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14 : 最悪の災厄の回想

 シンは周囲のパネルをほとんど消し、代わりに先ほどミリアナが使ったような青い光の粒を一つ、指先に止まらせた。

 目の前には真っ赤な口を開けた駆除狼(セキュリティ・ウルフ)

 追尾型のセキュリティであるならば、形を整える必要はない。触れれば情報体を分解する、という特性を持つために、形はどのようなものでも効果は同じなのだから。

「最初に言っておくけど、あの牙と口は洒落で付けてあるだけで全身武器だから」

 ミリアナが後ろから声をかける。

 振り向くどころか返答もせずに、シンは指先を駆除狼(セキュリティ・ウルフ)に向ける。それだけで、青い光の粒を駆除狼(セキュリティ・ウルフ)の口の中に放り込んだ。

 その光はなす術もなくセキュリティ内部に取り込まれていく。

 そして、それを契機に追尾型駆除狼(セキュリティ・ウルフ)がシンに突進した。

 ところが。

 まるでシンとミリアナを包む見えない壁があるかのようにその直前でぴたりと停止した。

 いや、四肢は前に進もうと疑似的な床に引っかけ、もがいている。それどころか、前足をその壁に叩きつけているようにも見える。

 ちょうど二人を包むドーム型に防御壁が張り巡らせてあった。

「さっきから準備してたのはこれだったのね」

「ああ、即席にしちゃかなり丈夫だぜ?」

 頭上で奮闘する狼型のセキュリティをのんびりと見あげ、シンは再び周囲にパネルを浮かべた。

「あともう一個、作ってたんだよな。そっちも起動するか」

「……楽しそうね」

「理論を実践で試せる機会なんてそうないぜ? お前も今のうちにいろいろ試しとけよ」

 それを聞いてミリアナはため息をついた。

 どこまで行っても科学者は科学者。頭の中で構築した理論を試さずにはいられない人種なのだ。無論シンだけでなくミリアナも、この先に待つ金髪碧眼の同僚も。

「相手にとって不足はねぇっと言いたいところだが、残念ながらこいつじゃ役者不足だな」

 情報空間に音が存在したなら大きな唸りを上げ、がりがりと爪を立てる音が響いていただろう。

 そして、全身を何度も防御壁に叩きつける駆除狼(セキュリティ・ウルフ)は、徐々に防御壁を侵食しつつあった。

 ぐにゃり、と空間が歪み、ゆっくりと防御の天井が下がってくる。

 最も、外枠とはいえアルトのセキュリティをこれだけの時間押し留めていた強度を賞賛すべきだが。

「あれに触ったら、さすがにひとたまりもないわよ?」

「んー? ま、見てなって。発動まであと12秒だから。10、9、8……」

 楽しそうにカウントダウンを始めたシン。

 駆除狼(セキュリティ・ウルフ)の爪がとうとう防御壁を切り裂いた。

 漆黒の塊がシンとミリアナの頭上に降ってくる。

「2、1……ゼロ!」

 が、シンのカウントの方が早かった。

 何の音もなく、目の前の漆黒の塊は一瞬にして霧散した。

 代わりに目の前に広がったのは、青い光の粒。

 無数に増殖したそれは、セキュリティ内部から弾けるように飛び散った。

「はい、完了」

 ぽん、とパネルを閉じたシンは振り向いた。

 跡形もなく消え去ってしまった駆除狼の残滓を見つめながら、ミリアナは愛らしく首を傾げる。

「ワームの一種だったのかしら? セキュリティを分解したように見えたけれど」

「いや、どっちかというとウィルスだ。情報危機(サイバー・ショック)の時のウィルスを参考にして作った逆転写・アポトーシスプログラムみたいなもんで、ずいぶん前に考えてあったんだが、なかなか使う機会が」

「何ですって?!」

 ミリアナの眉が跳ね上がった。

「あなた、あの『冥界(インフェルノ)』をいじくったの?! 馬鹿じゃないの?! また広がったらどうするつもりだったの?!」

「何を今さら……迷子係にやった武器だってベースは同じだぜ? かなり機能を限定したからユニゾンの情報体には効かねえが」

「そう言う問題じゃないわよ! バカ!」

 ミリアナの剣幕に肩を竦めたシンは、新しい煙草に火をつけた。

「あのウィルスがどれだけの人間を殺したと思ってるの?! フィードバックで亡くなった人間がどれだけいたと思ってるの?! 本当に世界を滅亡させる力を持ったウィルスなのよ……自覚しなさい!」

「自覚したから使ってんだろうか」

「何を言ってるの、手に余る力を無暗に使うなんて、それじゃ聖譚曲(オラトリオ)を完成させようとしているクライと同じよ」

「俺はあいつとは違う」

 シンの声が一段低くなった。

 その豹変にミリアナは口を噤む。

「俺は全部分かってやってる。もちろん、武器を与えたあいつらも分かってる。ジニアすら自分の持つ武器を理解した。自分が持っているモノが何なのか、どういう危険があるのか、もしそれが暴走した場合どう対処するのか――何を捨てても避けるべき事態も」

 煙草の煙を吐き出し、シンは青い瞳で真っ直ぐにミリアナを見た。

「あいつは分かってねえよ。自分の創ってるモノが世界を崩壊させる可能性をもつって事が、全く分かってねえ」

 原子具現化がいったいどれほどの可能性を持つのか。

 それは「魔法」だ。ファンタジー世界が実現するという事なのだ。

 何もない場所から「何か」を生み出す技術。エネルギー条件さえ満たせばとうの昔に枯渇した石油を創りだす事も、核をその場に生みだす事も、それこそ魔法のように岩や水を具現化する事さえ可能だ。

 突飛な話、材料さえ整えば地球をもう一つ作りだす事も可能になる技術なのだ。

「まだいい面しか見ちゃいねえ。分明ってのは確かに偉大だ。だがな、表があれば裏がある事を絶対に忘れちゃいけねーんだよ」

 シンはそこまで言うと、セキュリティが消失しまたもとの暗闇の世界に戻った情報空間内を歩きだした。

「だから、まだ早い。あれは今の人間が持つには大き過ぎる力だ――」

 本当なら、もっと早くに止めるべきだったのだ……シンは苦々しい思いで前を見据えた。






 ちょうど迷子トリルが次々にウィルスによって消滅していくという現象が情報空間内を埋め尽くしていた頃――10年前。

 とうとう、生体と繋がれた情報体にウィルスが感染した。

 そのウィルスの名は「冥界(インフェルノ)」――逆転写コードと壊死(アポトーシス)プログラムを持ち、驚異の感染力を持った破壊的なものだった。

 ユニゾン・システムで情報空間に入り込んだ情報体が突如消失し始めた。

 その感染速度は想像を絶し、ほんの10日間で全世界のネットワークを覆いつくした。

 ユニゾン状態でそのウィルスに感染すれば、現実世界の生体にも影響が出る。それも、消滅が唐突過ぎるために約30パーセントの確率で現実世界の生体がショック死を起こすのだった。

 世界中が突然死した遺体で溢れ返った。

 特に情報空間内に本社を持つ組織や政府も多く、労働者や要人から順に命を落としていくという最悪の事態。

 収集しようにも政界の重役は既に故人、しかもネットワークが使えない事で情報が滞り、被害はさらに拡大していった。

 そんな中で比較的被害の少なかった南半球の国々はいち早く対策班を立て、何より先に情報空間を完全に遮断した。




――情報危機(サイバーショック)




 情報空間を閉ざした混乱の事を俗にそう呼んでいる。

 もちろん遮断したからと言ってすべてが解決するわけではない。

 何より緊急を要したために情報空間から全員が退避し終わる前に切り離しが行われてしまったため、さらに被害者の数は増えていった。

 情報空間にいた20から60歳までの被害が特に多く、情報大国とも呼ばれた先進国では子供と老人の割合が激増、社会のバランスは一気に崩れ、ネットワークの遮断による食糧供給不足、交通麻痺などの二次災害が勃発。

 情報危機から向こう2年間は世界が地獄(インフェルノ)と化した。

 世界政府が設立されたのは、情報危機(サイバーショック)からわずか半年の事だ。崩壊した国家を撤廃し、大陸をいくつかのブロックに分けて支部を設置、事態の収拾に乗り出した。

 最初の2年でライフラインを。そして、次に行ったのは教育機関の設置だった。

 特に被害の大きい先進国での生き残りは子供達が中心だ。まずはそれを救わねば未来がない、という当時の世界政府総帥プレトリアの思想を反映したものだった。

 セイたちの所属する極東地域は特に被害が大きく、廃墟と化していたためにテストケースとして最も早く教育機関が取り入れられた場所だ。

 とはいえ、10年が過ぎた今も澱みは多く、未だソルディーノのような閉ざされた情報空間、「虚構(タチェット)」の整理をする事後処理機関や、秩序を少しずつ是正していく世界政府直属の警備隊などがいそがしく働きまわっている。

 コウ達の年代では情報危機(サイバーショック)による孤児が非常に多かったのだが、世界政府の働きで保護・教育され、今では事後処理機関など特殊な部門で働く主要世代になった。




 シンは情報危機の際、すでにアルトパルランテの研究員だった。

 あの時の混乱は今となっても忘れ得るものではなく脳裏にはっきりと焼き付いている。

 同僚も失った。家族も混乱で行方不明になった。そして恋人も――腐臭漂う大量のユニゾン・システムが廃棄されて行く光景は目を閉じれば昨日の事のように思い起こされる。

 もう、あんな悲劇を見たくはない。

 聖譚曲(オラトリオ)が完成すれば、再び世界が『そう』なってしまう可能性が非常に高い。

「行くぞ、ミリアナ。二枚目の防御壁(ファイヤウォール)だ」



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