第3話「これがあたしたちの初陣だよ!」
少女を信頼したわけではない。
少女に命運を託したわけではない。
ただ勢いに負けて、そう、また負けて、目に見えない流れに乗せられ朝を迎えてしまった。
これも含めれば四連敗。黒星続きの大きな白猫は、今度こそ勝利を掴むことができるのだろうか。
「軍師と自称する幼き少女の実力はいかににゃ……、ブツブツ……」
「なーに一人で呟いてんのっ?」
「にゃごっ⁉︎ ニャエガシ!」
「おはようビャッコちゃん♡ ご機嫌いかが?」
朝日の下で見る八重樫の白い絹のような髪は、月明かりの下よりも一層輝いている。
顔の血色は昨晩より良くなり、声も一段と明活だ。
変わらないのは天真爛漫で、かつ不敵な印象を受ける笑みだけ。
「昨日はお風呂に入ってすぐ寝ちゃってゴメンね〜。あたしも疲れてたんだね。でもホラ、おかげさまでこの通り!」
八重樫は軽くピョンピョンと跳ねてみせる。たわわな胸元もワンテンポ遅れて弾む。
元気な様子に安堵する一方で、ビャッコは八重樫の緊張感のない様子にこの後の戦いが不安になった。
怪訝そうに眉をひそめ尻尾を硬くしたまま、八重樫を見つめている。
「あれー? 猫ちゃんは夜行性だから朝は弱いのかな? 起きてる〜?」
前かがみになりビャッコの顔を見上げてみせると、胸元から美味しそうな双丘が覗いている。
八重樫の格好は昨晩と変わらない。
体毛の薄い人間では、今の季節ならともかくとして、冬の寒い時期には耐えられないであろう装いだ。
今ならわかる、暗赤色の染みは時間の経った血液。隣国からはよほど必死に逃げてきたのだろう。
気になるが、今は昔話をするところではない。
明日もまた生きるために、この後ことを最優先にするべきなのだ。
「パッチリお目覚めにゃおよ! おみゃーさんが起きたら手下を集めて戦に出かけようと思ってたとこにゃ!」
ほっほーう、と腕を組みニヤける八重樫。
「準備できてるじゃない。感心感心♪」
「ふふん。ニャエガシこそ本当に準備はできてるかにゃ?」
遠足に行くような気分の八重樫とは対照的に、ビャッコの表情は先ほどから強張っている。
「ニャエガシ、これは戦にゃお。命の取り合いにゃ。死んじゃうかもしれにゃいっていう心構えも必要な準備にゃ。昨晩の約束、忘れてにゃいにゃ?」
「忘れないよ。あたしが怪我したり殺されそうになってもビャッコは助けたりしない。あたしを使えないと判断したら見捨てる。その代わり、ビャッコちゃんや手下たちはあたしの指示に従って動く。それが手を組む条件、でしょ?」
八重樫は相変わらず呑気なようで、しかし芯の通った声で凛と答えた。
「戦が命のやり取りだってことも重々分かってるよ。物心つく頃からずーっと、軍師としての教育を受けてきたんだから」
「ほっほーう、それにゃら感心感心、にゃ」
八重樫のセリフを返したビャッコはフッと笑い、空を仰いで山向こうまで聞こえそうな遠吠えをした。
ビャッコの声は街や近くの山々に広く反響し、やがて牛や馬のような大型動物からウサギやモモンガのような小型動物まで、多種多様な動物たちが集まってきた。
手負いとはいえ多くの手下たちが周りの山や森に潜んでいたようだ。
八重樫はオオッと驚いてみせ、また不可解な表情で首を傾げる。
「あれれ、手下ってこの子たちだけなの? ワシとかヘビとか、街にはまだ凶暴なヤツらがいるでしょ?」
「ああ、アレは他の四天王の手下にゃ。オラの言うことを聞いてくれるのはイヌとかキツネとかネコとかだけに限られるにゃよ」
「えっ⁉︎ つまり手下として使えるのは哺乳類だけってこと? これはちょいと想定外……」
「それと……、手下と言ってもオラはコイツらを意のままに操れるわけじゃないにゃおよ? コイツらの知能は普通の動物と変わんにゃいから、攻撃させたり一斉に逃げたりするくらいしか指示できにゃいのにゃ。サルに馬車を作らせるような複雑なことはできんにゃ」
「う……、それも想定外……」
「あと力も速さも普通の動物と変わんにゃいにゃ」
「……」
「オラも人間三、四人に囲まれたらやられちゃうにゃ」
「ビャッコちゃんそんなに弱いの⁉︎」
さっき以上に驚く八重樫。
続々と集まる動物たちを尻目に、ビャッコはまた猛烈な不安に襲われてきた。なんだか寒気がするほどに。
「ニャ、ニャエガシ……。おみゃーさん、ホントに任せて大丈夫かにゃ?」
真っ赤に充血した目をした手下たちの視線の先には、行く末を憂慮するビャッコの青ざめた顔が映る。
そのビャッコの視線の先には少し真面目な顔になった八重樫が、小さな手に顎を乗せてブツブツと独り言を呟いている。
そんな硬直状態も長くは続かず、八重樫はまもなくビャッコの方へ向き直り、——
「うん! 大丈夫! ほとんど犠牲もなく勝てるよ、この戦い!」
——また不敵で、満面な笑みを見せてくれた。
「さあ行こうビャッコ! これがあたしたちの初陣だよ!」
八重樫はヒョイとビャッコに跨り、大きく手を突き上げた。
すると、不思議とビャッコの不安な気持ちが拭い去られ、妙な高揚感を感じ始めた。
胸の中が躊躇いがちに踊り始める。
瞳には光が煌めき、尻尾がゆっくり大きく左右する。
ビャッコはまたもや目に見えない流れに乗せられ、天に向かって大きく大きく吼えた。
先頭を走るのはビャッコと八重樫。
それに続く数多の動物たち。
東から昇る太陽が追い風となった。




