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12 : 不協和音への鎮魂歌

 侵入は迅速に、目立たず、気づかれずに――

 が、鉄則なのだが、鎖や装飾を音がするほど装着したコウとセイ、人形のような服を着たジニア、それにどう見ても真っ当な職業についていると思えない汚れたジャケットに咥え煙草のシンというメンバーでは、目立つなという方が酷だ。

「お前ら、とくにそこの赤目と黒髪は相当有名人だ。アルト内でも知っている奴は多いだろう。隠れて侵入するのは不可能と判断した」

 妥当な判断だ――コウはそう評価する。

「よって正面突破する」

 シンの号令で、4人は街から数キロしか離れていない世界政府極東支部が存在する都市に向かった。

 ミリアナは、虚構(タチェット)内に張り巡らされたアルトのセキュリティを破った後、カラムとスフィアがソルディーノの本部から直接転送してくれる事になっている。

 よって、物理的にアルトパルランテ本社に侵入するのは、指揮を執るシン、それにセイ、コウ、ジニアの4人という事になる。

 リングホンからカラムの声が届く。耳の穴の中に装着する小型の音声受信機で、骨伝導を利用するため周囲に音が漏れる事もない。

「聞こえますかー。聞こえたら返事してねー」

 さらに首には口に出さなくとも喉の奥を震わせるだけで音を伝えてくれる高性能の受音機が仕込んだチョーカーをつけている。

 最も、この機械を使いこなすにはそれなりの訓練が必要だが。

「はいはーい、ありがとー。全員、感度良好っ! がんばれよー」

 呑気なカラムの声がきんきんと頭に直接響く。

「ったく、カラムのヤツ、テンションたけ―な」

 隣で同じようにこめかみを押さえたセイは、ぼそりと呟いた。ジニアはいつものように表情もなく真っ直ぐに前を見ている。

 シンはそんな3人の様子を見て鼻で笑うと、レンタルのリニアカーを一台借りた。

 どうやらこれでアルトまで向かうらしい。

「てなことで、俺らはこれからアルトに向かう訳なんだが、侵入が一番面倒だから適当に入る事にした」

「……もう少し詳しい説明をお願いします」

「んー、まあ、俺は5年前までアルトにいたわけで、内情はちぃっと分かってる上に知り合いも多い。だから、昔の知人を偶然思い立って尋ねるって事で、受付を通る。あれさえ通ってしまえばあとはザルみたいなもんだ。警備員はレーザー銃携帯だからそれだけ気をつけろ。人数少ない場合は問答無用でぶっ倒して隠しておけ」

 本当に適当ですね、とは言わなかった。シンが言うのだからほぼ確実に侵入できると見ていいだろう。この上司が見た目によらず計算高く、広い人脈と卓越した頭脳の持ち主だという事は分かっている。

 それもおそらく、アルトパルランテにいた頃は要職についていたはずだ。

「地図は頭に入ってるな? もしバラバラになっても、ポイントAで集合、人数が揃わない場合は待機だ。完全にあの部屋を隔離しなければ意味がないからな」

 そうだ。あの部屋を制圧できるかどうかにすべてがかかっている。

「アルトなんてセキュリティに頼りっぱなしのボンクラ集団だ。生きるか死ぬかの世界(タチェット)で戦ってきたお前らの敵じゃねえよ」

 仮にも天下の大組織アルトパルランテをさらりと扱き下ろし、シンはリニアカーのハンドルを握った。

 自動操縦でも構わないはずだが、どうやら手動運転でアルトに向かうらしい。

 大粒の雨が空中路を包む有機硝子を叩き始めた頃、4人を乗せたリニアカーはアルトパルランテに向かって発進した。




 リニアカーの中にいても感じられるほどの強い雨粒が硝子チューブを叩いている。

 車内で会話はなく、ただ、暗記した事を口の中でぶつぶつと繰り返すセイの声だけが鈍く響いていた。

 沈黙の中、アルトパルランテまでは数キロ、わずかな時間を要しただけだった。

 目の前、雨の向こうに巨大な建物が迫ってくる。

「最後に確認する。侵入したら最初にポイントA制圧、セイがしんがりで確認、ジニアは俺の補助、その間にセイとコウが全面ロックを発動する。コウ、やり方は覚えたな?」

「はい」

「シン兄、何で俺に聞かないんだよ」

「キミの記憶力を考慮に入れれば、言わずとも分かるでしょう」

 すぱりと切り捨てられてセイは不平不満を浴びせかけるが、コウはそれをすべて無視した。

 黒々と開く入口は、リニアカーが次々と吸い込んでいく。空中路が続く先は敵陣。

 いつもの任務とそう変わらない。ただほんの少し複雑なだけ――コウはそう思っていた。





 そして数分後、4人はアルトの廊下を全速力で駆けていた。

「シン兄、マジですげーな。受付、あっさり通れたぜ!」

 やはりシンは過去かなりの要職についていたのだろう、ほぼ顔パスで受付を素通りした一行は、社員の怪訝な顔を無視してエレベーターに搭乗、受付で指示された102階で降りたと見せかけて200階へあっさり侵入した。

 周囲の視線に曝される前に、人気のないビルの裏側通路に入り込む。

 これが鉄壁を誇るアルトのセキュリティ……?

 コウは怪訝に思ったが、罠と気付いても戻れるものではないし、戻る意味はない。とにかく聖譚曲オラトリオがある最上部に辿り着いて、破壊してしまえばこちらの勝ちだ。

 人気のない通路を、4人は駆けていた。

 もちろん認証コードの必要な扉が何枚もあったのだが、リングホンから届く本部のカラムたちの指示で――つまり、つい最近までアルトに勤めていたミリアナの指示で次々に突破していった。

 その合間にスフィアからの警告が入る。

「今使っている認証コードはミリアナのものらしいの。おそらくこの認証を使えばまずセキュリティ部門にミリアナが帰ってきた事が通達されるそうよ」

 シンが了解の意を伝え、さらに並んで走る3人の部下に声をかける。

「ここは倉庫ばかりの下層部だから人が少ないが、この先はいつ人に会うか分からん。散るぞ。各自対応しろ」

 シンとジニアは共にエレベーターを使う。

 こくり、と頷いたセイとコウは非常扉に飛び込んだ。二人は原始的に階段で上る事になっている。こちらには、まず人がいるはずはない。

 カラムの指示で何枚かの扉を抜け、最後に分厚い鉄の扉――最近では全く見かけなくなった素材だ――を開くと、二人を雨交じりの強風が襲った。

 眼下に広がるのは自分たちの街。

 見上げれば、大きな窓ガラスが幾枚も張られた200階以上の区画が天にのびている。

「あのさー、コウ。この非常階段て、何で作るわけ? 侵入してくれって言ってるようなもんじゃねえの?」

「まさに非常用ですよ。電源が落ちる事はまずないですし、いくつも自家発電と蓄電がありますから大丈夫だとは思うのですが、それらすべてがダウンした非常事態に、このビルを脱出する経路を確保するためです。最も、この階段も長い間使われていないようですが」

「ここから避難すんの? 普通の人間が?」

 階段とは名ばかりの有機素材の壁に張り付いた梯子としか呼べないような不安定な足場。下を見れば、足の隙間からはるか下に先ほど通ってきた空中路が見え、さらに吹きさらしのこの場所では風も強く雨が打ち付ける。

 とても普通の神経でこの階段を200階分も下れるとは考えにくい。

 落ちた方がよっぽど速い。

 二人にとっては十分な足場だが、研究ばかりのアルト職員がここを降りられるとは思えない。それこそ、二次災害だ。

 肩を竦めたセイに視線を遣り、まるで平地を走るかのように駆け上がった。




**********




 一方、シンとジニアは堂々と通路を歩いていった。

 どこに持っていたのかシンは白衣を纏い、小さなジニアの手を引きながらエレベーターに向かって行く。

 対面から白衣の男性が歩いてきたが、一瞬怪訝な顔をしただけで素通りした。

 ジニアは素通りしていったアルトの研究員を不思議そうに見送ってから、かなり高い位置にあるシンの顔を見上げた。

「何で怪しまれないのか、って不思議そうな顔してんなあ」

 シンはぐしゃぐしゃ、とジニアの黒髪を撫でた。

「研究者ってのはな、自分の研究以外に興味ねぇんだ。しかもここはアルトの上部区画。何重ものセキュリティの内側だ。まさか怪しい人間がこんな所を歩いてるなんて誰も思わねえよ。特に、白衣を着ている人間に関してはな。そして手を繋いでるお前はその身内ってわけだ」

 それを聞いてジニアは返答もなくまた視線を落とした。

 堂々とした正面からの侵入。何の臆面もなく敵陣内を闊歩し目的地へ向かう――大胆ではあるが、逆に盲点を突いた作戦ではある。下手に無茶な侵入を試みるより成功率は高く、気づかれにくい。

 それもこれもすべてシンが元々ここの研究者であり、さらにミリアナという強力なバックアップがあるから出来る事だが。

 それも、研究者という特殊な職業を持つ人間たちの心理まで見抜いている。

 犯罪に遭う場合、最も恐ろしい敵は、自分の事を知る人間――つまり、内部犯が最も成功率が高いという。それは、古い慣用句「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」にも通ずる。

「しかし、さすがに4人で連れだって行動すれば目立つからな、あいつらは外から回したのさ」

 難なくエレベーターに乗り込み、一番上のボタンを押すシン。

 二人を乗せた箱が滑るように上昇する。

「それにしても、ここまで妨害がないとは、こりゃ完璧にあのバカは待ち伏せてるな。ミリアナの認証コードを使った事になんざ、とっくにセキュリティの奴が気づいてる筈だろうに……めんどくせぇ」

 いつもの台詞を吐いたシンは、煙草を取り出して火をつけた。

 機械音声が到着を告げ、扉が開く。

 そこもまた人気のない通路だった。

 有機素材の床はつるつるに磨かれており、ここがほとんど人の通らない場所だという事が分かる。

 窓はなく、無機質な扉だけが左手の壁一面にずらりと並んでいた。

「さあ、行くぞジニア。ポイントAはすぐそこだ」

 エレベーターを降りてなお離れない手を見て、ジニアは少し首を傾げる。

 この人は、私の手を離さない。

 強く引かれているのに不快ではない。

 だってこの手はこんなにも温かい。

「この階はすべて倉庫だ。様々な製品の試作品やすでに使われなくなった器具を置いてある場所だ。ここに来る人間はめったにいない」

 通路の最奥にある最も大きな扉に近寄り、シンは本部にいるカラムたちと交信している。

 その邪魔にならないよう、ジニアはふっと手を解く。

 シンが扉の横にあるパネルを幾らか操作すると、何の前触れもなく扉が開いた。

「ここの認証だけは5年前と変わってねえな……どんだけ触ってねえんだ、このゴミ箱」

 ゴミ箱、とシンが称したその扉の向こう側には、様々な機械が雑然と積まれていた。

 むき出しの基盤からユニゾン・システムの一部と思われる半球体、さらに何に使うのか想像もつかない奇妙な形をした機械が所狭しと並んでいる。

 むっと押し寄せた埃と黴の匂いから逃げるように、ジニアは半歩身をよじった。

 唯一の救いは、その機械の山の向こうから微かに光が漏れていることだ。

 シンはその埃と黴の匂いを感じていないかのようにどかどかと入り込み、最初に灯りをつけた。

 いったいこの部屋を作ったのはいつなのか。

 ほとんど旧時代の遺物とも言っていい蛍光灯がピィン、と高い音を響かせて点灯した。

 ついでに空調設備にも手を加えたようで、大きな音がして空気がごそりと動くのが分かった。しかし、埃と黴を撤去するにはもう少しかかるだろう。

 その間にシンは部屋の最奥に消えてしまった。

 作戦の一つ目はこの部屋を制圧する事だが、ジニアにはここで特にやるべきことがない。

 部屋の空気から逃げるようにくるりと背を向け、傘を差した。

 そうしてジニアは小さな小さな唇から小さな小さな声を漏らした。

「――道行く子犬は 何を探す」

 軽い節がついたそれは、ジニアが唯一知る童謡だった。

「――首輪の無い子は 首に輪を 腹空かせた子は 食べ物を」

 仕事の前にはいつもこれを唄う事にしているのを知っているのは、相棒だったダリアだけだ。

 いつ覚えたか知れないこの歌は、これから奪う命への鎮魂歌(レクイエム)

「――何が欲しい 何が欲しい

    言ってしまえば 夢現 叶う事だけ想い行け」

 ジニアは不協和音(ディッソ)を今でも人間だと思っていた。いくら壊れても、人間には違いない。それが情報化しているというだけで処分の対象になる事は本当ならおかしい事だと――

 それでも、不協和音(ディッソ)係としていつも彼らを消滅させていく。

 今回の任務で、不協和音(ディッソ)を破壊する事はない。それでもこれは、任務へと向かうジニアにとって、一つの儀式だった。

「――てんてん 手鞠 何処行くの

    転がる先は 池の中 跳ね行く先は 川の岸

    何が欲しい 何が欲しい

    聞いてしまえば 夢現 叶う事だけ想い行け」

 とんとん、と黒靴の先で床にリズムをとった。

「――人間様は 何欲しい

    文明開化の鐘の音 天の神様 仏様

    何が欲しい 何が欲しい

    獲ってしまえど 夢現 叶う事さえ適わない」

 すべて唄いきって、ジニアは目を伏せた。幼い記憶の底に眠る父親に思いを馳せたかったから。

 情報危機(サイバー・ショック)で失った両親の思い出はそれほど多くない。姉もいたような気がするのだが、霞がかっていてよく思い出せなかった。

 いつしかジニアの中から感情はすっぽりと抜け去っていった。

 そうなった原因もあった気がするのだが、ほとんど覚えていなかった。

 しかし、先ほどシンと手を繋いだ時に何かを思い出しそうになったのだった――いったい何を思い出そうとした?

 記憶の底を必死にさらってみたが、何も引っかからなかった。

「ジニア、どうした?」

 シンの声で振り向く。

 その後ろには、雨に降られてずぶ濡れになった迷子係が二人、不機嫌そうな顔で佇んでいた。





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