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前編

 1980年――。

 前年の暮れに突如起こったソビエト連邦のアフガニスタン侵攻に対して時のアメリカ大統領、ジミー・カーターがその年の7月に開催されるモスクワ五輪への不参加を西側諸国に呼びかけ、日本も参加問題で揺れる中、そのアメリカのレークプラシッドで冬季オリンピックが2月に開催され、また芸能界に目を向けると、3月に人気歌手・山口百恵が俳優の三浦友和との婚約を発表し、芸能界からの引退を表明。そして彼女と入れ替わるように松田聖子が『裸足の季節』でデビューした4月のある日。


「ほら、由紀子、撮るぞ」

「小林」と表札が掲げられている家の門の前で真新しいセーラー服に身を包んだ少女にカメラを向けた男が言う。

 そう、その被写体である少女――小林由紀子は今日高校の入学式に行くところだったのだ。

 そしてその前に、と言うことで彼女の両親が娘の晴れ姿を写真に収めようとしていたのだった。

 由紀子が門の前でかしこまると、シャッター音が響いた。

 そしてその場に流れた一瞬の緊張感が解かれる。

「…それにしても、もう由紀子も高校生になるんだな」

 由紀子の父親が言う。

「そうね。この間生まれたばかりだと思っていたら…。本当に月日の経つのって早いものね」

 由紀子の母親がそれに応える。

「そうだな。そのうちに孫の顔を見ることになるんじゃないのか?」

「お父さん、いくらなんでもそれは気が早すぎますよ」

 両親の会話に思わず苦笑した由紀子は気を取り直すと、

「…それじゃお父さん、お母さん、行ってくるね」

「ああ、気をつけてな」

 そして由紀子が歩きかけたときだった。

「あ、由紀子」

 母親が由紀子を呼び止めた。

「何、お母さん?」

「…これ、今日からあなたが持っておきなさい」

 そう言うと由紀子の母親はポケットから鏡を取り出すと由紀子に手渡した。

「…お母さん、これ…」

 由紀子が鏡を見て言う。

「そう、お母さんの家に代々伝わっている神鏡よ。そろそろ由紀子も独り立ちしてもいい頃だと思ってね」

「でも…」

「…心配なのはお母さんもわかるわ。でもここ最近の由紀子はファントムバスターとして十分な実力をつけたと思う。もう一人でも立派にやっていけるはずよ。由紀子も高校生になったことだし、今日からはあなたがこれを持ちなさい」

 そう、由紀子の家庭は先祖代々「ファントムバスター(PB)」と呼ばれる妖魔退治を行っており、由紀子自身も数年前に「覚醒」と呼ばれるPBとしての能力に目覚めてから両親のPBの手伝いをしていたのだった。

 そして高校生になるにあたり、両親から独り立ちして一人でPBをやっていくことを勧められていたのだが、まさかそれが今日になるとは思わなかったのだった。

 由紀子は母親から手渡された神鏡をじっと見る。そしてその鏡の鏡面(もちろん普通の鏡としても使える)に写る自分の顔を見るうちに自分の心の中に決意のようなものが浮かんできたのを感じた。

「…わかったわ、お母さん。あたし、やってみる」

 由紀子は母親の顔を見て言う。

「そう、よかった。でも、これからも精進は続けるのよ」

「わかってるわよ。それじゃ行ってきます」

「…行ってらっしゃい」

    *

 そして由紀子が高校に入学して数日が過ぎたときだった。

「おはよう」

「おはよう」

 中学の頃からの同級生や高校に入学して知り合ったクラスメイトたちと挨拶を交わした由紀子は正門をくぐっていった。

 その彼女の傍らを上級生らしい一団がなにやら話をしながら通り過ぎて行ったそのときだった。

「…!」

 不意に由紀子の足が止まった。

「…なんだろう、今の感覚…」

 そう、由紀子自身もよくわからないのだが、何か不思議な感覚が自分を襲ったのだった。

 しかし、決してそれは不快なものではなかったのだ。なんと言えばいいのかわからないのだが、何か自分を呼んでいるような感覚だったのだ。

「…どうしたの、小林?」

 しばらくその場に立ち竦んでいる由紀子に、クラスメイトが由紀子に話しかける。

「ん? …な、なんでもない」

 その場を取り繕うと由紀子が校舎の中に入っていった。

    *

 そして由紀子は高校生生活を始める傍ら、両親から引き継いだPBとしての仕事を、今度は彼女ひとりで始めることとなった。


 しかしそれからも、由紀子のその「感覚」は時々学校にいるときに起こっていた。不思議なことに家にいるときにはそういう「感覚」はまったくと言っていいほどないのに、である。

 なぜかはわからない。しかし、確かに学校にいるとき、時々そういった誰かが自分を呼んでいるような、そういう感覚を覚えるのだった。

 その「感覚」の正体がわからないまま、由紀子が高校に入って1ヶ月が過ぎた1980年5月のある日のことだった。


「…ここか…」

 由紀子はある空き地の前に立っていた。

 そう、数日前に由紀子はある人物から依頼を受け、この土地を調査した結果、どうやら妖魔が潜んでいるらしい、と言うことがわかり、これから妖魔退治を始めようとしているところだったのだ。

 由紀子はセーラー服のスカートのポケットから神鏡を取り出した。

 そしてそれを片手に辺りを見回す。

「…確かこの辺にいるはずだけど…」


 と、そのとき不意に神鏡の中央部に嵌まっている宝石が輝きだした。

 由紀子は後ろを振り向く。

 そこには一匹の妖魔が由紀子に襲い掛からんとしていたところだった。

「…そこっ!」

 由紀子はそう叫ぶと神鏡の鏡面を向ける。

 すると鏡面が反射して妖魔の目に光が集中し、妖魔が悲鳴を上げ、身を怯ませる。

 それを見た由紀子は妖魔に反射光を当てながらゆっくりと近づいていく。

 そしてある程度弱らせてから、鏡の中に吸い込む、というやり方でこれまで何度も妖魔を倒してきたのだ。

 やがて妖魔が動かなくなり、由紀子は止めを刺すために妖魔に近づくと鏡を妖魔に向ける。

 そして妖魔が鏡に吸い込まれる。

「…ふうっ…」

 そして由紀子が一息ついたときだった。

「…え?」

 そう、由紀子の持っている神鏡の宝石がまた輝いたのだった。

 由紀子が後ろを振り返る。

「…しまった!」

 そう、別の妖魔が襲ってきたのだ。どうやら妖魔は一匹だけではなかったようだ。

 妖魔が由紀子に襲い掛かる、すんでのところで妖魔の攻撃をかわした由紀子は神鏡を妖魔に向ける。

 妖魔が反射した光を受けて身を怯ませた隙に由紀子は妖魔の後ろに回り込もうとする。

 しかし、妖魔の動きはすばやく、その左腕で由紀子を弾き飛ばす。

 とっさに由紀子は受身を取ったものの、全身をしたたかに地面に打ち付けてしまい、上半身を起こすのがやっとだった。

 それを知ってか、妖魔が右腕を由紀子に向かって振りおろす。

(…やられるっ!)

 そう直感した由紀子が両腕でその攻撃を防ごうとしたときだった。

(…え?)

 由紀子は例の「感覚」が自分に起こったのを感じた。そしてその後すぐに、

「危ない!」

 妖魔の背後で男の声がしたかと思うと、光のようなものが妖魔の背後で閃き、次の瞬間、妖魔が断末魔に悲鳴を上げ、その場に倒れた。

 由紀子は声のした方向を見る。

 そう、妖魔の背後に刀を持った学生服姿の少年が立っていたのだ。

「…何やってんだ、早くしろ!」

 少年に促され、由紀子はあわてて上半身を起こしたままの姿で、神鏡を妖魔に向けると、妖魔が神鏡に吸い込まれていった。

「…大丈夫か?」

 少年は鞘の中に刀を収めると由紀子に手を差し出す。

「あ、ありがとう」

 そう言いながら由紀子は少年の手を借りると、全身に痛みは残るものの、何とか立ち上がった。

「…まったく。オレがたまたま通りかかったからよかったものの、もしオレがいなかったらやられていたところだったぞ。PBだったら最後まで気を抜かずにやらなきゃならないことぐらいわかってるだろ」

「え? …あなたももしかしてPBなの?」

「まあな。…そう言えばおまえ、オレの学校の生徒か?」

 その少年は由紀子が着ていたセーラー服を見て言う。

「…え、ええ。そういうことになるわね」

 そういえば、その少年の学生服の襟についている校章は由紀子が通っている高校のそれである。

「そうか。じゃ、オレの後輩ってことだな。…オレは3年の瀬川義和だ」

「あたしは1年の小林由紀子です」

 そしてお互いが自己紹介を終えた後、

「ところで家はどこだ。時間も時間だし、送ってやるよ」

    *

 同じPBとしてからか、義和と由紀子はお互いの身の上を話しながら帰り道を歩いていた。

「…そうか。おまえの家もPBの家系だったのか…」

 義和が言う。彼の話したところによると、彼もまた由紀子と同じくらいの歳に一人でPBを始めるようになった、と言うことだった。

「…じゃあ、ここのところのアレは気のせいじゃなかった、と言うことか」

「…気のせいじゃなかった、って…?」

「ここ最近、なんていうのかな、なんだかオレの事を誰かが見ているような感じがしてたんだよな。実はついさっきも感じてたんだ」

「ついさっき、って…、あたしを助けたとき?」

「ああ。ちょうどオレも別の用事があって帰る途中だったんだ。そのときになんだか妖魔がこの辺にいるような感じがしてさ、それと一緒になんだかオレのことを呼んでいるような感覚がして。何かと思って駆けつけてみたら、妖魔とおまえがいた、ってことさ。おまえが鏡を持っていたからもしかしたら、とは思ったんだが、おまえもPBだったとはな」

「…それ、実はあたしも感じてた」

「え? …おまえも感じてたのか?」

「うん。高校に入ってからすぐの事だったんだけど、なんだか誰かがあたしを呼んでいるような気がして。…それから時々そういった感覚があって…。実は今のその感覚を覚えたのよ」

「そうか…。もしかしたらお互いPBとして無意識のうちにオレたちの波長が合ってたのかもしれないな」

「波長、って…」

「…オレもおまえもそういう能力を持って生まれたんだ。どこかで同じ仲間意識みたいなのを持っていて、そういった波長を出していたっておかしくない。そしてお互いがその波長を受け取った、ってわけさ」

 人間は誰でもPBになれる素質はあるというが、その中で「覚醒」してPBになれる人物と言ったらせいぜい1万人に一人いるかいないか、と言われていることは由紀子も知っていた。そして偶然とはいえ自分のそばに同じ能力を持った男がいたのだ。そういった同じ波長を出して感じ取りあう、と言うことがあってもおかしくはないが…。


 そして「小林」と表札がかかった家の前に二人が着いた。

「…あ、ここがあたしの家です」

「…そうか」

「…本当にごめんなさい。なんだか迷惑かけちゃったみたいで…」

 そういうと由紀子は深々と義和に頭を下げた。

「…気にするな。困ったことがあったら助けるのはお互い様だろ。今日はたまたまオレがあそこにいたからよかったけど、下手したら死んでたんだぞ。PBってのはおまえが考えている以上に命がけなんだぞ」

「…うん。これからは気を付けるわ」

「じゃ、また何かあったら学校でもどこでも相談に乗るから」

「はい」

「…じゃあな」

 そして義和が帰ろうとしたときだった。

「…あの、瀬川先輩」

 由紀子が呼び止めると、義和が振り返った。

「…おいおい、オレたちは同じPB仲間だぜ。学校の外だったら、オレを好きなように呼んでいいぜ」

「う、うん。…それじゃ、よっちゃん」

「よっちゃんか…。じゃ、オレも今からおまえを名前で呼ぶぜ。いいだろう? 由紀子」

「うん。よっちゃん、今日はありがと」

「どういたしまして」


…そしてこれが瀬川義和と小林由紀子の最初の出会いだったのである。


(後編に続く)


(作者より)この作品に対する感想等は「ともゆきのホームページ」のBBSの方にお願いします。

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