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07 : 答えなど出るはずもない自問自答

 創りもの、創りモノ、創リモノ、ツクリモノ……ずっとその言葉が頭の中を渦巻いている。

 その意味するところも分からないのに、普段は凪いでいる心の表面がかき乱されるかのようだった。

 いつも感情などほとんど存在しないコウにとって、このような事態は初めてだ。

 だが、それは新鮮でもあった。

 そんな風に動揺の余韻を愉しみながら、ソルディーノとアルトパルランテが共存する街への帰路を往く。先ほどの道をただ引き返すだけなのだが、今度は来た時とは違う視線が降り注ぐ。

 敵意ではなく怪訝さが主だったそれは、返り血によるものだろうと推察できた。

 頬に着いた血だけを軽く拭い、ワイヤーから伝線した血が固まっていた指を軽くこすり合わせて剥がす。服に付着した血痕は仕方ないが、ソルディーノへ帰れば着替えもある。

 それよりも、早急に戻って事実を確かめねばならない。

 今はセイとコウをただの「迷子係」として戦闘力を侮り、あの程度の刺客しか送られてこないが、相手がアルトパルランテだとするとこの先何が待ち構えているか知れない。

 退屈と相殺できるか……?

 戦闘中の高揚感を思い出し、心拍数が上昇する。

「ボクは狂っているんでしょうか」

 自嘲気味に呟き、血に染まった手を見下ろす。

 いつだったろう、これほどまでに「力」を持つようになったのは。

 この武器をコウに与えたのはシンだ。技術に依るところが大きいが、少ない力で最大限の攻撃が出来る。持ち歩くにも苦労はなく、敵に目視されにくい。セイの持つ銃のように速さと正確さを求められる武器と違い、武器全体の把握と指先の技術がすべてだった。

 殺しが好きなわけではない。

 ただ、命をかけた戦闘を行う時、不確実なコウの中に確実なモノが芽生える気がした。

「『命を賭けた瞬間』が一番落ち着くなど、セイには絶対に言えませんね」

 コウは思考の最後に自嘲気味に微笑(わら)い、周囲に目を向けた。

 もともと喧騒の街とはいえ、雰囲気がどこかいつもよりも騒々しい。

「何故でしょう、今日は騒がしい夜ですね」

 先ほど築き上げてきた死体の山がすでに発見されてしまったのだろうか。それとも――

「コウっ! 見つけたっ!」

 その時、声と共に突然頭上から黒髪の少年が降ってきた。

「……セイ」

 軽い音を立てて建物の二階部分から着地したセイは、コウに向かって満面の笑みを見せた。

 その笑顔に、先ほどまで考えていた事が見透かされる気がして柄にもなく動揺する。

 ツクリモノ。

 その言葉が蘇る。

「逃げてくれ! 追われてんだ!」

「相変わらず唐突ですね」

 この喧騒の原因がまさか相方だったとは。

「知りません、と言いたいところですが、この街でボク達は有名になり過ぎましたから、キミが追われるという事はボクも追われるのでしょう?」

「ま、そーいう事だ」

 セイがぽん、と背を叩いたのを切っ掛けに二人は逃走を開始した。

 追いかけてくるのは、いつも世話になっているこの街の警備員達だ。手に手にレーザー銃や警棒が見えるのは仕方がないとはいえ……

「とりあえず、逃げている理由を出来るだけ簡潔に説明してください」

「あー……えーと……」

 困ったように眉間に皺を寄せたセイは、それでもゆっくりと原因を口にした。

「あの後ダリアに捕まってぇ、よく分かんないうちに酒場に連れ込まれて、あ、コウ、『ルバート』って分かるか?」

「ええ、聞いた事があります。情報危機(サイバーショック)の直前にこの付近を中心に流行した遊びの一種です。情報空間内で疑似神経系を包む防御壁を解除し、ただの情報体となって互いを『混ぜる』という、危険かつ下賤な遊戯ですよ。フィードバックを弱めてはいるものの、下手をすれば廃人になりかねないのですが、安易に快楽が得られるということで、当時の日本政府によって禁止されるまでかなりの人気を博したとか」

「……」

「『ルバート』に参加したのですか?」

「……ダリアに、無理矢理押し込められて」

「そうですか」

 わざとため息をついて見せると、案の定セイはいきり立った。

「違うんだ! 知らなかったんだ! 禁止されてるとか、危険だとか! ダリアがあんな事になるなんて……!」

 そこまで言って、セイはぐっと口を噤んだ。

「ダリアが、どうなったんです?」

「……本体が、壊れた」

「精神崩壊ですか?」

「ああ。あと、たぶん内臓系もけっこう……空間に残った方は不協和音(ディッソ)になって……酒場のマスターが病院と警備に連絡したら、何故か俺が追われる事になっちまって。俺は何もしてねぇって!」

 この台詞だけで、セイの困惑が伝わってくる。

 「ルバート」は危険な遊びだ。幾人もの精神崩壊者と死者を出したそれは、政府の厳重な取り締まりの元、禁止された。

「ダリアの不協和音(ディッソ)はどうしました?」

「……その場で処理した。どうしようもなかったからな」

「分かりました。とりあえずソルディーノに戻ってシンに報告しましよう」

 不協和音(ディッソ)係が不協和音(ディッソ)として迷子係に処理される。

 まるで、陳腐かつひねりのない言葉遊びのようだ。

 不協和音(ディッソ)は情報空間におけるバグだ。生体を模した情報は想像を絶する量となる。そして、膨大な情報体というものは、存在するだけでどこかにバグを生じるものなのだ。

 周囲に悪影響をもたらすバグを包有した巨大な生体情報――それが、不協和音(ディッソ)と呼ばれるモノ。

 迷子(トリル)不協和音(ディッソ)は紙一重だ。情報のどこかに悪意のあるバグを生じているかどうか、という非常に曖昧な定義で区別される。また、意思はあるか、修復可能か、生体は存在しているかなども重要なファクターだ。

 だが、それは果たして生き物か、否か。

 意志を持つ情報体は消されるべきか、それとも保護されるべきか。元は人間であった「不協和音(ディッソ)」の処分は、人殺し(・・・)か否か。

 その議論は今も続いていると言っていい。

 しかし、不協和音(ディッソ)は周囲を侵食する。バグは感染し、感染したソフトを不協和音(ディッソ)に変える。回線を使って移動し、サーバーを次々に破壊していく。

 そのため、暫定的に基準を設定して迷子(トリル)を保護、不協和音(ディッソ)は処分しているのが現状だった。

 事後処理機関ソルディーノの役割は、日々街に運び込まれるサーバーから迷子(トリル)をより分け、不協和音(ディッソ)を抹消する事。

 今も虚構(タチェット)内には多くの迷子(トリル)が取り残されており、さらに多くの不協和音(ディッソ)が存在する。

「実は先ほど、ボクもアルトパルランテの方々に襲われたところです。どうやら、それは今日保護した迷子(トリル)が関係していると思われます」

「うっわ、マジで? あ、ほんとだ。服に血がついてら……殺した?」

「ええ、向こうはこちらの命を狙っていましたから。いずれにせよ、アルトと警備、どちらももうボクらの手には負えません。とりあえず警備を撒いて、すぐにソルディーノへ戻りましょう」

「ああ、もう本当に今日はついてねぇー!」

「残念ながら同感です」

 セイの叫びとコウの呟きは、暗闇の街の喧噪に紛れて消えていった。





 隣街からは数キロあるが、二人は追手を撒くための寄り道をしながらも30分ほどで駆け抜けた。

 ソルディーノ本部に飛び込み、息を整える。

「くっそ……最悪!」

「……同感です」

 それでもまっすぐにシンの部屋へと向かった。

 セイがぜぃぜぃと荒い息のままシンの部屋の扉を開け放つと、シンは相変わらず背を向けたまま、かたかたとキーボードの音を響かせていた。モニターでは凄まじい速度で数字と英字が駆け抜けている。

「よぉ、今度は早かったな、くそガキども」

「はぁ?」

 セイは眉を寄せる。

「待ってた、って事だよ、迷子係」

「どういう意味ですか? あと、出迎える時はこちらを向いてください」

「相変わらずだな、コウ」

 シンはそう言いながら振り向いた。

 が、その瞬間、シンの持つ気配が一変した――ぞくりとするような怒りのオーラが全身を包み込んでいる。

 いつものらりくらりと人を煙に巻くシンらしくない。

 相変わらず緩い口元にはタバコが煙を揺らめかせているというのに、全く雰囲気が違う。

 すべての物を屈服させる絶対的な圧力だ。

「どっかのバカが先走ったせいで、大変な事になってんだ。手伝え、お前ら」

 ああ、これはシンの本気だ。

 コウは唐突に理解した。おそらく、何かのっぴきならない出来事が生じている。それは、シンが本気を出さないと収拾できないほどに事態が広がっている。

 コウは一度たりともこのやる気のないボスを過小評価した事はない。

 この人の持つ能力は計り知れない。

 これまでコウが出会った誰よりも強く、理知に溢れ、広大なカリスマ性を有している。普段はそれを気付かれないよう、どこかに隠し持っているとしても。

 いつもののらりくらりとした態度からは想像もできないような空気に、セイが首を傾げる。

「あれ? シン兄……だよな?」

 しかし、普段と雰囲気ががらりと変わったその姿こそ、おそらく本来のシンの姿だ。

 ソルディーノ創始者、シン=オルディナンテ。弱冠26歳にして5つの肩書きを持つ狂科学者(マッド・サイエンティスト)

 彼は煙草をくわえたまま煙を吐き、セイに向かって呆れたように言い放った。

「何を寝ぼけたこと言ってやがる。しっかりしろ、セイ」

「いや、まあ、その……いいや」

 不思議そうに首を傾げながらも、セイは納得したようだ。

 シンは加えていた煙草を床に落とし、スニーカーで火を踏み消しながら一枚のブルーレイディスクを投げて寄越した。

「シン兄、この時代にブルーレイって……」

 100年以上前の遺物。端末を探す方が大変だ。

「あとでそれ、二人で見とけ。見終わったら、叩き割れ」

 つまり、極秘情報という事だ。わざわざブルーレイディスクなどという古い情報媒体を使ったのにも、簡単に読み取らせないという意図を持っての事だろう。

「んじゃ、簡単に説明する。ちょっとこっちこい」

 シンの手招きでモニターの傍に寄る。

 と、角度を変えると覗き込めないようにしてある一番上のモニターに、見覚えのある女性のバストアップが映っていた。

「……あ」

 セイはあからさまに嫌そうな顔をして女性を睨みつけた。

 ミリアナ=アルト=ヴェルジネ。アルトパルランテのサーバーで拾った、不思議な迷子(トリル)

 おそらく、コウが先ほどアルトの手の者に襲われた原因。

 さすがにコウも警戒を強めた。

「さっき拾ってきたこいつ、生体を失った情報体である迷子(トリル)っつったが、実は生存中にコピーした『生体のバックアップ』だ。ミリアナ=ヴェルジネという名の女性研究員が有事の為に作っておいた亡霊なんだが……」

「亡霊って言い方はやめて。生体が消失した今、あたしはバックアップじゃなくて迷子(トリル)の定義に区分されるわ」

「同じだ、バックアップも迷子(トリル)不協和音(ディッソ)も」

「まったく……貴方ときたら、変わらないわ」

 頬を膨らませたミリアナはセイとコウの方に視線を戻すと、腰に手をあてて宣言した。

「さっきので貴方たちの戦闘力は大体分かったわ。文句無し、合格よ。だからあたしに手を貸しなさい」

 この偉そうな物言いにセイがどこまで耐えられるか……コウにとってはそちらの方がよっぽど重要な課題だった。





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