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02 : ようやく何か始まるかもしれない邂逅

 転送が終了し、視界が晴れる。

 情報空間内は常に暗黒で覆われている。その中で、あちこちが欠けてしまった黒の立方体として認識できる壊れかけたソフトや、すでに何なのか判別も出来ない情報の欠片が浮遊していた。

 上下の間隔が薄い情報空間内で、信じられるのは自分の五感だけだ。

 と、言っても情報空間に空気が存在しないので、疑似神経系を周囲のソフトとの混合から守るための防御(ブロック)で感知できる触覚、装着したスコープから入る視覚情報、ヘッドセットによる聴覚情報の3つが感覚神経系に接続されている。無論それも概念を意識化して疑似神経に送り込んでいるだけで本当に見聞きしているわけではないし、声帯を震わせているわけでもないのだが。

 さらにセイは腰に旧式の拳銃――あくまで本人は護身用と言い張っている――を提げている。

 もちろん、情報空間内において火薬で銃弾を打ち出すなどという事はない。

 発射されるのは圧縮(コーダ)プログラムを内包した疑似銃弾、あるいは予備の自己破壊(フィーネ)プログラムを内包したモノ、そして接触した部位を破壊する情報破壊(セーニョ)プログラムの三種類。

「聞こえるかー、コウ」

「聞こえますよ」

 耳元からセイの呑気な声が響いてきた。

 ヘッドセットの感度は良好。セイの調子もよさそうだ。

 すべて疑似感覚だとは分かっていても、まるで隣にセイがいて喋っているような感覚を受ける。

 ゼロとイチだけの情報体でしかないというのに、まるで生きているモノのであるかのような感覚に支配され、虚構(タチェット)と現実を繋ぐ一瞬と同じ不安が全身を駆け抜けた。

「全く、シン兄は相変わらず乱暴すぎるぜ。迷子(トリル)の容姿すら分かんねーじゃん」

「この辺りにいるのは確かなのでしょう? おそらくすぐに見つかりますよ」

 コウが棘腕輪(スパイクバングル)に仕込んだワイヤーの調子を確認しながらセイの方を見ると――これもあくまで概念的な事で、実際に情報体が動いたわけではないのだが――彼も銃を軽く手入れし終えたところだった。

 迷子係と言うには少々好戦的な二人組、それが「ソルディーノ」に属する赤目のコウと黒髪のセイ。何気にこの業界では名の知れたコンビである。

「それじゃ検索、頼むぜコウ」

「またキミはそうやってボクに押しつける」

 初期教育課程を指折りの速度で終えたコウに負けず劣らず、セイはあらゆる分野の雑識に深い。

 にもかかわらず、コンビを組んでからというもの、常に働くのはコウの方だ。戦闘となれば率先して動くというのに、それ以外は全く手を貸そうとしない。

 信頼を受けていると言えば聞こえはいいが、セイの場合はただ単純に自分が楽をしたいだけだろう、とコウは認識している。

 仕方なくスコープの解析をオンにして周囲を認識すると、暗黒の背景にぼんやりと浮かび上がる朱のラインが何本も視界を横切った。さらに、壊れたソフトが林立する遥か彼方に、未だ稼働を続けるソフトの起動光が見え隠れしている。

 セキュリティが生きており、さらにソフトが起動している。

「位置は特定できませんが、ここのセキュリティはまだ生きているようです。しかも、広さが尋常じゃない」

 コウの言葉で、セイは眉を寄せた。

「でも、この街でソルディーノ以外の生きてるサーバーなんて数えるほどしかないだろ?」

「……ええ」

 コウは自分の嫌な予感が当たらない事を祈りつつ、周囲の迷子(トリル)探索を開始した。

 その横で欠伸をしたセイが肩をすくめる。

「通常空間なら大声で呼べば済むっつーのに」

 虚構(タチェット)内ではそうもいかない。音を伝えるという事は、相手の神経系に電気信号を送る、つまりは多少なりとも相手の情報を書き換える行為に当たる。

 情報化する際に防御(ブロック)がかけられる神経系情報体に対して許可なくアクセスし音を伝える事は不可能だ。少なくとも自分が相手を認識し、相手が自分を認識した上で許可を得、音声情報を受け渡す必要がある。

 だから、この辺りとは言っても何処にいるのかも分からない相手を声で呼ぶ事は理屈上できないはずだった。

 ところが。

「『ソルディーノ』の迷子係かしら?」

 突如、二人の耳に凛とした女性の声が響いた。

 今の時点で、この場にいるお互いと組織の主要施設(メイン)以外にアクセス許可は出していない。知らない声が響くはずはないのだ。

 はっとして振り向いたコウの目に飛び込んできたのは、声に似合う、自分より少し年上の女性だった。

 丈の合わない薄汚れた白衣を纏っているが、小汚い感じはない。ふわりと揺れる淡い金髪が頬にかかり、くっきりとした顔立ちを彩っていた。薄いレンズの向こうに翡翠の瞳がはめ込まれた、意志の強そうな目。

 その瞬間、セイが躍り出る。

「……お前、何者?」

 セイは拳銃を構え、銃口を女性に突き付けた――繰り返しになるが、この行動も実際に銃口を突き付けているわけでなく、いつでも圧縮(コーダ)プログラムを射出できる体制に入っただけだ。ただ、概念的に視覚情報としてそう映るだけ。

 アクセス許可なしに声が聞こえる、それはすなわちハッキングされた事に他ならない。

 もしハッキングを受け、破壊された生体情報がフィードバックによって現実の肉体にそれが伝われば最悪の事態だ。

「やはりそうね、黒髪がセイで、赤目がコウ。噂通り、好戦的な迷子係だわ」

「まさか、同業者ですか?」

 だとすれば、ハッキング行為はマナー違反だ。確実にこの業界で地位を失う事になる。何より、ここはシンが統率するソルディーノの担当区域のはず。領権侵害の疑いも浮上する。

「違うわ、あたしは迷子(トリル)よ。あなたたちが迎えに来てくれるのを待っていたの」

迷子(トリル)が問答無用で迷子係をハッキングするわけ? んで、自分が迷子(トリル)だと宣言するっつぅの?」

「……勝手に話しかけた事は謝るわ。だって、早く気づいて欲しかったんだもの。でも、あなたたちに危害を加える気は全くないのよ」

 その女性は両手をあげて降参のポーズをした。

 しかし、セイは銃口を逸らさない。

 このままでは埒があかないのでとりあえず目の前の女性を解析してみると、防御(ブロック)は残しているようだが、彼女にユニゾンの形跡はない。完全に生体から切り離されているようだ。

「セイ、これは本物の迷子(トリル)です」

「気に入らねぇな。自我の強すぎる迷子(トリル)ってのは……じゃあ、元の体の記憶も完璧なわけだ」

「当たり前でしょう。それより、コウ、女性に向かって『これ』って言い草はないわよね?」

 銃口が自分に向いているというのに、それを感じさせない強い物言い。

 本当に、不思議な迷子(トリル)だ。

 普通の迷子(トリル)ならば、生体から切り離されたショックでいくらか情報体にもダメージが加わり、よくても記憶喪失、悪ければ人格崩壊が始まっている場合もあるというのに。

 この迷子(トリル)は自らの記憶どころか、コウたち「ソルディーノ」の事まで知っている。その上、ハッキングする能力すら有している。

 このまま放置するのは危険。

「セイ、『彼女』を連れて一刻も早く戻りましょう」

「はぁ? ここでこいつを圧縮すれ(つぶせ)ば同じ話じゃね?」

「そういう過激な発言はやめてください。そのせいでボク達が野蛮だという噂が広まっているんですよ」

「……ちっ」

 舌打ちしたのはわざとだろう。

 それでも銃口を彼女から外す事はしなかった。

 コウは本部と回線をつなぎ、迷子(トリル)回収の報告を行い、回収要請を出した。強制的に「ソルディーノ」のサーバーに送還されるのは時間の問題だろう。

「大人しくしてろよ、これ以上少しでも俺達にハッキングかけてみろ、その頭、ぶっ飛ばすからな」

 すると彼女は、セイの言葉に怯むどころか強気な笑みを見せた。

 向けられた銃口を指差し、当たり前のように言い放つ。

「それは圧縮(コーダ)プログラム? それとも、自己破壊(フィーネ)プログラムの方なのかしら?」

「?!」

 その言葉にはさすがに感情表現に乏しいと普段から言われているコウも一瞬目を細める。

 セイの銃弾は、シンにしか作れない非常に特殊なものだ。ある種のウィルスをベースにして作成したもので、情報体を圧縮させて持ち運ぶためのプログラムを内包した圧縮(コーダ)プログラムと、情報体を「ゼロ」と「イチ」に分解してしまう自己破壊(フィーネ)プログラム、そして普通の銃弾と同じ、接触した部位を破壊するだけの情報破壊(セーニョ)プログラム。セイは全部で3種類の弾を使い分けているのだ。

 無論それは、組織内でも知らない人間の多い、謎に包まれた武器のはず。

 それすら知っているとなると、この女性はただ者ではない。

「キミは何者ですか?」

 目の前の迷子(トリル)を危険因子として認定。

 攻撃可能なモードに切り替え、解析オン、迎撃準備完了。

 殺傷能力のあるワイヤーが棘腕輪(スパイクバングル)から飛び出した。

 彼のワイヤーもセイの持つ拳銃の銃弾と同じ、3種類収納されている。傷つけられれば即座に自己破壊(フィーネ)プログラムが作動し消滅に至るもの、縛り上げる事で相手を圧縮状態にする圧縮(コーダ)、そして単純に相手の情報を切断という形で傷つけるだけの情報破壊(セーニョ)

「あら、女性に名前を尋ねる時は自分から名乗るものよ?」

 妙に落ち着いているませた口調がさらにセイの神経を逆なでしたらしい。

 つい先ほど現実世界の街で喧嘩を売ってきた男にキレたばかりだというのに、セイの整った顔立ちにうっすらと笑みが張り付いた。

「お前にそんな選択肢、あると思うわけ?」

 一瞬で間合いを詰め、銃口を直接陶器のような肌色をした額にゴリ、と押し当てる。

 彼女はそれでも怯まなかった。

「そんなに聞きたかったら名乗ってやろうか? 俺は『ソルディーノ』の構成員、セイ=オルディナンテ。通り名は、知ってるな?」

 銃口よりさらに闇の瞳を近づけて、セイは囁くように脅した。

「勿論よ」

 眼鏡の奥の緑翠は、まるで退く事を知らないかのようだ。

「『漆黒の永久灰燼(ジ・エンド)』……狙われたら、終わり(ジ・エンド)。時代錯誤な旧式の回転式拳銃の使い手で肩書き所有者」

「正解」

 言葉と同時に撃鉄(ハンマー)に指をかけたセイ。

 少しでも抵抗すれれば即刻撃つ気なのだろう。それも、圧縮(コーダ)プログラムではなく、発動の速い自己破壊(フィーネ)プログラムの方を。

「じゃぁ、コウの事も知ってるか?」

 ところが、相手が口を開く前にヘッドセットから危険を知らせる信号が鳴り響く。

「あ、セキュリティに引っかかったんじゃね?」

 呑気なセイの声と裏腹に、コウの脳内を瞬時に何通りかの対処策が駆け巡る。

 そして、判断は一瞬だった。

「逃げましょう、セイ!」

「逃げるって……どこへだよ?!」

「ここはサーバーの端部と思われます。ワーム型の排除機構が襲ってくるでしょうから、それに捕まらないようとにかく移動してください! おそらくソルディーノからの強制送還まであとほんの少しです」

「めんどくせぇ」

 そう言ったセイは、それでも銃を突き付けていた女性から銃口を外した。

 少なからず彼女の肩から力が抜けたところを見ると、やはり先ほどの強い口調も虚勢だったに違いない。

「その迷子(トリル)は頼みます」

 コウは武器(ワイヤー)を周囲に取り巻いて、くるりとセイに背を向ける。

「あっ、コウ、お前、自分だけ戦うつもりだなんだろ?! 抜け駆けはゆるさねーぜ」

 セイの言葉で肩越しに振り向いたコウは、珍しくいくらか微笑んでいるようにも見えた。

「ボクもたまには運動しないと鈍ってしまうんですよ」



通り名は「二つ名メーカー(http://pha22.net/name2/)」よりお借りしました。

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