第8話 「仇を取ります」
鳥の歌い声が清々しい明くる朝。
雨が一週間ほど途絶えており、乾燥した朝では少し肌寒さを感じる。
「うーむー、なんだか地味目なお着物ばっかだなぁ。でもまた昨日のを着るの嫌なんだよね、馬小屋の臭いが残っちゃってるし、一週間くらい着たままだったし……。どっかに可愛いお着物はないかなーっと」
早めの朝食を済ませた八重樫は、着物が収納してある長持をゴソゴソと漁っている。
昨晩帰宅しなかったビャッコを気にしつつも、今は新しい服探しに勤しんでいるようだ。
あちらこちらに襦袢や帯、着物を散らかしながら、そこら中の長持を開け続ける。
ビャッコのように湧き出る独り言に止まる気配はない。
「おっ! これって絹製じゃん! 染めの色合いもなかなか。さすがは小蘭国の……、おぉ〜紫陽花柄! これからの季節にも合うかも〜♡」
八重樫の琴線に触れるものを掘り当てたようで、早速袖を通し、慣れた手つきで着付けていく。
背中心を取り、
袖を揃え、
着丈を決め、
腰紐を結び、
おはしょりを整え、
衿を合わせ、
胸紐と伊達締めで締める。
動きやすいよう単衣帯を選び、背中でキュッと結ぶ。帯の柄はシンプルな単色が合う。
その上から帯締めをし、帯の緩みに備える。
白いツヤツヤの、絹のような髪の毛を飾り紐でクルリとまとめれば。
「うっし! 今日も一日がんばるぞ〜」
白虎隊の軍師、八重樫の支度が整った。
散らかした服を放置したまま、軽くスクワットを始める。
これは裾割りといい、動きやすくするための行動だ。
足を肩幅に開いたまま立ったりしゃがんだりを数回行うことで、裾まわりの締め付けを緩和することができるのだ。
なお散らかした服を片づけないことに意味などない。ただ八重樫がズボラなだけである。
朝から元気いっぱいの八重樫。
しかし有り余るエネルギーを発散することもできず、ただビャッコの帰りを待つのも退屈な様子。
広い家をウロウロしながら外の景色を眺めている。
家の中を歩くにしては、やけに早歩きなのが特徴的だ。
「♪う~めのは~な~ば~な~ち~る~そ~ら~や~♪ み~あ~げ~る~お~と~め~の~そ~で~の~し~み~♪ まだみ~ぬ~ふみの~と~の~が~た……、おんっ?」
縁側にある柱。陽当たりの良い場所の太い角材が、ふと目に付いた。
切り刻まれた傷と、何やら文字のようなものが見える。
「そういえば、この家にも人が住んでて、ビャッコちゃんたちに殺されちゃったん、だよね? でも変だなぁ。この家にも、外を覗いてみても、死人なんて全然見えないんだけど。一体どこに行っちゃんたんだろう……」
この柱の傷だってきっとケモノの爪が……とつぶやきながら、近づき、触れると、急にうやうやしくなり――。
忠成 五歳
忠成 十歳
忠成 十二歳
お田 三歳
お田 七歳
お田 十歳
「――、あ」
柱のその傷は爪痕などではなく、紛れもなく子供の成長を残したものだった。
そしてこの家にほんの一週間ほど前まで、幸せに、永く永く、暮らしていた家族がいたという証でもあった。
八重樫はさっきまでの調子とうってかわり、俯いたまま動かなくなってしまい。
「……」
やがて風の囁きに消えてしまいそうな小声でポツポツと呟いた。
「お父様、お母様。千代姉様、千草姉様、それに可愛い弟と妹たち……。必ずや……、必ずや、千鶴が仇を取ります。ですから、もう少しだけ待っていてください……」
胸に当てた手は、決意の固さを表すようにギュッと、強く握りしめてられていた。




