第2話 「ニャエガシ……」
「はむっ! はむっ! あぁんおいしぃ〜♡」
茹でた干し飯と塩漬けした山菜を勢い良く頬張る幼い少女。
「元気ににゃってくれて良かったにゃ。いきにゃり倒れた時にゃあどうにゃるかと思ったにゃ」
パチパチと火が灯った囲炉裏の側で丸くなっている大きな虎。
「助けれくれて、それもこんなに立派な家まで運んでくれてありがとう! ご飯もお風呂も寝床もあるから超快適だよー」
「どいたしましてにゃ。馬小屋どころか馬車まであるくらい、でら大きい屋敷にゃ。人が暮らすにゃあ十分な環境が整っているはずにゃ。使える人間にゃんざもういにゃいから自由に使うといいにゃよ」
「ふふっ。優しいねぇ白猫ちゃん。あたしは幸せもんだぁ」
少女はふんわりと微笑みながら、食事を続ける。
突然現れた幼き少女の年齢は十二くらいか、高く見積もっても十五くらいだろうか。
白を基調とした着物は全体的に薄汚れており、ところどころ暗赤色に染まっている。
ハキハキとした口調とは対照的に、その顔色からは明らかな衰弱が見受けられる。
わずかにフラついている小さな身体が、この認識の正しさを後押しする。
「あたし八重樫っていうの。八重樫。白猫ちゃんのお名前はなんていうの?」
「オラの名は、ビャッコだにゃあ。ニャイ……ニャィエガシ……。ニャエガシ。にゃむ、うまく言えんのにゃ」
「ビャッコちゃん! よろしくね! あたし、喋る猫なんて初めて見た! それもこんなにおっきい! ねぇどうやって喋れるようになったの?」
「にゃごっ、どうやってって……、オラは生まれた時から話せるにゃんよ」
「へぇスゴイ! じゃあさ、なまむぎなまごめなまたまご、って言って! 早口で!」
「にゃみゃむぎにゃみゃごめにゃみゃみゃみゃごにゃ」
「あっははは、スゴイスゴイ! 言えてないけどスゴイ! ねぇねぇ、お友達の魔王さまとか四天王っていう子たちもみんな喋れるの?」
「にゃにゃにゃっ⁉︎ おみゃーさん! にゃんで魔王さまたちのこと知ってるのにゃ⁉︎」
「え〜だってビャッコちゃん、あの馬小屋でずーっと独り言話してるんだもん。昨日も、おとといだってそうじゃん。嫌でも聴こえちゃうってば」
「にゃごっ、ふ、不覚。た……確かに魔王さまたちもみんな喋れる……にゃお」
「へーっ! みんなビャッコちゃんみたいな白猫なの? 今どこにいるの? みんなどこから来たの?」
「きっ、北にある麒麟祀山ってとこから来たんにゃけども……ちょ、ちょっ、ちょい待って欲しいにゃお! オラからもおみゃーさんのこと聞かせて欲しいにゃ! オラ、おみゃーさんのこと全然わかんにゃいから、不安で不安でドキドキがずっと止まらんにゃおよ!」
「ダーメ♡」
「にゃごごっ⁉︎」
「あははっ! ジョーダンだよ、ジョーダン。イイよ、なんでも聞いてちょうだい」
んにゃあ……、と喉元から声を漏らすビャッコは、ペロペロと顔を洗う行動をとる。
対する八重樫はゆったりと座っており、見るからにリラックス状態だ。
プライベートスペースで不意に話しかけられ、話しかけた少女に倒れられ、元気づいたら矢継ぎ早に質問を投げつけられる。
自分では制御できないこの状況に、ビャッコの神経は昂るばかりであった。
八重樫を見つめる瞳孔はやや開いており、体に沿わせ尻尾はピクピクと動く。
緊張した面持ちでビャッコは、恐る恐る素性を訊ねてみる。
「じゃあ……、ニャエガシはにゃんであの馬小屋にいたんだにゃ?」
「うーんと、あたしはね、西の大きな河の向こう側にある隣の国から逃げてきたの。色々あって殺されちゃうとこだったんだけど、たまたま走ってた馬車に運良く身を隠すことができてね、そんで運ばれた先があの小屋だったってわけ」
「んにゃ……。それってどれくらい前のことにゃお?」
「馬小屋に着いてからしばらく気を失ってたから正確にはわかんないだ。でもわたしが着いた時は普通の城下街だったし、人だっていっぱい歩いてたよ。あ、夕暮れ時だったなぁ」
「んにゃぁ。オラ達がこの都を攻めたのが三日前の夜だから、おみゃーさんが着いたのはそれより前のはずにゃ」
「うん、それはビャッコちゃんの独り言からなんとなくわかってたよ。案外、数時間程度の差かもね~」
「そーかもしれんにゃ。だって目を覚ましたおみゃーさんは馬小屋から出られずにいた。外に出たらオラや四天王たちの手下が襲ってくるから、そうにゃね?」
「うん、正解。目がまっかっかーのイヌとかヘビとかワシとか、獰猛な動物たちがウージャウジャ! ビャッコちゃんの手下たちガラ悪すぎ~」
「でも、オラよりも早くいたならにゃんでおみゃーさんにゃあ……」
ビャッコはピタリと質問をやめる。
魔王さまのとある力で、特に人間だけは無事でいられるはずがないのだが、どうしてこの少女は平気なのだろうか。
力のことは独り言で話していないことに気がつき、念のため情報は出さないようにした。
「……なに? あたしには、どうかした?」
「んっ、んんにゃ。にゃんでフラッと倒れたのかと聞こうとしたんにゃが、三日以上飲まず食わずだったら当然にゃおね」
「ふふっ、そうね。道中の馬車の中でも何日か隠れてたから、一週間くらいろくに口にしてないかも。それにずっとお風呂に入れてないのも致命的……。後でお風呂沸かして入りたーい」
「にゃご……。オラ水浴びは苦手にゃお……」
少し八重樫のことが分かって安心したのか、ビャッコの尻尾がゆったりと伸びている。
八重樫はそんな様子を眺めクスっと笑みを浮かべ、箸を進めては暖かいお茶を飲む。
外は相変わらず静かで、家の中には囲炉裏の薪が弾ける音が響いている。
しばし間が空いたころ、食事を終え箸を置いた八重樫が改めて問いかける。
「それで、あたしと手を組まない? っていう提案について、答えを聞かせてくれるかい?」
ビャッコはハッとした。
八重樫の最初の提案どころか、明日特攻して命を散らす覚悟をすっかり忘れていたのだ。
思い出すと同時に今置かれている状況を再認識し、心臓の鼓動が再び胸をノックし始めた。
鼻の先がまたジワリと湿るのを感じる。怯えるように身体が小刻みに震え始める。
深く思慮を巡らせることなどできやしない心境だ。
「そんにゃ、お……おみゃーさんと組めば勝たせてくれるったって……、人間の娘がたった一人いてもにゃんとも――」
「――なるよ」
言葉を遮り八重樫は強く言い切った。ビャッコの弱気を拭い去るように。
「でも……、明日はオラが命を賭けても勝てなさそうにゃ戦いにゃ。おみゃーさんが加わったところでとても戦況をひっくり返せるとは……」
「できるさ。全部あたしに任せて」
なんという自信か。
その気になれば簡単に引き裂けそうなほどの矮小な人間ただ一人。とても一騎当千の力を持つ剛将には見えない。
しかしこの自負心を前にビャッコは気圧されていた。
この娘はいったいーー
「ニャ……ニャエガシ、おみゃーさんはいったい何者にゃんだにゃ……?」
ビャッコはおずおずと八重樫を見上げる。
そこにはビャッコとは真逆の、生き抜く覚悟をした瞳が輝いていた。
「軍師よ! あたしは筆頭軍師の跡取り娘なの!」




