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第10話 「名付けて、隠密作戦」

挿絵(By みてみん)


 ウォーーゥ! ウォーーウゥゥ!

 ヒーッ! ヒーッ!

 キャーッ! キャッキャッキャーッ!


 (さえぎ)るもののない広い平野には、動物の遠吠えがよく響く。

 河に近い兵たちには当然のこと、三キロ以上先で控えている兵たちにさえ耳の奥まで届いていた。

 太陽が真南に登りきるあたりから始まった鳴き声は、空が赤く染まっても止む気配がない。


 弱い奴ほどよく吠える、とはよく例えたもので、小蘭(しょうらん)国側にいる獣の群れが攻めてくる気配は全くない。

 いや、吠え始める前には決死の様相で突進してきた獣もいた。

 しかし橋の三割にも到達しないうちにあっさり射殺(いころ)されてしまったのだ。

 そんなやり取りが三回も続けば、知恵の無い獣のといえども本能で悟るはずだ。橋を渡ると命を落とす、と。

 それ以降の五時間以上に渡り、臆病な奴らは遠く離れた場所から、敵が引いてくれるのをただただ願って威嚇(いかく)し続けるほかないのだった。


「……とまあ、あちら側の目にはそんな感じに映ってるだろーね」


「ニャエガシ~、まだ待たにゃきゃいけにゃいのかにゃあ? さっきからオラ虫に刺されっぱにゃしで(かゆ)い痒いにゃん」


「あと少し。ホラさっきから言ってるでしょ? 色んなところに設置し始めたアレに、火が灯る頃が合図だって」


「え~、そんにゃこと言ったって一向に動きがにゃいにゃん?」


「根気根気~。キミたち動物の狩りと一緒。チャンスをジッと待ち続けるのが大事なのさ」


「はやく攻めにゃいと夜ににゃっちゃうにゃお。こんなんじゃあ先陣切って(おとり)ににゃった仲間(にゃかま)たちが無駄死ににゃるにゃ~」


「んもー、わーかってるって。無駄死なんかにならないようにちゃんと考えてあるんだから~。それに説明したじゃん。囮になった子たちは脚に深い傷を負ってて戦力になれない子たちだったの!」


「それはオラも納得してるけど……。あ、あ! ニャエガシ、始まったにゃ!」


 それは平野部の奥の方からポツポツと始まった。

 人の頭上よりも高く立てた組木(くみき)に、松や菜種(なたね)の油を注いで火を点ける。

 月明かりの無い新月であろうと辺りを照らすことができる。

 篝火(かがりび)と言う名の照明設備の確保。

 つまるところ、夜営の準備である。


「よーっし、ようやくオラの出番かにゃ!」


「ふふっ、その意気込みは買うけどまだまだ待って。再奥の陣営からゾロゾロと人が出てきたでしょ? 多分あれが夜の見張り当番だと思う」


「見張り?」


「そう、見張り。人間同士の戦いでも夜に攻め込む場合があるの。だけど照明があるとはいえ夜は暗いから、敵味方の判別がほぼ不可能なんだ。そうなると味方同士による同士討ちをしてしまう危険性があるから、基本的には夜の戦いはしないっていう暗黙の了解があるんだよ」


「ほほーん、そうにゃのか。でもソレ、見張り当番とにゃんの関係があるんだにゃ?」


「夜戦は基本的にはしないけど、夜に攻撃される危険性は否定できないでしょ?」


「にゃ……、ああ。だから見張りにゃ」


「正解。異変が起きたらすぐに全員を起こして、できる限りの足止めをする人たちよ。かなり手強いから気をつけて」


「にゃんと! きっ、気をつけるのにゃ」


 篝火(かがりび)は平野中に広く配置され、地上の星のように輝いていく。

 見張り組とバトンタッチした兵たちは、七百メートルほど退()いた場所でゴザや木の盾を敷き始めた。

 本来であれば三キロ以上先の再奥の陣営まで戻るところだが、この距離感は獣の強襲(きょうしゅう)を警戒してのものだろう。

 それと同時に、小荷駄(こにだ)と呼ばれる運搬部隊が合流する。

 馬の背に食料、水、着替え、食器などをたらふく乗せ、戦場を維持するために必要な物資を提供する。

 まさにライフライン。小荷駄隊無しでは兵たちは三日と存続できないだろう。

 届けられた物資で炊事を始める兵たちは、誰かに命ぜられることもなく、手の届く位置に武器を置いている。

 仮に、今の隙に白虎隊全員で攻めかかったとしても、すぐに返り討ちにされてしまいそうなほどの用意周到さだ。


 一方の見張り組も武装を怠ってはいない。

 弓足軽だけでもおよそ二百人。

 またおそらく農民であろう槍足軽も同程度の数だけ配置されている。

 数だけなら昼間の三分の一程度だが、代わりに照明設備が橋近くと河沿いに多く設置されている。

 夜は暗いとはいえ、動物の襲撃を察知するには十分な量だろう。


「さらにあの焚き火……。篝火(かがりび)に近い場所のあちこちにあるやつ。遠すぎてわからないけど、獣避けと見て間違いないだろうね」


「獣避けって、あの焚き火のことにゃ? オラ、あんにゃの怖くもにゃんともねーにゃ」


「本命は火じゃなくて、あの煙にあるの。木の乾留液(かんりゅうえき)木酢液(もくさくえき)、ニンニクや薬草を合わせたものを燃やすと害獣(がいじゅう)が嫌がる臭いを放つんだ。イノシシとか、鹿とか、農作物に悪さする獣のことね」


「んにゃぁ……。そりゃ厄介にゃね」


「農民の入れ知恵だろうね」


 腰に手を当てた八重樫は、思わぬ障害があったもんだよ全くもう……、と言いつつため息をつく。


 陽は徐々に西の山々に消えていき、東から夜の世界がやって来た。


「……それで、作戦に変更は無しかにゃ?」


「……ない。威嚇してる子たちを山の中へ戻して」


 ビャッコは甲高い声を崖崩れの跡から放り投げる。

 放たれた音が辺りの山々に吸い込まれるように消え、淡く西日が残るうちに仲間たちの姿も消えた。


「さあ、ここからはスピード勝負だよ、ビャッコちゃん」


「わかってるにゃ。暗闇に乗じてオラとニャエガシだけ離れた山から河を渡るにゃ。渡った先の山を駆け回りにゃがら、夜行性で夜目(よめ)の効くネコやテンを片っ端に、できるだけたくさん仲間にするのにゃ」


「その通り。ビャッコちゃんなら大きな声で一気に仲間を増やせるんだろうけど、そうすると河を渡ったことがバレちゃう可能性が高い。だから山を回って少しずつ、(ひそ)かに仲間を集めて行くしかない」


 ビャッコの背中によじ登る八重樫。


「そんで夜中(よにゃか)の内に見張り組の弓足軽隊を叩くにゃ。できるだけ静かに、たくさん倒すことが大事にゃ。敵の弓矢を抑えたら白虎隊に橋を渡らせるのにゃ。本隊が起きてくる前に渡れるかどうかが勝負の分かれ目にゃ」


「百点満点よ、ビャッコちゃん」


 広い背中をポンと叩き、冷静かつ神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでビャッコを褒める。


「行こう。名付けて、隠密作戦」


 陽が完全に沈み、宵闇(よいやみ)が世界を覆う。

 同じ時、大きな虎と小さな少女は音も立てずに(やぶ)の中へ消えていった。

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