後編
由紀子が義和の手によって危機から助けられてから、同じPBとして妖魔と戦っていることがわかった二人はまた、同じ高校に通う先輩後輩の関係、ということもあってかそれからお互いに連絡を取り合うようになり、その間にも二人はそれぞれにPBとしての時間を過ごしていった。
そして二人が出会った頃に発生したカナダのセント・へレンズ山の大噴火によって発生した火山灰の影響を受けたか、78年ぶりの異常低温を記録し、冷夏となった夏が過ぎ去ろうとしていた1980年9月のある日の昼休みのこと。
由紀子は校舎の屋上のドアを開ける。
その視線の先には屋上の金網から外の様子を見ていた義和が立っていた。
いくら「よっちゃん」「由紀子」と呼び合っている仲になったとはいえ、やはり学校の先輩と後輩と言う関係もあって、周りの目も気にしてか、いつの頃からか二人はこうして校舎の屋上とか非常階段の踊り場、と言った場所で会って話をするようになっていた。
「…お、来たか」
振り返った義和が由紀子に言う。
「…それで、あたしに用って何?」
由紀子が聞く。
「ん? …どうだ、あれからPBのほうは?」
「大丈夫。何とかやっているわ」
「そうか。それならいいんだ。…で、実は用ってのは、ちょっとおまえに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「ああ。実はある所から妖魔退治を頼まれたんだけど、それがちょっと厄介な相手みたいなんだ」
「厄介な相手、って?」
「ちょっとオレも話があってからいろいろと調べてみたんだけれど、どうもオレひとりじゃどうも手に負えそうになくてな」
「…ふーん」
「それで、おまえに協力を頼もうと思って」
「協力?」
義和の言葉に思わず由紀子が聞き返す。
「ああ。こういうときは誰かに助っ人を頼めばいいかな、って思ってな。それでいろいろと考えてみたんだけど、丁度おまえもPBをやっているから、二人で力を合わせれば大丈夫かな、って思って」
「でも…」
「なんか不安なのか?」
「本当にあたしなんかと一緒でいいの? あたしと一緒にやったりなんかしたら、あたしが足引っ張って却って迷惑になっちゃうんじゃない?」
「そんなことはないって。おまえだって高校に入ったときに一人でやるようになってからもう半年近くになるんだろ? おまえと知り合ってからいろいろと話をしてるけれど、確かにまだちょっと危なっかしいところはあるかもしれないけれど、おまえだってもう一人前のPBとしてやってると思うぞ」
「それはそうだけど…」
「もっと自分に自信を持てよ。それに今回は二人でやるんだからさ。大体おまえの親にはオレのことは話しているんだろ?」
「…うん。初めて逢ってからすぐに両親には話したわ。二人とも同じ高校にPBがいた、って知ったときは驚いてたみたいだけれどね。『同じ学校にいるんだから、何か困ったことがあったら相談すればいい』って言っていたし」
「だったらいいじゃないか。どうだ、やってくれるか?」
その言葉に由紀子は少し考える。確かに義和と知り合ってから半年の間にいろいろと情報交換をしているが、自分より2年早く一人でPBをやっていることもあってか、その実力は自分よりは数段上のようだが、その義和が自分に協力を頼んでいるのだ。それだけ大変な相手なのだろうし、自分でも役に立てればそれはそれでよいのかもしれない。
「…うん、わかったわ」
「そうか、よかった。それじゃ、また後で連絡するから。じゃあな」
そして義和は下に下りて行き、由紀子もそれについていった。
*
そして義和が指定した日の夕方。
「…それじゃ、行ってくるね」
そして由紀子が玄関を出ようとしたときだった。
「あ、由紀子」
母親が由紀子を呼び止めた。
「…なに、お母さん」
「…その、気をつけなさいよ。二人でやらなきゃいけない、というのはそれだけ手ごわい相手なんだから」
「…おいおい、由紀子だってそのくらいのことは承知しているだろ!」
父親の声がする。
「…とにかく、その、瀬川って言う先輩の足手まといにならないようにね」
「…わかってるわよ。それじゃ、行ってくるね」
そして由紀子は家を出て行った。
*
義和が指定した待ち合わせ場所に行くと、すでに鞘に納まった神剣を持った義和がその場に立っていた。
「おっ、来たか」
「うん」
「…それじゃ、行くぞ」
義和の言葉に由紀子が無言で頷くと二人は並んで歩き出した。
その場所に向かう間、二人は無言だった。
しかし、これから妖魔との戦いが舞っている、と言うことからだろうか、お互いがかなりの緊張感を持っていることは感じ取っていた。
二人が初めて逢ったときに義和が「お互いが同じような波長を持っていて、それをお互いが感じ取っていたのではないか」と言っていたが、その言葉通り二人が相手の波長を受け取っていたようである。
*
そして二人はある広場に出た。
「ここが、その場所?」
「ああ」
由紀子の問いに義和が答える。
「それじゃ、ちょっと待ってて」
そう言うと由紀子はセーラー服のポケットから神鏡を取り出し、鏡面を裏側にすると辺りを見回す。
「…どうだ?」
義和が聞くが、由紀子が応えずに周りを2、3歩歩く。
と、不意に神鏡の真ん中に嵌まっている宝石が光り輝いた。
「…この近くにいる!」
由紀子がそう言ったときだった。
二人の背後から一匹の妖魔が襲ってきた。
すんでのところで妖魔の攻撃を二人がかわすと由紀子が神鏡の光を妖魔の目に当てる。
その光を受けて妖魔がひるんだのを見ると、義和が神剣で袈裟懸けに斬る。
そして由紀子が神鏡の鏡面を妖魔に向けると妖魔がその中に吸い込まれていく。それが終るか終わらないかの内に
「…来るぞ!」
義和が叫ぶ。その言葉に由紀子が反射的に神鏡の宝石を見ると宝石が再び光を放つ。
その次の瞬間、二人の目の前に7〜8匹の妖魔が現れた。
「…こう言うことだったのか…」
「こう言うこと、って?」
「いや、前に調査に来たとき、なにやら得体の知れない感覚が何度も襲ってきたんだが…。まさか複数いたとはな」
「そうね、大抵妖魔、って言うのは多くても2〜3匹なのにこんなにいるなんて。確かにこれではひとりの手に負えるものじゃないわ」
「おそらく何らかの形であちこちに散らばっていた妖魔が一箇所に集中したんだろ。とにかく手ごわい相手だ。気を引き締めていくぞ!」
「OK!」
義和の言葉に由紀子が答える。
そして二人は妖魔に立ち向かっていった。
それから後は必死だった。
「由紀子、そっちだ!」
「うん!」
義和の言葉に由紀子がうなずく。
そして襲ってくる妖魔に対して由紀子が神鏡の鏡の光を当ててひるませ、義和が斬っていき、由紀子が再び神鏡の中に吸い込んでいく、というやり方を何度も繰り返していった。
そして最後の一匹を吸い込んだときはすでにあたりが暗くなろうとしていたときだった。
「終わったか。…それにしても、思ったより時間がかかっちまったな」
義和が言う。
「大丈夫、よっちゃん?」
由紀子が義和に駆け寄って聞く。
「大丈夫。このくらい何ともねえよ」
そう言う義和だったが、肩で大きく息をしている。
「そういうおまえはどうなんだ?」
「あたしも大丈夫」
そうは言うものの、由紀子も大きく肩で息をしていた。
「そうか、それならいいんだ。…で、どうだ?」
義和の言葉に由紀子がポケットから神鏡を取り出し、辺りの様子を見るが、神鏡の真ん中の宝石は何の反応もしない。
「…どうやら、大丈夫みたいね」
「そうか、ならばひと安心だな。それじゃ、帰るか」
そして二人は並んで家路に着くことになった。
「…なあ由紀子」
義和が話しかける。
「何?」
「本当にありがとうな、今日は」
「ありがとう、ってそんな…。なんだかあたしが足引っ張っちゃったみたいで」
「そんなことないって。おまえがいなかったらやられていたさ。本当におまえを助っ人に頼んでよかったと思ってるよ」
「本当?」
「本当だって」
「よかった。ちょっとはよっちゃんのお役に立てたみたいね。こっちもお礼言わなきゃ」
「そんなこといいって」
そして由紀子の家の前に着いた。
「…それじゃ、今日はありがとな」
「こちらこそ」
そして由紀子が家に入ろうとしたときだった。
「由紀子」
「なに?」
「オレたち、上手くやっていけるかもしれないな」
「え?」
「何でもねえよ。じゃあな」
そう言うと義和は帰って行った。
それからというもの、義和は時折由紀子を呼び出すと、二人で組んで妖魔退治をすることが多くなっていった。
最初のうちは義和の足を引っ張ってはいけない、と義和についていくのがやっとだった由紀子だったが、何回か一緒に組んでいるうち、義和についていけるようになっていった。
そして二人で妖魔退治を続けているうち、お互いの間にパートナーとしての信頼感が生まれるようになっていったのは自然の理屈である。
*
そして年が替わって1981年1月の終わり頃。
「それじゃ行ってきまーす」
そう行って由紀子が玄関を出たときだった。
「よお」
義和が家の前で由紀子を迎えていたのだった。
「あ、よっちゃん。どうしたの?」
「ん? たまには一緒に学校に行こうか、と思ってさ。行くぞ」
「う…うん」
そういうと由紀子と義和は並んで歩き始めた。
「それにしても、もうこうやって一緒に並んで登校する、なんてこともなくなるんだな…」
義和が誰にともなくつぶやいた。
「…そうか、2月になるとよっちゃん、もうほとんど学校に来なくなるんだね」
由紀子が言う。
「まあな。何とか無事に卒業できることになったよ」
そう、この3月に義和は無事に高校を卒業することになったのだ。
「それで、卒業したらどうするの?」
「いろいろ考えたんだけど、就職することにしたよ。…もちろん、これからもPBは続けていくし、おまえにもこれからも手伝ってもらうつもりだけどさ」
「手伝う、って?」
「そうだろう? もうおまえは立派にオレのパートナーとして十分だよ」
「そんな。あたしまだそんなレベルまで行ってないわよ」
「そんなことはない、って。おまえと最初に組んだ頃と比べるとおまえもずいぶんと腕を上げたぜ。ひとりだけだったらあれだけ妖魔を退治することはとてもじゃないけどできなかったと思うぜ。だからさもう、おまえ以外のパートナーは考えられないんだよ」
「え…?」
思わず義和の顔を見る由紀子。
そう、由紀子も今では義和に対してパートナーとしての信頼感をかなり持っているのだが、どうやら義和はそれ以上に自分のことを信頼できるパートナーと思っているようなのだ。
「だからさ、オレが卒業しても何かあったら手伝ってくれるだろ?」
「うん、それはいいけれど」
「そうか。じゃ、これからも頼むな」
「わかってるわよ」
そして二人は校門の前に立った。
「それじゃあね」
「ああ」
そして由紀子が校舎に入ろうとしたときだった。
「…そうだ、由紀子」
「なに?」
「帰りに校門の前でちょっと待っててくれないか?」
*
そして放課後。
由紀子が校門を出るとそこに義和が立っていた。
「お、来たか」
「どうしたの、よっちゃん?」
その由紀子の問いに義和は答えずに鞄の中からカメラを取り出した。
「…どうしたの、よっちゃん。カメラなんか取り出して」
「いや、高校生活ももう残り少ないからさ。最後の思い出におまえと一緒に記念写真をとろうと思ってな」
「記念写真?」
「いいだろう? 一枚くらい」
「それはいいけど…」
「よし、決まりだな」
そう言うと義和はそこを通りがかった一人の男子生徒に、
「おい、ちょっといいか?」
「何だよ、瀬川」
その男子生徒が近づく。
「ちょっとシャッター押してくれないか?」
「シャッター、って…。そいつ1年の小林由紀子じゃねえか。いったいどうしたんだよ」
「まあ、いいっていいって。…とにかく頼むぞ」
「わかったよ」
そして二人が校門の前に立つと、男子生徒がカメラを構える。
「よーし、撮るぞ。…はい、チーズ」
と義和が由紀子の肩に手を回すと、自分のそばに引き寄せる。
「あ…」
その瞬間、シャッター音が響いていた。
(エピローグに続く)
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