大谷真崘の重い愛情
第九幕 社会科準備室
「軽い貧血かしら、無理せず何かあったらすぐ休むようにしなさい」
駆けつけた保険医は芽理沙さんの健康を確認し、問題ないと判断すると社会科準備室から出ていった。
保険医に頭を下げている芽理沙さんに、蜜葉さんが心配そうに声をかけた。
「本当に大丈夫なの芽里沙?」
「ええ、平気よ。さっきはちょっと興奮してみっともない姿をみせちゃったわね。蜜葉だけじゃなくてそこの一年生さんにも」
「いや、それはいいのですが……」
心がばつが悪そうに答える。
さきほどは勢いとはいえ、先輩に対して偉そうなことを言ってしまったので、こうやって落ち着いて話し合うと気まずい。
蜜葉さんもしゅんとした口調で芽理沙さんに話しかける。
「芽里沙ごめんね。私が演劇部に入るのが、そんなにショックなら私もうやめるよ」
「いいのよ蜜葉。気にしないで。私の方こそ、あなたの夢を友人としてちっとも応援できていなかったと思うわ。
そこだけは悔しいけれどそこの後輩の言う通りだわ。だから私にもあなたの夢のお手伝いをさせて」
「へ?もしかして演劇部入っていいの?」
しょげかえっていた蜜葉さんの顔がぱっと華やいだ。
「ええ。それと私も演劇部に入部するわ」
天使のような優しい笑顔で答える芽理沙さん。
「え~~~~!一体どういう心境の変化!」
心と蜜葉さんが驚きの声をあげる。
「ただし!蜜葉にしっかり謝罪すること!
そこの彼から聞いたけど、無理矢理キスしたというじゃない。これはっきりいって犯罪よ」
「そ、それは……はい。確かに。すみません」
心が頭を下げる。
「謝る相手は私じゃないでしょう?蜜葉のためにも騒ぎを大きくしたくはないから、示談という形で済ませてあげる。
まず心からの謝罪を見せてちょうだい」
もしかして土下座か?と一瞬先程の嫌な出来事を思い出す。
「土下座しろとまでは言わないわ。そんな姿を見ても嬉しい訳じゃないし」
さっきはすっげえ嬉しそうな顔していたけどなあ。
とりあえず普通に謝罪すれば良いらしい。僕と心は蜜葉さんに深々と頭を下げた。
「蜜葉先輩!さきほどは真にすみませんでした!あまりに軽率な行動でした。ご気分を悪くされたと思いますが、どうか許してください。そして演劇部に入部してください!」
心の謝罪に照れ臭そうに答える蜜葉さん。
「わ、わかったよ。許すよ。別にもう怒ってねえよ。もういいから顔上げなよ」
「ありがとうございます!一緒に頑張りましょう!」
蜜葉さんの両手を、がっちりつかむような握手でぶんぶん手を振る心。
蜜葉さんの手を握ったことにイラついたのか、芽理沙さんが握手を止めさせるように、その二人の間に体を強引にねじこむ。
なんだか可愛らしいところもある。
「それで私も入れて部員候補の人数は何人になったの?」
芽理沙さんが長い髪をかきあげる。それに見とれながらも僕が答える。
「え~と四人です」
「そう、じゃあ必ずもう一人以上人を集めてきなさい。知っているのでしょうけど、新しく部を申請するには、部員候補者が五人必要なの。
最低でもあと一人。部員は多ければ多いほど審議は通りやすい。人集めをすることが出来たら、この件はこれでお仕舞いにするわ」
「わかりました。ちなみに出来なかったら?」
恐いが一応聞いておこう。
「出るとこ出て、あなたたち二人を退学処分にまでは持っていくわ」
「え~それは困る!」
心が大声を出す。
この人は嘘つかないだろうな。演劇部が発足できなければ、彼女の目的は遂行できないのだから。
これは是が非でも集めなくてはいけなくなった。何せ命に関わる。とはいえ最後の部員候補として蜜葉さんのところに来たのだ。このままでは完全に手詰まり。
僕は焦りからある人物を思い出していた。彼女なら誘えばふたつ返事でOKが貰えそうだ。
ただ、できれば誘いたくはなかったのだが……
「高校生活を無事に送りたいならしっかりやることね」
芽理沙さんは僕に覚悟を決めろ言わんばかりに脅しをかけてくる。やはり背に腹は変えられないか。
「人集めができたら後は私の仕事よ。生徒会に部として承認してもらえるよう、話を通しておくわ」
「何それ!芽里沙ってそんな権力というかコネがあったのか?」
蜜葉さんが目を輝かせて芽理沙さんを見る。そんな彼女の視線が嬉しいのか、少し照れ臭そうな芽理沙さん。
「少し……ね。まあこちらは私にまかせない」
「なんと頼もしい~~!芽里沙先輩お願いします!」
心も嬉しそうだ。
「もうこんな時間なのね」
芽里沙さんは腕時計をそっと見る。
「出来るだけ早い方がいいか……それじゃ私はちょっと失礼するわ。色々と根回しにいくから。あなたたちも蜜葉と会話せずにさっさと何処かにいきなさい」
そう言い残すと、こちらを振り返ることもなく、黒い悪魔はあっという間に社会科準備室から立ち去った。
「あっさりいっちゃった。風のように去りぬ」
心は彼女が去った方向を見ながら、放心したように呟いた。
「そういえば薫風、こっちの目が赤いけど平気?何かあったの?戻ってきたら突然、芽理沙さんの態度も変わっていたし」
心が心配そうに僕の顔を覗きこむ。なかなか鋭いが本当の事を言うわけにはいかない。
「目は平気。起きてすぐの芽里沙さんはちょっと興奮状態にあったから、振り回した手が目に当たっちゃったんだ。
その後は落ち着いてくれたから、一緒に演劇部に入れば蜜葉さんとも離れることはないですよ。って勧誘したのさ。ちょっと迷ったみたいだけど最終的には、ご覧の通り快諾してくれたよ」
「ふ~ん。そうなのか。表舞台に立ちたがる性格でもないのによく快諾してくれたなあ」
蜜葉さんがラック棚の一番下にあるダンボールを開けながら不思議がる。
「友情パワーですかね」
「この後は勧誘には行くのか?行かないならちょっとお茶でも飲んでいけよ!これからは仲間なんだし、ちょっとお喋りしようぜ。
それとちゃんと発足するまでここを部室みたいに使ってもいいぞ」
蜜葉さんはダンボールから電気ポットとティーパックを出してきた。あとお菓子も出てきた。
放課後はここで、芽理沙さんとお茶飲みながらまったり過ごしているのか。
「え?いいんですか?やったー!」
心は軽くジャンプするほど喜んでいる。
「ありがたいんですが、ここを部室がわりってそれは他の文芸部員に申し訳ないですよ」
「平気平気。今の部員は私と芽里沙だけだからさ。遠慮するなって」
芽理沙さんが早く帰れと言っていたので、残るのは結構恐怖なのだが、ここで無下に断るのも今後に支障がでると思い、彼女のお茶の招待を受けることにした。
蜜葉さんが椅子を進めてくれたので、改めて長机に二人で座る。
蜜葉さんは水をいれたりちょこちょこと動いている。
「二人しかいないのに部って存続できるんですか?」
僕がちょっとした疑問をなげかける。
「入部したときはちらほら人いたんだけどさ。一人二人と姿を見せなくなって、いつの間にか芽里沙と二人きりだったんだよ。来ないけど在籍だけはしてるみたいだから、なんとか成り立ってる感じ。
ただ新入生もゼロだし。このままじゃ来年には潰れちゃうかもな」
その話を聞く限りでは、蜜葉さんと二人きりになるために、あの悪魔みたいな女が色々画策した結果な気がした。多分間違いない。
「文芸部の部室っていってもこんな狭い社会科準備じゃ、何もできなそうですね。本もないし。
あ、このダンボールが本ですか?」
心がティーポットを取り出したダンボールとは別のダンボールを指差した。そこには本がぎっしりつまっているのが隙間から覗けた。
「いやいやいや、それはそうなんだけど、見るのはちょっとやめて。私の本だから見られたら、は、は、恥ずかしい。
ちょっと趣味が偏ってるからさ……」
「どんな?」
僕の質問に、顔を赤くしながらしどろもどろに答える彼女。
「べ、べ、べつに何だっていいだろう!私は別にホモが好きとかそんなんじゃないんだからな!!」
なるほどホモの本か。世の中にはホモの本がダンボール一杯になるほど売っているのか、知らなかった。
「読むのは好きだけど、書きたいわけじゃないし、別に文芸部なんて興味があって在籍してるわけじゃないんだ。私と芽理沙は中学までは空手やってたくらいでさ」
空手とはなかなか意外だが、さっきの蜜葉さんの浴びせ蹴りとか、か細いようで万力のような力だった芽理沙さんの握力にも納得いった。
「本当はアイドル部に入りたかったわけだし。芽里沙がいるから何となくいるだけでさ。というか芽理沙だってそんなに読むわけでもないし。何で文芸部なんて入ったんだか」
「そうですか~」
と答えながら、それは二人だけになれる口実だなと思った。
この狭い部屋の中で蜜葉さんと二人きりの放課後を過ごす。あの悪魔の理想の世界ではあるな。頑なに蜜葉さんの他の部への活動を禁止したいわけだ。
それにつけても顔を出さなくなったという他の文芸部員たちが、何らかのPTSD(心理的障害)になってなければいいが……
「演劇部がもしだめだったらお前ら文芸部に入れよ。こんな部でも活気があったほうがいいしさ」
蜜葉さんが無邪気な提案をしてくる。
やめてくれ!そんなことになったら僕らはあの悪魔に殺される。
「しかしあの芽里沙先輩は美人ですね。びっくりした。アイドル部にも余裕で入れるんじゃないですか?」
心がさきほどの悪魔を思い出しながら言った。
「そうなんだよ!めちゃめちゃ美人だろ!実は去年は何度もアイドル部からスカウトされてたんだよ」
芽理沙さんを褒められるのが、自分が褒められるのと同じくらい嬉しいのか、にこやかに答える蜜葉さん。
いいお友だちを持っていますね芽理沙さん。蜜葉さんはいいお友だちを持っているとは言い難いかもしれないけど。
「やっぱり。あんな美人ほっとかないですよね」
うんうんと頷く心。
「見世物小屋には興味ないわ、とかいって全然相手してなかったけど。いいよなあ。超羨ましかったぜ~」
「なにぞれうらやまじいい」
「話変わるけど、お前ってキスはしたことあんの?」
蜜葉さんが突然コイバナっぽいのを僕にむけてねじ込んできた。
「私らだけキスの話題が出たけど、お前はどうなん?結構モテそうだけどもう経験済みなのか?」
「う……そこ聞きますか」
あまり思い出したくない話を振られてしまった。
普通なら言いたくはないが、蜜葉さんには言う義理はあるだろう。
「なんだよ、あるのに言いたくはないのか?」
「楽しい話ではないですが。まあそこまでもったいぶる話じゃないんですけどね。
僕が中学の時なんですがね、家に遊びに来ていた心の友達がいまして……その子に睡眠薬を飲まされたんですよ」
「おおお、なんだその性犯罪っぽい話」
思わず身を乗り出す蜜葉さん。
「それで意識を失ってる時に、無理矢理されたみたいですね。覚えてないんですけどね」
「私が部屋に入ったときちょうどしてたんですよ。あと……言いにくいですけどズボンも脱がせようとしてたし」
心がその瞬間を思い出したのか、ひび割れた卵みたいな顔になる。
「まじで!?」
「それで家から追い出したんですけどね。警察沙汰にはしなかったですが、いまだに薫風にまとわりついてくるというか、ストーカーっぽいというか」
その追い出されたストーカーというのは、大谷真崘という同級生。鹿野と心とその大谷は中学の途中までは仲良し三人組だった。
しかし鹿野には謎の絶縁をつきつけられ、大谷は強姦未遂という事件をきっかけに絶縁。三人はバラバラになってしまった。時期は似ておりどちらも中三の始まりぐらいの出来事だった。
「すげええ、怖いなあ。しかしそいつも酷いことするなー」
「本当ですね」
そう言いつつ僕も蜜葉さんに対して、さして変わらないことをしたし、またこれからもしようと画策中なんですがね。あなたを餌に芽理沙さんと言う四人目を釣り上げたわけだし。
そう考えると僕だけが安全地帯にいるのは卑怯だと思った。心は反対するかもしれないが、僕はその大谷を五人目に誘おうと決心する。
手段は卑劣だが僕への愛情は相当なものだし、その気持ちは利用できるかもしれない。僕の言うことなら何でも聞くはずだ。
ここまで考えて、僕と言う人間はどこまでゲスなのだろうかと悲しくなった。
「蜜葉さんはファーストキスだったんですよね。本当ごめんなさい。でも彼氏とかいないんですか?結構もてそうですけど。アイドルになりたいから作らなかったんですか?」
心が蜜葉さんのプライベートを突っ込んだ。
お茶を啜りながら蜜葉さんの顔をチラリと見る。確かに釣り目が特徴的でかわいい部類。さらに小柄でアニメ声でツインテールだ。一般的なモテではないかもしれないが、偏った層からは絶対的にモテそうである。
「彼氏なんて全然できねーよー。こういい感じになる男子っていうのはちょいちょい出来るんだけど、みんなフェードアウトしちゃうんだよなあ。中学からずっとだよぉ」
この発言にある疑問が湧いたので聞いてみた。
「ちなみに芽理沙さんとは付き合い長いんですか?」
「あいつとは小学校からだなあ。ずっと一緒」
ははあ。蜜葉さんに彼氏ができない謎解明!これも絶対あの悪魔が関わっているな。
そう考えるとあの人本当に恐ろしいな。あの美人は蜜葉さんにとってのノロイちゃんだな。同じ境遇同士、この目の前の不幸な少女をなんとかしてあげたい気持ちになる。
「小学校の頃はまだそこまで身長差もなくてさ。芽理沙はいっつも私の裏に隠れるようについてきてかわいかったなあ」
昔を懐かしむ顔をする蜜葉さん。
あの悪魔にもそんな時代があったとはねえ、成長するとどんな大人になるかなんてわからんものだな。
僕たちの会話はその後も続き、色々お互いのことを話し合った。
こうして打ち解ければ、蜜葉さんはいきなりドロップキックかますほど自分に素直で、それにホモ好きでとてもいい人だった。(BL好きというのかな?空手教室で目覚めたらしい)
蜜葉さんは芽理沙さん以外とはあまり人と接触しないらしく、誰かとの会話に飢えていた。
なので、この後も暗くなるまでずっとお喋りし、一緒に下校した。芽理沙さんは最後まで帰ってこなかった。
根まわしと言うのは何をしているのだろうか。
ろくでもないことじゃ、なければいいけど……
第十幕 廊下
放課後に僕と心と、一緒に行きたいという蜜葉さんの三人で大谷のところへ向かうことにした。(芽理沙さんは今日は何か用事があるらしい)
僕と心は廊下に立ち、下校する生徒達を眺めながら蜜葉さんを待っていた。
中学の一件以来、メールアドレスなど一切削除してしまったので、会うには直接行くしかない。
ほどなくして蜜葉さんがやって来た。三人揃ったところでいざ向かおうとしたところで、ふと気がついた。
「そういえば大谷って何組なんだ?心は知っている?」
僕は心に尋ねる。
「知らないよ。私、薫風が知っているものだとばかり」
「なんだとそれはまずいな」
この学校は一学年につき九クラスある。順番に見てまわっていたら、大谷は下校してしまうかもしれない。それでなくても蜜葉さんを待っていた時間のロスがある。
手際の悪さに蜜葉さんも呆れている。
「おいおい、大丈夫か。じゃあ順番に早くいこうぜ」
「こうなったら僕らが行くんじゃくて、彼女にきてもらいましょう」
僕はそう言うと、廊下中に聞こえるようにわりと大声をだす。
「おーい、大谷ー。話があるんだー。一年前のことは一旦忘れて顔をだしてくれないかー?」
「そんなんで来るの?」
不思議そうな顔の心。
「いやー、大谷のことだから、僕のことずっと監視してないかなーと思って」
心が何やってんの?という顔をした時、柱の物陰から携帯が落ちる音がした。
ぎょっとして音のした方向を振り向くと、そこには大谷真崘が小刻みに震えながら立ち尽くしていた。
「ひい!本当にいた!」
心が恐怖のまじった驚きの声をあげた。
「もしかしてずっとそこにいて、お前のこと見てたってことか?え?なに?ストーカー?ってこと?」
蜜葉さんが小声で耳打ちしてくる。
「いや~本当にでてくるとは。僕としては冗談のつもりだったんですけどね」
嘘から出た真というが、こいついつも僕を監視しているのかもしれないと思い、背筋がぞっと寒くなる。
そういえば鹿野にも、僕らが演劇部の仲間を集めているって情報を売っていたもんな。
「い、いまの言葉は、ぼんどう?がおるぐ~ん」
大谷は滝のような涙を流し始めた。
大谷は身長は百六五センチで体重は百キロ近くという、左右と手前に広がっているタイプの女子だ。
その立派すぎる体躯が、両手を前にさしだしふらふらとこちらに歩いてくる。さながらゲームのゾンビか何かだ。怖くてこちらからは何も言えない。道行く他の生徒もぎょっとした顔で見ている。
「うれじいばあぁ!がおるぐんがあの日のごとを許してくれる日がぐるなんて……」
許したとは断じて言っていない。
「がおるぐ~~ん」
ある程度まで近づくと突然、立ち会いの力士のように僕に向かって突進してきた。
命の危険を感じ、思わず闘牛士ばりにひらりと身をかわす。
大谷は諦めず、右足を軸に綺麗に旋回すると再度、今度はもっと頭を屈めての低空タックルを仕掛けてきた。僕をダウンさせてからのマウントポジションを狙っているのかもしれない。
相変わらず僕への偏執的な愛情は健在のようだ。
思い返せば数年前、まだ小学生だった頃にノロイちゃんの能力を使い、不良グループから同級生の少女を救ったことがあった。その時に助けた少女がこの大谷だった。
その日以来大谷は、僕に対して絶対的な信頼と愛情を寄せるようになる。それがあまりにも極端ではあるが……
「こら!落ち着きなさい!」
心がここで吠えた。ぴたりと止まる大谷。まるで犬と飼い主みたいだった。
「あらあ、心ちゃんもひさしぶりぃ。元気だったぁ?」
大谷はすっと立ち上がり、さっきまでのは嘘泣きだったのかと思わせるほど、なんでもないように心に挨拶をする。
「薫風とは随分態度違うじゃない。私と会話するのだって一年ぶりだっつうのに」
「まあまあいいじゃない。お・ひ・さ!」
「軽いな~」
渋い顔の心。
「それで、聞いたわぁ。演劇部を立ち上げようとしているんでしょぉ?心ちゃん安心してぇ、私もアイドル部落とされちゃったからぁ、演劇部入ってあげられるわよぉ」
体をくねらせ、猫撫で声みたいな声をだす大谷。こういう嘘臭いぶりっこは昔から変わっていない。
「誰に聞いたのよ、自分で調べたの間違いでしょ?ねえ薫風!本当にマロン誘うの?さっきの態度じゃこの子またあんたを襲うわよ!?」
心は大谷を指差しながら僕の貞操の危険を訴えた。
「ひど~い、もう絶対しないもん!」
「大谷、聞いてくれ。大谷はもう知っているみたいだから話が早いが、僕たちは演劇部を作ろうとしている。
ただし部として申請するには人が足りない。一年前の件は水に流すから僕たちと一緒に演劇部をやらないか?」
「嬉しい!薫風くんがマロンを頼ってくれるなんて初めてのことよぉ!もちろん入部するしぃ、薫風君の為なら私なんでもするわぁ」
あっさりOKがでた。
それに感極まったのか再び涙目になっている。あの一件以来まともに会話なんてしてなかったからな。
「うれしい。本当に嬉しい。二人で過ごした夜以来、なんだか関係がギクシャクしちゃってから……またこんなに普通に話せる日が来るなんてぇ……」
二人で過ごしてねえよ……脳内捏造しないで……この子怖い。
「うおおお、マロンうれじいいいい」
とうとう叫びだした。まるで雄叫びである。
心も蜜葉さんもノロイちゃんも、僕の後ろでドン引きなのが伝わるよ。
一通り叫んですっきりしたのか、ころっと態度が変わり再びしなをつくるようなポーズをとる。
「それでどうするの?今日はこのあと何かあるの?あ、でもまだ部自体は出来てないよね。じゃあ今日はあたしの家にこないぃ?」
他の二人を無視するよう僕にだけ話しかける大谷。あと行かないから。
「おいおいこいつ薫風に惚れてるみたいだけど、まともな奴なのか?」
後ろで蜜葉さんと心がこそこそと話をしている。
「あいつが昨日話に出てた睡眠薬女ですよ」
「え?そうなの。いいのかよ。後悔しないのか?」
ええ、早速少し後悔してます……
「これからは毎日二人で一緒の部活を頑張りましょう」
マロンが僕の手を取り、両手でしっかりホールドする。
「私たちもいるっつうの」
とうとう心が横からつっこんだ。
「あらぁ、ごめんなさいぃ。心ちゃんもいたのねぇ。これからよろしくねぇ」
「頼むから部活も真剣にやってよね。そうでもないとアイドル部を見返すこともできないよ!」
心が大谷に激を飛ばすが、大谷はまったく意に介さない。
「ああぁん、薫風く~ん。心ちゃんがいじめるよぉ。守ってぇ」
そう言いつつ抱きつこうとしてくる大谷を必死に両腕で捌く。
うわあ……本当に失敗だったかな。
「あ!そういえば、カノンちゃんは演劇部に入部し……」
大谷が何かを話そうとした時、会話に割り込むように横から誰かの声がした。
「ぷふっ!見返す……だって。超ウケル」
一同ぱっと声の方を振り向くとそこには、二人の女子とその彼女達を護るように両脇に男子が二人いた。
男子は熊みたいな大きな男と小柄で細いメガネの男子だ。
そして女子二人のうち一人は、昨日も会った鹿野希依だった。
「あらぁ噂をすればカノンちゃんじゃな~い」
大谷が鹿野に手を振る。
鹿野はなんだか挙動不審になっておどおどしている。まあ鹿野の動きが変なのは今にはじまったことではないが、それでも何かこの場から逃げ出したそうな感じだ。
「何か今そっちの女が失礼なこと言わなかったか?」
蜜葉さんが睨みつけながら、鹿野の横にいた黒髪の三つ編みおさげの女を指差した。鹿野と並んでいるということは、この女もアイドル部に合格した一年だろう。確かにどこに出しても恥ずかしくない一級品の美少女である。
こうして、目の前にいる鹿野やおさげの女を見ていると、心や蜜葉さんが落とされたのも納得がいく。落選理由はただただ容姿が実力不足だったのだ。
彼女たちの可愛さ、可憐さ、美しさはどれも本物だった。彼女たちに比べれば、心や蜜葉さんは全員偽物。あくまでクラスによくいるアイドルみたいに可愛い子。
だがこの子達は本物のアイドルだった。一般人と芸能人とのはっきりとした実力差を感じた。
演劇部の中で彼女たちと容姿で対抗できるのは芽里沙さんくらいなのは間違いなかった。
暴言を吐いたおさげは、目がこぼれそうなほどに大きく、すらりと通った鼻筋はハーフっぽかった。黙っていればまるでこの世に舞い降りた天使そのものだ。
だがそんな天使は不遜な態度で、明らかにこちらを見下すような態度をとっている。
「こりゃ失礼。でも本当の事だろ?なあ?」
おさげ女は横の鹿野に同意を得ようと話しかける。汚れをしらぬ清純そうな見た目とは裏腹に、なんだか物凄くふてぶてしい女だった。
「こ、こ、こ、こ、これこれ、あ、あ、あまりに失礼ではないか?」
鹿野はいつも通りしどろもどろで答える。
「っあんだよ、ノリわりいなあ。全部お前が教えてくれたことだろ~?アイドル部のオーディションに落ちた奴らが集まって演劇部作ろうとしてるってさ~。
不様だとか滑稽とか散々言っていたじゃねえかよ」
おさげ女は鹿野の肩をつかんで絡むように話しかける。
どうもこの女、おさげ髪になんてしているが、ばりばりの元ヤンキーってところか。現役かもしれんけど。
「カノン……あんた昨日も散々私たちのこと馬鹿にしてきて、一体なんなの!喧嘩売っているわけ!?」
心が鹿野を睨む。鹿野は泣きそうになりながら首を振って否定しているが、鹿野が喋ったのは間違いないだろう。
「こうも言っていたぜ。中学校では憧れの的だった、鏑木兄弟も所詮は中学レベルだった、てね。
アイドル部を落とされたから見返すなんて、本当一般人の意見って感じ」
「何なのあんた。何か用でもあるわけ?」
心がおさげに掴みかかりそうに前に出る。すると熊のような男が立ち塞がる。
なるほど、この男達はスクールボディーガードなわけだ。
「お願いですから蝶林さん、あまり変なこと言わないで……」
熊とは別の小柄のメガネの男は、おさげ女の横でずっと注意していたが、完全に無視されていた。
「用なんかねえ~よ。これから部活いくとこなんだよ、アイドル部のな。このクラスにも部員いるからさ、ここでそいつ待ち」
蝶林と呼ばれたおさげ女は目の前にある教室を指差した。
「まあったくダンスレッスンだあ、歌のレッスンだあ、毎日忙しくてたまんねえよ。華やかに見える舞台裏は地味だっていうのは本当だねえ。
まあ、お前らには関係ないか。放課後のんびり恋に遊びに大忙しのお前らが羨ましいぜ」
ビキビキと全員の怒りゲージが貯まっていく。特に蜜葉さんは今にも切れそうな目してる。むしろ彼女にしてはよく堪えてくれている。
「鹿野さん!本当に誰かに聞かれたら印象悪くなるようなことやめてください!デビュー前の大事な時期なのに!」
メガネの男子がこの突然の緊迫した状況に焦って、蝶林を必死に止めようとしている。
「うざー。気安くあたしに話しかけんじゃねえよ。こんな学校の人気なんかどうでもいいっつうの。本番は外だろ?私は全国を相手にしてえんだよ」
しかしそんなことは歯牙にもかけない蝶林。
「まあ精々、敗者復活戦頑張れよな。負け犬さんたち」
この蝶林の一言で蜜葉さんがぶちきれた。
蝶林に向かって駆け出す。
僕は慌てて彼女の前に立ち止めようとするが、彼女は躊躇なく、下から顎を正確に打ち上げる掌底を繰り出してきた。
これを綺麗にくらった僕は頭を縦に揺さぶられ、完全に足が止まる。そこに押し退けるように、あばら付近への肘。
痛みで立っていられず膝から崩れる瞬殺KO。
つ、強い。本気モードはここまでか。
僕の横をすり抜け突進するが、次は熊男が立ち塞がる。
さすがにこの体格差は不利と判断したのか、蜜葉さんは正面の熊ではなく、すぐ横の壁に向かって跳躍。
そのまま壁を一歩二歩と走り出す。この立体的な動きに熊は完全についてこれず、一瞬で熊の横をすり抜ける。
彼女はそのまま壁から、蝶林に向かってジャンプ。空中からの蹴りないし膝攻撃を試みるようだ。
「おもしれえ、やるじゃねーかドチビ!」
この蜜葉さんの超人的な動きにも、蝶林はひるむ様子はない。こちらも負けじと空中の蜜葉さんに向かって、美しく弧を描くハイキックを繰り出す。
こんな時でも、白い太ももとスカート内の神秘の布地に目がいってしまうのは男の性なのか。あと赤だった。
これには蜜葉さんも予想外、咄嗟に膝と肘でガードする。
ここでウェイトの差が出たのか。最軽量級の蜜葉さんは大きく後方へ、僕たちのほうへ吹き飛ばされる。
しかしダメージは特にないのか、猫みたいにしなやかに着地した蜜葉さんは、再度突撃しようと構える。
すかさず僕が後ろからタックルで抱きついた。
「落ち着いて蜜葉さん!」
「うわ、何してんだ。は、離せ!」
「喧嘩はやめましょう。ここでアイドル部相手に暴力沙汰を起こしたらまずいです」
「いいから離せ!」
「離しません!いいですかそうなったら演劇部を作るどころじゃなく、最悪こっちが悪者にされて停学や退学問題になりますよ!」
「そうじゃなくて、さっきから私の胸を鷲掴みにするのをやめろと言ってるんだ!」
「へ?」
冷静になってみると後ろから抱きついているので、彼女の胸部付近を力一杯掴んでいた。慌てて離れる。
「わあ、すみません、気がつかなかった」
さらに胸がないから、と言いそうになったがぎり堪えた。
しかし顔に出ていたのか。
「悪かったな!ぺたんこで!」
と耳まで赤面しながらも鋭い腹パンを繰り出してきた。
うずくまるほどめっちゃ痛い。
こないだから複数の女性のパンツを見れる等の、ラッキースケベに遭遇するのはいいのだが、それを上回る不幸に見舞われている気がする。これが等価交換というやつなのか。
「あ~ん、薫風く~ん。そんなタブレット端末みたいな胸なんか揉むんだったらぁ、私のを揉んでぇ~」
ここで大谷が割り込んできた。そのまま僕の右手を自分の胸に押し当てる。
ずぶりと掌が沈む。
さすが奥行きに定評のある大谷。さきほどの蜜葉さんとは次元が違う。などと思っている場合ではない。
「うわあ、何すんだよ」
慌てて腕を振り離す。
「こらマロン!あんた何してるのよ!」
今度は心が割って入る。
「え~、私なりにぃ、空気読んであげてるのよぉ」
確かにこの大谷のおかげで緊張状態は解けたようだった。弛緩した空気に白けたのか、蝶林は「くっだらねー」と興味なさげに横を向いた。
もっとも騒ぎが大きくなってきて、ギャラリーも増えてきたので、さすがにこれ以上の喧嘩はやばいと思ったのもあるだろうが。
蜜葉さんもタブレット呼ばわりされたことで、怒りの矛先が大谷に向かったので、とりあえず蝶林への攻撃はやめたようだ。
その時目の前の教室の扉が開き、一人の女子高生が元気よく飛び出してきた。
「ごめ~ん、みんなお待たせ~」
みんなの視線が一斉にその少女に向かう。この子もアイドル部のオーディションに合格した子なのだろう。
「遅かったな、藻乃」
蝶林に藻乃と呼ばれたその少女は完璧だった。完璧なアイドルがそこにいた。
美しさや可愛さはそこの鹿野や蝶野と変わらない。だが何かまるで彼女だけが光っているような、そこだけ明るくなるような特別なオーラを持っていると思った。
これが”華”なのか。
カリスマと言ってもいいかもしれない。先日は口からでまかせを言ったつもりだが本当にあったのだ。
「ちょっとみんなから、勉強で分からないところがあるから教えてって言われて引き止められちゃったの。ごめんね」
両手を縦に合わせ笑顔で謝る藻乃。
その屈託のない笑顔から目が離せない。
人の視線を引きつける重力が存在するようだった。口論していた心と大谷も大人しくその少女を見つめている。
「藻乃ちゃ~ん、頑張ってね~」
開いた扉から彼女を応援するクラスメイトの声がする。既にクラスメイトの人気を集めているようだ。
「ありがとう。みっちゃん真子ちゃん。じゃあ行ってくるね~」
彼女は笑顔でお礼を言いつつ、立ち尽くす僕らに気がついた。
先ほどの騒ぎとあわせて何かに異変に気づいたのか。
「あれ、宮崎さんどうしたの?」
と小声でメガネ男に質問する。その質問する仕草すら美しい。
大谷ほど不自然なブリっ子ではなく、あくまで自然に、しかしいついかなる時も、自分がかわいく見えるポーズと表情がわかっている完璧な振る舞いだった。
アイドルマイスターの僕にはわかる。この子は売れる。スクールアイドルなんて目じゃない。メジャーアイドルのトップになれる可能性のある子だ。
「実は……」メガネ男が藻乃に小声で今の経緯を話す。
蝶林が慌てて止めようとするが、それを藻乃が一睨みすると蝶林は素直に止まった。
さきほどまで傍若無人の振る舞いだった蝶林が、睨みだけで大人しく従っている。
ヤンキーというのは、本能ですべての人間を自分より上か下か対等かと、ランク付けする習性のある生き物。きっとあの藻乃は蝶林的には上と判断しているということか。
あの子は見た目以上に相当タフネスなのかもしれない。
メガネ男から一通り話を聞いた藻乃は、こちらに向かって歩いてくる。
あの蝶林を押さえ込むほどの女傑。実際、蝶林を睨んだ一瞬はアイドルの仮面が剥がれ、この女の激しい本性が見えた気がした。
その女がどう出るのか僕らは身構えた。
蜜葉さんも体が自然と猫足立ちになり、気合い十分の戦闘態勢に入る。
「ごめんなさい」
しかし意外、藻乃は僕たちに深々と頭を下げた。
彼女は何の躊躇いも見せずに、僕たちに深々と頭を下げた。
「彼女たちが失礼なことを言ってしまったみたいで本当にごめんなさい。彼女たちちょっと天狗になってるところがあって……私からあとでキツく叱っておきますから許してください」
「いや、そうじゃなくてだな」
「わ、我は、な、何も言っていな……」
「さゆりちゃん、希依ちゃん、ダメだよ。一緒に謝ろう」
言い訳しようとする二人ににっこり笑って、謝罪するよう注意する藻乃。
二人ともびくりと体をすくませ、渋々頭を下げた。
おお、すごい。この子どれだけ既に力があるんだろう。
「わ、わるかったな……」
さらに謝罪の言葉を放つ蝶林。
「こんなことぐらいでごめんなさい。時間がなくて。もう行かなくちゃいけないの」
藻乃はもう一度深々と頭を下げ、今度は全員に両手で握手する。
「こんなことがあったんじゃ、私たちの事好きになれないかもしれないけど、アイドル部のことは嫌いにならないでくださいね。じゃあ行きます。できたら応援よろしくお願いします」
そういって歩き出す藻乃。もう後ろは振り返らない。
「あー何なんだあいつら、くっそー腹立つなあ~」
アイドル部が見えなくなった後に、蜜葉さんが拳を振り回す。
「みんな!演劇部を作って絶対あいつらの鼻あかしてやろう!」
心が手を前に出す。円陣を組むらしい。
「わかった!!あの女をギャフンと言わせられるなら何だってやるぜ」
蜜葉さんが背伸びしつつ手を重ねる。
「え~、私は別にぃ~」
大谷は興味なさそうにしたので、僕がさっと蜜葉さんの手の上に手を置いた。
「具体的な目標ができたな。打倒アイドル部だ」
僕が手をのせたとたん掌を返すように、大谷が僕の手に手を乗せてきた。いや正確には握ってきた。
「え~っとやっぱりぃ、私を負け犬呼ばわりしたのは許せないわぁ」
「よーし!三人ともいくわよ!」
心が深呼吸する。
「アイドル部ーぶっころ!」
「「ぶっころ!おおお!」」
こうしてバラバラだった僕らは、共通の敵を見つけることで謎の結束を見せた。その点では雨降って地固まるという奴か。
しかしライバルはアイドル部の美少女軍団か。張り合うだけでもなかなか大変そうだ。
すでに小さくなってほとんど見えない。果たして僕らはどこまで対抗できるのだろうか。現実的にはとても勝ち目はなさそうだ。
円陣をといてもなかなか手を離さない大谷の手をふりほどきながら、ある疑問が湧いてきた。
「そういえば、さっきダンスレッスンがあるとかどうとか言ってたけど、アイドル部たちってどこで部活してるの?体育館?」
「違うよ。校内に練習スタジオがいくつかあってそこで日々レッスン受けているみたい。」
心が教えてくれた。
「他にも録音用スタジオとかもあるみたいだよ。部外者立ち入り禁止だから、そこで何をしているかは詳しいことはわかんない。セキュリティもしっかりしているから、こっそり覗きには入れないって」
「すげえな。そんな設備まであるのかこの学校。さすがはスクールアイドル名門校」
「オーディションに合格すると夏休み前までそこでみっちりと歌とダンスの練習するらしいぜ」
さらに蜜葉さんは補足してくれる。
「それで七月の期末試験後に今年の新人アイドルお披露目イベントがあるんだ。私も去年見た。
新人はそこで初めてみんなの前に出てくる」
「それまでは色々秘密なんですね」
「うん。基本的にはみんなこないだまではただの中学生だからな。それをきっちりアイドルに育てるには数ヵ月は必要なんだと思うぜ。
歌と躍りだけじゃなくてメンタル的にもさ。さっきの蝶林って女も、ファンに媚びた態度とか取れるように訓練するんだよ」
「あの蝶林が媚びる……か。できるのかなあ」
さっきの蝶林が、ステージや握手会で男相手にどんな態度をするのか想像ができない。
どう考えても、傍若無人なハーフタレント路線の方があいつには合っていそうだ。
「毎年オーディション合格したのに、デビューできない人もちらほらいるらしいぜ。
蝶林だってそれができなきゃクビだろ。というかクビになったらいいのに」
蜜葉さんが毒づく。
「とにかく発表の日までは、グループ名とかグループの人数も徹底的に秘密らしいわね」
「それで期末試験が終わったら発表か。みんな試験からの解放感もあって一種のお祭りなんだな」
蜜葉さんからの話や、色々調べた結果、新人アイドルたちの年間タイムスケジュールは以下の通りらしい。
一学期の期末試験後、校内で大きなライブイベントがあり、そこでグループ名など発表。
つまりデビューの日だ。
これにはメディアも呼ばないので、本当の意味でのスクールアイドルとしての活動で、悪く言えば様子見ってこと。
それで夏休みに入ったら、学校の外でのライブにも出ていくようになる。
新人たちはもちろん最初は前座としてだ。そうやってライブの経験などを積んで、夏休み明けの文化祭で大々的に新人をプッシュする、っていうのがここ数年のお決まりのパターン。
つまり一学期の期末試験後のライブと、文化祭でのライブが新人アイドルにとってはとても重要だということ。
もし彼女たちに対抗しようとするなら、この二つのライブに対して手を打っていかなくてはならないわけだ。
だが、どうやって対抗すればいいんだ。相手は巨大な資本をバックに、一流の指導者と満足のいく環境で日々レッスン。こっちはまだ部の形も出来ていない。
よしんば部が出来たとして、練習する場所だってどうすればいいのかわからない。学校側が体育館を提供してくれるはずがない。そこはスクールアイドルが使うのだから。
心や演劇部の女子たちをスクールアイドルにするには、あまりにも敵が巨大すぎた。ため息がでそうだ。
その時携帯に小さくメッセージ着信の音がした。
画面を見ると、芽理沙さんからだった。
――話があるから学生食堂に一人で来て。
何だろう。悪魔からのお誘いなんて、嫌な予感しかしないのだが――




