俺日記:ブルースカイからの一通のLINE
「ドラクエミュージアム行こうぜ」
その通知は夜勤のバイト明けにスマホの電源を入れ、ロックを解除しようとするわたしの指を止めた。SNSアプリLINEを開き通知元を辿るとそれは私の友人であるブルースカイからの連絡であった。もちろんブルースカイというのは私が適当に考えた偽名である。どちらかと言えば非社交的な性格、内気な振る舞い、たまに虚空を眺めて何を考えているのかわからない、そして自分の意見を述べない。だからブルースカイ。青色はクールで物静かな雰囲気の印象がある、そんな内気な彼にはもっとこの広い世界を伸び伸びと生きて欲しいと思う。だからブルースカイ。本来の名前を公開してまうと彼の個人情報漏洩に繋がるため、私の友人に対する印象からブルースカイと名付けた次第である。尚、文字数が長いため以降はスカイと省略させていただきたい。
スカイとは高校時代からの付き合いであり卒業後は互いに異なる大学へと進路を決めたが、大学生活の間にも何度か連絡を取り合い、時間があれば一緒にカラオケや秋葉原に行く程の仲であった。第三者から見れば何十回とカラオケや秋葉原に通う程仲が良いのだから今回も同じような付き合いなのではと考えるであろう。しかし私にとって、この一通のLINE通知には大きな意味を感じさせられたのだ。と盛大に記述したが実際のところ大きな事態に発展する案件では無い。
では友人スカイによる連絡の何に対して驚いたのか。それを語るにはスカイについて補足説明をしなければならない。まず始めに言っておくと私には友達が少ない。より具体的に言うと両手で数えられてしまう程度である。もちろん高校生活は楽しかったし大学生活に関しても自分なりに充実した日常を過ごせていたと思っている。私はこれまでの人生においてどのような環境であろうと常に人とは一線を置き過ごしてきたのだ。つまり「他人ではないが友達でもない」という姿勢を貫いて来たということだ。そして私にとって友人という存在は、身構えること無く一線を置かずに接することが出来る数少ない存在である。もちろんスカイはこの友人カテゴリーに部類に属する。スカイは基本的に自分の意見を発しない引っ込み思案な性格である。例えば、下校中唐突に私が強引に「カラオケ行こうぜ」と誘うとする。一般生徒なら恐らく「ダルい、面倒くさい」と言葉を並べて華麗に受け流すことだろう。一方でスカイの場合は「うん、いいよ」と二つ返事で私に付き合ってくれるのだ。その後も事あるごとに私はスカイをカラオケや秋葉原に誘った。そしてスカイは私の提案に全て全て乗ってくれた。いや、たまに秋葉原は面倒くさいと言って断られたことはあった。その時は代わりに下校道中から近いゲームショップに寄り道したりした。
そして月日は流れ高校3年の秋、まさに受験シーズンに近づいている時期のことである。私とスカイは高校の設けた指定校推薦を活用したため、センター試験に向けて受験勉強をする必要が無かった。秋の時点で私は部活を引退したため放課後の下校中に寄り道する回数もより増えた。当時の記憶を思い起こすとスカイも良く私なんかのために付き合ってくれたなと感謝の気持ちでたくさんである。しかし感謝の気持ちと同時に私の心中にある疑問が生まれていた。何十回とカラオケや秋葉原に行く程仲が良いと思っているのは実は私だけでなのではないかと。そもそもスカイは私のことを友達と思ってくれているのか。スカイが熱中しているライトノベルやゲームの話を聞くことは楽しい、私の主観とは異なった友人の考えを聞いて賛同したり、時には自分の意見を述べて互いに共通の話題を語るのは、互いに気持ちが通じ合うようで気持ちが良い。かと言って私自身、スカイに対して不満を抱いたことは一度も無い。それでも楽しいと思っている気持ちの片隅に何かが、隠しても見えないフリをしても、負の感情は存在を醸し出してくる。そしてその正体は高校を卒業してから気づいてしまった。そう、高校から知り合ってから卒業するまでの三年間、一度もスカイから私を遊びに誘うことはなかったのだ。
それだけ。それだけなのだ。それだけでも私はスカイの方から「遊びに行こう」という一言をこの三年間待ち焦がれていた。スカイは周りの意見に賛成も反対もしない、自ら流されることを望み、スカイ自身が「俺はこうしたい」と気持ちをぶつける姿は恐らく高校において誰もいないであろう。いや、もしかするとスカイは私とは別の友達に対しては、自分の意見をぶつけていたのかもしれない。いつも人とは一線置いて友達じゃないけど他人ではないと自分に言い聞かせながらも、内心を騙すことが出来なかった。そう私がスカイを友達と思っているように、スカイも私のことを友達と思っていて欲しいと。
高校を卒業し大学に進学した後、高校生活の時と比べて回数は減ったものの、テスト期間が終わりお互い日程を合わせ遊びに行く関係は継続していた。卒業シーズンや転勤などがおとず友人と他人の境界線として同じ学び舎、職場を離れた後にこれまでと同じように必要に応じて連絡を取り合うこか、後者として一切連絡を取ることも無く疎遠になるかで判断している。この基準に乗っ取ればスカイは友人認定されることになる。実際、スカイは日程が合えばこれまでのように一緒に遊んで、何か面白いことがあれば私からスカイへとLINEを通じて連絡を取る、正に充実した友達ライフではないかと少しだけ強がってみる。「これでいいんだこれで、立派に友達続けられてるじゃん」と自分を褒める日々。大学生活でもこれまで通り、人とは一線を置いて過ごしていた。ちなみに、大学では何百人といる他人の中から友人が二人出来た。いずれも関係は良好である。一方とは共通のコンテンツを通じてひたすら語り合う仲であり、もう一方は私に日本酒と焼酎の味の素晴らしさを教えてくれた飲み仲間である。彼らと共に過ごす日々は、友人を除く他人の集団の存在がどうでも良くなるくらいには楽しいと感じることが出来た。時には無理してグループを作って楽しそうに過ごしている他人たちよりも、私たちの方が楽しく有意義に大学生活を謳歌出来ていると高揚することもあった。それでも心残りは少なからずあった。もしもスカイと同じ大学に進学していたら、より友人としての絆は強くなり、いつしかスカイも私に心置きなく接してくれるようになったのかと。よく人付き合いは難しいと仰る方が見られるが私も同意見である。自分の態度や発言一つで相手に不快な思いをさせてしまうのではないかと考えることが多々ある。ただださえ友人が少ないという事実から、無意識に相手の機嫌を伺っている自分が私はとても嫌であった。昔は今よりもっと気楽に友人と話せていたのになぁと振り返る。昔とは当然高校時代のブルースカイとの思い出。スカイは私に心を開いてくれていたかは不明だ。それでも俺はスカイとは、スカイとだけは心置きなく偽らず、ありのままの自分をさらけ出すことが出来ていたんだ。だから、私は待つことにした。友達である限り私はスカイを信じて待つしかない。
そして大学2年の夏にそれは来た。大学の講義が終わり、いつものようにアルバイトへと明け暮れ、自宅でスマホに電源を入れた。
「ドラクエミュージアム行こうぜ」
そのLINE通知の内容と送り主を交互に凝視した。さらにロック画面を解除し、トップ画面からLINEのアイコンをタップする。LINEを開きトーク画面を開いて再び通知内容を念入りに確認する。一度大きくため息を吐くとさっそく送り主に返信を送る。
「もうチケット売り切れてるよ馬鹿」
それは高校時代における私の振る舞い。相手の機嫌を伺うことなく、自分をさらけ出してきる自分が蘇った瞬間である。そして何気ない会話をLINEで行いながら、唐突にスカイに尋ねた。
「お前から誘って来たのこれが初めてだな」
返信は数秒で返ってきた。
「俺が誘わなくてもお前から来るって信じてたからな」
俺、何を悩んでたんだろうと思わず笑っていた。そして私はかつて顔も名前も知らない誰かが呟いていた悩みを口にする。
「人付き合いは難しい」
〜完〜