるから』って感じで熱弁したものの、その良さはマヤには伝わらなかった。
今回の本もよかった。特に最後主人公が周りからの自分の評価を下げてまでヒロインを守ったところ。
『お前に好かれてればそれでいい』なんて、格好よかったなぁ!
そんなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたら一組の男女が少し離れたところで会話していた。
私は咄嗟に角の裏に戻った。どうやらお陰できづかれてはないみたい。
少しだけ顔を出して覗くと男子の方は例の佐藤君のようで、女子は......マヤ!?
もしかしてもうアタックしてるの!?
私はいけないと思いつつも気になってしまい耳をすます。
「――というわけで、佐藤君には私が今日告白したことにしてくれない?」
「全然いいよ。でも、もう付き合って2週間経つんだからそろそろ下の名前で呼んで欲しいな」
「......え、えっとじゃあ2人きりの時だけなら...」
「可愛いね、マヤは」
「こんなところでキスは止め――...んっ......ぁ......ん//」
...私の目からは自然と涙がでてきていた。
マヤに佐藤君をとられた事じゃない。いや、それもあるのだろうけど、勇気のない私が勇気を出したマヤに恨むのはお門違いってやつだろう。
それよりもあの勝負事になれば真剣で不正を許さないあのマヤが、私への申し訳なさを勝負を使って誤魔化すなんて...!!
普通に言ってくれれば単純に祝福してた。それなのに、それなのに!!
結局私も勝負事に対する熱が強かったのだろう。私は静かにそこから立ち去った。
*
子万守高校自慢の約10万冊の蔵書を誇る大図書室。古い有名なものから最近流行りのライトノベルまで、図書委員会を中心に生徒が読みたいと思う本をどんどん加入する図書室。この為に入学する本好きの生徒は多い。
それだけでなく、多種多様な本が置いてあることで、ここから生み出された小説家も多く、中には大ベストセラーを何冊も書いた小説家まで本校卒業生である。それに憧れて入る生徒もこれまた少なくない。
今も勉強する人や本を探している人などで静かながらも決して少なくない数の生徒がここで賑わいを見せている。
「これ返します」
私は手慣れた手つきで借りていた本をカウンターへ差し出す。
座って本を呼んでいた相手は本を閉じるとこっちを見ることなく、これまた手慣れた手つきで返済手続きをすませる。
普段なら愛想がないと少し不満に思うが、今回は逆に助かった。涙の跡がついていそうで不安だったのだ。
ならば最初から来なければいいと? 私もそう思う。
ただぼーっとしながら廊下を歩いていたらいつのまにか図書室の扉を開けていたのだ。開けてしまい、その上本を持っているのだからここで帰るのはおかしいと、しょうがなく入ったのだ。
とりあえずさっきまで借りていた本を返却棚にいれ――ここにはこの返却棚に入れておけば図書委員が元の位置に戻してくれるという制度がある――次の本を探しにいく。
次は何を読もう。今は恋愛ものを読む気分にはなれない。冒険ファンタジーものでも読もうかな、それとも推理小説にしようか。
悩みながら室内をうろうろしているとある1冊の本が目に入った。
前に一度ハマって読んでいた人外ファンタジーのシリーズものの最新巻だ。
このシリーズは作者の表現力が高く、小説の書き方も私にぴったりはまったため、今までの本と比べても高い順位にランクインするぐらい好きだ。
早速それを手に取ろうとしたら誰かの手とあたってしまった。
「「あっ...」」
んなベタな!!
すぐに引っ込めたため一瞬しか見えなかったが、どう見ても男子の手だった。
まるで少女マンガみたいな展開に少しドキドキしながらとりあえず謝る。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ...」
振り返るとそこにはどこかで見たことのある男子がいた。
誰だっけ? 見たことある気がするなら同学年の可能性が高い。
「貴女もこれが好きなんですか?」
「え、ええまぁ」
どうやら相手の方は私のことを知っているようだ。ただこちらはまったく思いだせない。
出会い方が出会い方なだけにここで名前を聞くのは失礼な気がする。
しょうがない、この本は諦めて早々にここを立ち去るとしよう。もう一度会釈してここから立ち去ろうとしたら彼に呼び止められた。
「......大丈夫ですか?」
「えぇ、次に見かけた時に借りるので――」
「いえ、そっちではなく...」
「?」
なんだろう。ナンパかな。顔は良いとは言えないけど。
「その...もし時間があるなら僕の家に来ませんか?」
「イ...エ...?」
イエってなに? イエってあの人が住む家?
――!? ほ、ほほホントにナンパだった! しかもいきなりお家にお誘い!
自慢じゃないがナンパは何回か受けたことがある。その時はマヤと一緒に受け流したが―
「す、すす、すみません!! そういうのはもっとお近づきになってからと考えてまして!!」
――今回はさっきのショックと生々しいのを見たばかりだからなのか動揺してしまった。
こんなこと言ったもんだから周りから注目されてしまった。
でもこれで相手もちゃんと諦めてくれただろうか。こんなこと言われたら誘った方は居たたまれないだろうだけど。
「え!? い、いやそうじゃなくて......その、貴女が泣いていたように見えたから、人のいないところで話を聞こうかと思って。きっと話したら少しは楽になると思いますよ。もちろん貴女の意思は尊重したうえで、ですが...」
「.........」
居たたまれなくなったのは私の方だった。
*
古いアパートについた。
あの状況では断りづらく、結局この男子の家に来てしまったのだ。
彼に続きボロボロに錆びた階段をよけ、一番奥の部屋の前まできた。一階の一番端が彼の家らしい。
表札には山内とかかれている。
...そうかこの人が山内君、山内友樹君か。
中に入るとこのアパートはワンルームだった。
私達の部屋とは違い質素な感じで、必要最低限の家具だけが置いてあるだけだった。ローテーブル、布団、テレビ、タンス、本棚、パソコン。
唯一自分の趣味だろうと思えるのは本棚2つにわたる、綺麗に整頓された沢山の本だ。
それでも男子にしては――勝手な偏見ではあるが――部屋の中は汚くなく、急な客人にも問題ないぐらい片付いていた。
2人はローテーブルを挟んで座った。
「もしかして一人暮らしですか?」
「はい。でもまぁ家族とは1時間半もあれば会えますけどね」
彼はコポポ...とさっき冷蔵庫からだした麦茶を2つのコップに注ぎながら答える。
その内片方を私に差し出した。
「ありがとう。でも凄いとおもいますよ。私なんてまだお母さんにお弁当作って貰ってて...」
部屋の中を見るに包丁やらまな板やら、調理器具が一通り揃っているところを見ると料理も自分でしているのだろう。私の中で彼の評価が1ランク上がった。
「別に恥ずかしいことないと思いますよ。高校生はみんなそんなものです。僕は親に無理を言ってこの高校に入って、さすがに遠かったので、また無理言ってこのアパートを借りさせてもらって。無理言い過ぎて仕送りはちょっとしか来ないのでしょうがなく自分でやってるだけです」
お金に余裕があったらきっとコンビニ弁当ばっかだと思いますよ。と彼はつけたした。
「そこまでして子万守高校に来た理由って何ですか?」
「一応これでも小説家を目指してるんです」
「そうなんですか? その...あなたが書いた小説ってあります? ほら、練習で書いたものでもいいので」
「...............」
すると彼は黙ってしまった。
もしかして触れて欲しくなかったことだったのかな?
すぐに撤回しようと口を開けたら先に彼が喋った。
「......誰にも言わないと約束してくれますか?」
「は、はい。もちろんです」
すると彼はおもむろに立ち上がり、タンスの方へ歩いていった。
少しして彼が戻って来ると、彼の腕には原稿用紙の束が抱えられていた。
「これは前に原稿用紙の方が自分に合っているのかも、と思って書いてみた短編小説です。結局仕上がりがパソコンの方が早かったのでこの一度きりだったのですが、自分的にはよくできている方だと思っています」
「読んでもいいですか?」
「まだまだ社会にだすようなものじゃないので読んでがっかりしないで下さいね」
ははは、と渇いた笑いで返す私。
でも評価は厳しくしようと思っている。一応これでも本好きの端くれなのだ。面白くない小説を面白いなんて言いたくない。これだけは妥協しない。
そして私は原稿用紙に目を通し始めた。
*
結論から言おう。彼の小説は面白かった。
テーマは純愛なラブストーリー。
誤字脱字や少し直すべき点は多少あるものの、それでも読み進めてられるぐらい面白かった。
すっかり読み込んでしまい、気づいた時にはもう空がオレンジ色に染まっていた。
ずっと待たせてしまって申し訳ないと思い慌てて彼の方を見ると、彼はパソコンに向かって集中していた。
そっと立ち上がり、そのパソコンを彼の後ろに回り込んでまで覗く。案の定、小説を書いているようだ。
最初を読んでいないので設定はよくわからないがそれでも面白いと思えた。
やはり彼には才能があるのだろう。
それとこの短編小説を読んでいてもうひとつわかることがあった。
それは、主人公がヒロインを想い、ヒロインもそれに気付くまでは良かったのだが、その後の互いに惹かれ合い始めたところから少しおかしくなってきた。最後の主人公とヒロインが付き合ってからのところなんて現実感が急に失せたのだ。
そう、おそらく彼はそういうのを体験したことがないのだろう。
ファンタジー小説なんていうのはほとんどが想像だ。それでも作者は何かに置き換えて考えることでその気持ちをわかろうとする。
"圧倒的強者に出会った時の恐怖"は小さい頃にピエロと出会ったことに置き換え、"戦友が死んでしまって悲しく悔しい気持ち"は昔飼っていたペットが天国に行ってしまった時と置き換え。
そうすることでなんとかそれに近い表現をしようとする。
しかし恋愛だけは違う。
"愛しのあの子を想う気持ち"を大好きなイチゴを想う気持ちに置き換えることはできない。"好きな子と付き合い始めた時の嬉しさ"はずっと欲しかった人形を手に入れた時の気持ちと置き換えることができない。
恋愛にもその人達のやり方や想いがそれぞれ違うから確定してこれとは言えないけど、普通モノやペットへ向ける感情とは確実に違うだろう。
つまり恋愛というのは体験しないとわからないものである。
この才能をこのまま潰してしまうのはもったいない。
私は意を決して彼に話しかける。
「読みました」
「っ!? あ、ああ。びっくりしましたよ...」
「すごく面白かった。才能あるんですね」
「いや僕なんてまだまだですよ」
「そうですね。まだまだです」
「え?」
褒めたのにすぐダメ出しをされるとは思わなかったのだろう。彼は驚いた顔をした。
「特に中盤辺りから。もしかして恋愛経験ないの?」
すると彼は顔を真っ赤にして小さな声で肯定した。
「.........そ、そうですけど...」
「じゃあさ、
私と付き合ってみません?」
「.........は?」
彼はまた驚いた。今度はほとんど放心したような顔で。
信じさせるために半開きになった口にキスしてやった。これで説明する手間もないだろう。
あれから私達は付き合うことになり、私とマヤとの勝負が始まった。
その日、遅くになって家に帰ったときマヤがからかいのつもりか『遅かったね。彼氏でもできた?』と言ってきた。私はマヤの顔を見てももう怒りは沸いて来なかったが、なんとなく『うん』とだけ言ってその場を離れた。
その時はマヤの驚いた顔は何故写真に残さなかったのだろうと残念になるぐらい呆けていた。
それから私と彼の距離はちょっとずつ近づいていった。
敬語で話すことをやめ、丁度一年前のクリスマスに名前の呼び方も変えるようになった。
今ではぎこちなさもなくなり、自然に接している。
彼は段々私の好みに近づいていった。
そして私も彼のことを段々理解していった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時は戻りクリスマスの夜。
「ともくん、今年はホワイトクリスマスになったね。今日のケーキとってもおいしいよ」
目の前にはお店の中でも高いだろうと思える小さめのイチゴケーキがホールで置いてある。
ただこれは私が買ったものではない。
「そう? 頑張ってバイトした甲斐があったよ」
この人が作ってくれたものだ。
2ヶ月前のハロウィンで、今日と同じように2人でケーキを囲っていたとき、私が『ともくんの作ったケーキを食べてみたいな』と呟いたところ、この人は『わかった』と答えた。
後日、この人から今までやっていた本屋のバイトを辞め、新しくケーキ屋のバイトに入ったと聞いた。
これを聞いた時はさすがに私にも罪悪感があったが、彼はそのバイトにも精をだし、さらには手の器用さを買われ、今では現在目の前にあるようなケーキのデコレーションを任されているらしい。彼女として鼻が高い。
私がケーキを切り分けていると前から視線を感じた。
「なぁに? 人の顔じろじろ見て...」
「いや、何でもないよ。それよりごめんねこんな汚い場所で...」
「だから大丈夫だって。それよりシャンメリー開けるよ?」
どうやら彼は前に、付き合ってることの証明として連れていった私の家と自分の家を比べてしまっているようだ。
私の家は家族全員キレイ好きなので壁にも床にも汚れは少ない。
一方でこの人の家は古アパートだから抜けない汚れやシミは沢山ある。
それでも彼はできるだけキレイになるように努めてくれてる。だからカビなんてどこにもないし、その汚れやシミも上からコーティングされていてまったく気にならないのだが、彼はまだ不満らしい。私の彼氏意識高いな。
余談だが、家に連れて行ったとき、家族全員の前でキスしてやった。親も顔を紅くするぐらい濃厚なやつ。お陰で家族公認カップルになった。
マヤと佐藤君にもやらせようとしたが恥ずかし過ぎてできないと言っていた。でもこの頃からマヤと佐藤君がぎこちなく接し始めたから、おそらく既に別れていたんだろう。
負けは認めてないし、毎月証拠を持って来ているところからまだ新しい彼氏はできていないっぽい。勝負にズルをしているのは許せないが、負ける気がしないからその事について問い詰めるようなことはしていない。
時は戻りデートで買ったペアルックのコップにシャンメリーをついでいる時。今も彼は心ここにあらずって感じでどこか上の空だった。
.........まさか浮気!?
このままじゃ勝負に負けちゃう! 相手はだれ!? 私の知ってるひと!?
はっ...! この前新しくケーキ屋にアルバイトで入った女の子がいるって言ってた! もしかしてその子!? その子なの!? 私より可愛いから!? 私より料理ができるから!? 年下が好みだったの!?
いやまて私。まだ決まった訳じゃない落ち着け落ち着け。
ひっひっふー、ひっひっふー。
あ、これ違う。赤ちゃん産むときのやつだった。
頭の中はすでにカオス状態だったが表面はいたって冷静に努める。
しかしそれでも手に力が入ってしまい、最後まで残しておこうと思ったイチゴをフォークでブスッと一刺し。
出すべき言葉を慎重に選びながら問う。
「ねぇ、さっきからぼーっとしてどうしたの?」
「いいや何でもないよ」
「本当に~?」
「本当だって。あやと付き合えて幸せだなって考えてたんだよ」
.........はっ!
ヤバい一瞬意識トンだ。不意討ちにも程がある。
コノヤロウ、浮気を誤魔化す上等手段だとわかっていても嬉しい! 昇天するかと思った!
そんなともくんにはこのイチゴあげる。
「そう。じゃあ食べよう? はい、あ~ん」
この『あーん』も初めの頃は2人とも顔を紅くしてやっていたが、今では自然な感じに――私は少し恥ずかしいけど――できるようになった。
「ふふっ! 可愛いよともくん」
「じゃあお返しあげる。はい、あーん」
この人は私が大好きなイチゴをあげたとちゃんとわかっているから、自分のイチゴを差し出してくれた。しかも2つある内の大きい方。
こういう細かい気遣いができる男性っていいよね。
そのまま楽しくケーキを食べていると、彼が何かを思い出したようにスクールバッグの中に手を入れた。
「そうだあや、渡したい物がある」
「なに? クリスマスプレゼント?」
「そうだよ。臨時収入が入ったからね」
この臨時収入、小説のコンクールに応募して受賞したものだ。
付き合い始めてから私はこの人の書いた小説に厳しく評価をつけるようになった。
私自信小説がかける訳ではないけど、今まで読んできた本と比べたり、この人の持っていた小説を書くときの参考書を丸暗記したりして、結構まともな講評をつけれていると思う。
この人もそれがわかっているから私の意見はしっかりと聞いてくれる。反論したり、ケンカになったりしたことはまだない。
最近では私も言えることが少なくなってきていた。1歩ずつだけど確実に上手くなってきている。特に問題だった恋愛小説は苦手を克服し、今では一番上手くかけるジャンルになった。
そして、それを認める人たちも少なからずいて、すでに将来が約束されているといっても過言ではない。
それは今は置いといて、包装を開けて中を見てみると数万円もしそうなペンダントが入っていた。
「あ! これ私が欲しいって言ったペンダントじゃん! ありがとう! とっても嬉しい!!」
そう、デートで私が将来的にって意味で欲したものだ。
これ、今回の受賞金の半分以上するハズだ。
こんな高いものこの年でいつ使えばいいだろう? とりあえず丁寧に保存しとこう。
もう呆れと最高潮の嬉しさで普通の感想しか出なかった。
そしてふと彼の方を向くと、彼は真剣な顔をしていた。
これから何があるのだろう?
恋人の真剣な話と言えば......別れ話!?
やっぱりケーキ屋の子と浮気してそのまま好きになっちゃった的な!? 的な!?
「あや」
「なに?」
自然に答えるが内心何が来るか緊張で心臓ばっくんばっくんである。
「大好き、愛してる」
ともくんとはマヤに負けたくなくて、丁度いいところに来たからって少しヤケもあって付き合い始めた。
でも正直言ってしまうと勝負なんてもうどうでもいい。
ともくんは優しくて、気配りもできるイイ人だ。
ともくんは小説の才能があり、料理も他より上手い自慢の彼氏だ。
ともくんは将来の夢に熱心で、その将来は他の人より明るい。
ともくんは彼女の私のことをしっかり想ってくれている。
訂正しよう。彼が私の好みに近づいたんじゃない。
私が彼を理解すればするほどどんどん好きになっていったのだ。
この人を私以外の女に渡したくない。
でもこの人が私よりその女を選ぶなら、私はそれを応援したい。
この人の幸せへの障害にはなりたくない。
でも願ってもいいなら結婚して一生側で寄り添っていたい。
貴方が私を嫌っても、私は一生慕い続けます。それが私の想い。
「私も、とても、愛しています」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
どうだったでしょうか。クリスマスはほぼ関係なかったですね。すいません。
「面白かった!」「こんな恋愛したい!」「続きを読んでみたい!」と思った方は是非下の評価ボタンを押してください。感想も遠慮なくお寄せ下さい。
それではみなさん良い年を!