いともたやすく行われるえげつない行為
第六幕 男子トイレ
「頼むよノロイモン~。ここから彼女を入部させる作戦をだしてくれよ~」
トイレに誰もいないことを確認し、両手をあわせてノロイちゃんに懇願する僕。
「無理!彼女は怒っていると言うより、拗ねちゃってるからね。こうなると簡単にはいかないよ」
「そこをなんとか出来ない?」
「まあ出来ないことはない」
腕組みしながら何か作戦を練るノロイちゃん。
「本当?どんな作戦がある?」
「ちょっと乱暴な作戦になっちゃうけどいい?」
ノロイちゃんが悪い顔してにやりと笑う。
「もちろんでげす。げすげす」
揉み手をしながら僕もゲス笑いをする。
「じゃあ、ちょっと耳貸しな」
誰もいないし、そもそも聞かれないのだが、悪事は耳元で言いたいらしい。そしたら実際小声で言いたくなるような、とんでもないゲス作戦を聞かされた。さっきまでとは比べ物にならない酷い作戦だ。
主人公がしちゃだめな作戦だろこれは……
「まじで……いや駄目だろ……そんなことできないよ」
「あんた、心ちゃんをアイドルにしたいんでしょ?」
ノロイちゃんが珍しく怖い顔になる。
「そりゃまあ」
「アイドルをプロデュースするっていうのはね、綺麗事じゃないのよ。プロデューサーはアイドルを輝かせるためならどんな汚れ仕事も引き受けるの!それがプロデューサーってものよ」
プロデューサーになったつもりはないが、ノロイちゃんは覚悟を決めろといっているのだ。それはこの場だけの話ではなく、演劇部を作り、心をアイドルにするというのは、並大抵の覚悟ではできないよと、そう言っているのだ。と思いたいぐらい酷い作戦だ。
「僕は覚悟を決めたとして、心がやるわけない。あいつは僕みたいな悪人じゃないんだから」
「そこは大丈夫、私の呪いパワーでなんとかできる!まあ私の言う通りにやってみなって。悪いようにはしないからさ!はい決まった!さあ戻ろう」
ノロイちゃんは邪悪な笑みを浮かべながら、僕の背中を叩くような仕草をする。
やっぱりノロイちゃんに相談すべきじゃなかったのかもしれないが、ここまできたらやってみよう。そう決意を固め、心のもとに戻る。
第七幕 社会科準備室前
僕は心の元に戻ると、今さっきノロイちゃんから聞いた作戦を、僕のアイデアとして心に伝える。
「えええ?無理やりキスする~?」
心が大声をだすので慌てて口を塞ぐ。蜜葉さんに聞かれたら大変だ。
「しいっ!声が大きいって。だから一応保険の作戦だって。普通にお願いして入部してくれるならそれでいいけど、もし拒否られた時用だって。
いいか蜜葉さんはさっきも見てわかっただろうけど、本心では入りたいと思ってるんだ。
でも彼女のプライドがそれを邪魔してる。だから入らなきゃいけない理由をこっちで用意してやれば、仕方がないわね。って自尊心を傷つけることなく入部してくれるってこと」
「それで無理矢理キスして、盗撮した写真バラしたくなかったら入部しろ、っていうの?酷い作戦だ!つうか犯罪だ!」
こうして改めて言われると本当に酷い。犯罪だよ。発案者はどこだ。
「それとも薫風は今日会ったばかりの女の子にキスをしたいわけ?」
心が軽蔑の眼差しで僕を見る。さっきから心への好感度がだだ下がりだ。
「やるのは僕じゃない。心がやるんだ。女子同士ならまだマイルドな印象だしな」
マイルドであっても犯罪だけどな。
「えええ?私?いや……できないよ」
心は力一杯首を振る。こんな拒否しているのに、ノロイちゃんの呪いパワーでどうにかなるものなのだろうか。
「もちろん無理強いはしない。心がやりたくないならやらなくていいから。こういうのはどうかな?って提案しただけだから」
「とにかく私はキスなんてしません。これでこの話はおしまい。普通に勧誘するだけにしよ」
僕らは改めて扉の前に立つ。心が開けようとするが慌ててそれを止める。
「さっきみたいにいきなり蹴られるかもしれない。僕が先に開けるよ」
僕が開けようとすると、今度はノロイちゃんが制止に入った。
「ちょっと待ってて。私が中を覗いてあげるよ」
そういうとノロイちゃんは上半身だけを扉にすり抜けさせて、部屋のなかを覗きこむ。扉から女性の下半身が生えるように見えて、えらく扇情的な絵面だった。
ノロイちゃんの太ももをじっくり見ていたかったが、ノロイちゃんはすぐに顔を戻し、蜜葉さんは椅子に座って大人しくしていると報告してくれた。それならいきなり蹴られることもないだろう。
僕は扉をノックし、ゆっくりと文芸部の扉を開けた。
準備室だけあって、部屋のなかには戸棚や地球儀や、日本地図など様々な道具が置かれており、わずかに空いた空間に長机とパイプ椅子が数脚置いてあった。
このスペースが文芸部としてのスペースだろう。蜜葉さんは頬杖ついてその空間に可愛らしい置物のように、ちょこんと座っていた。ノロイちゃんの報告通りである。
ちなみに部室には蜜葉さん以外は誰もいない。
放課後になって随分たっているのに、彼女しか人がいないのを見ると部員の少ない部なんだろう。
こんな部室だから人がいないのか、人がいないからこんな部室なのか。
蜜葉さんはちらりと僕を見ると、わざとらしく「ふん」と拗ねてそっぽを向いてしまった。
冷静な交渉はなかなか難しそうである。
それでもめげずに僕たちはずかずかと彼女に近づいていく。
「言っておくけど、私絶対に入らないからね!何を言っても無駄だから!」
「そういわず蜜葉さん、少しお話を……」
「あ~あ~あ~聞こえな~い。聞こえませ~ん」
僕が何を言っても、蜜葉さんは耳を塞いでそっぽを向いてしまう。取りつくシマがない、とはこのことか。
ノロイちゃんがちらりと僕をみる。
これは例の強行作戦でいくしかないぞ、と言っているようだ。わかってはいるが本当に大丈夫なのか?かなり不安だが、とりあえずノロイちゃんの指示通りに従ってみよう。
「蜜葉さん、スクールアイドルって何だと思いますか?」
僕の突然の問いに、蜜葉さんも横の心も軽く虚を突かれたようだ。ぽかんとしつつも質問に答えてくれた。
「アイドル部に入部することか?」
「違います!スクールアイドルというのは、誰でもがなれるアイドルの事です!悪い言い方をすれば自称アイドルなんです。
でもそれでいいんだ。誰でもがなれる、世界で一番自由なアイドル、それがスクールアイドルなんです、本来は!」
僕は力説した。本心でもあるからだ。
「心も!蜜葉さんも!」
二人を順番に指差す。
「アイドルになりたいと思ったら、それはもうアイドルなんだ!だから二人とも立派なスクールアイドルなんです!いいですか?」
「は、はあ……」
「もう一度いいますよ!二人はもう立派なスクールアイドルなんだ!なのに!それをこの学校はアイドル部のオーディションでそれを縛る。この学校は間違っている!蜜葉さん僕らと一緒に演劇部に入って僕らと校内のスターをめざしませんか?」
できればこんな詭弁で説得されて欲しいと思い全力で喋った。しかし努力虚しく蜜葉さんは納得しなかったようだ。
「いやだ!お前とはやらない!」と一蹴された。
「ダメ………か……わかりました。仕方がないですね」
僕はノロイちゃんに目で合図を送る。
ノロイちゃんの指示通り、心と蜜葉さんは既にアイドルであると、軽い自己暗示をかけておいたがあんなんでいいのだろうか。
「ノロイパワーマーーックス!」
ノロイちゃんは力強く叫びながら、それ以外はいつも通りに心と蜜葉さん二人の背中をタッチする。
すると二人は突然、「ひゃん!」と何か変な声をだし、明らかに見た目に異変が起こった。
パワーマックスは嘘ではなかったようだ。
二人は何か急に顔が火照ったと言うか、興奮している目つきになった。そして心と蜜葉さんは他には何も見えていないように、じっと見つめあったままになっている。
これはまさか……
ノロイちゃんによる呪い効果――それはアイドルを大好きになってしまうこと。
それがパワーマックスでかかっているらしいのだが……二人は既にアイドルであるという暗示が作用しているようだ。
つまり心と蜜葉さんの目の前には、大好きすぎるアイドルが立っているという状態ということか……
ノロイちゃんの作戦はこうだ。
今、二人は目の前の女子が好きで好きでたまらない。
という心理に強制的にされている。この状態ならお互いキスするはずだということらしい。
恐ろしい……このアイドルの幽霊みたいな奴はこんな恐ろしい能力を秘めていたのか。
「ふっふっふ、お楽しみのユリユリパラダイスはっじまっるよー」
ノロイちゃんがげっへっへとゲス笑いをしてくる。
「ほれほれ、携帯、携帯。ちゃんと撮影しないと」
二人は見つめ合いながら少しずつ距離を近づけていっている。
す、すごいな。ノロイパワー。
二人は潤んだ瞳で見つめあったまま動かない。さすがにこれから先はまだ理性が邪魔しているのだろう。ちょっと助け船をだそう。いやどちらかといえば彼女たちを沈める泥船だが。
「蜜葉さん、役者でもアイドルでも、舞台に立つ人間にとって、もっとも大事なことってわかりますか?」
「いきなり何よ?顔?」
蜜葉さんが億劫そうに答える。視線は心をみたままだ。
「違います。答えは”華”です!華のあるアイドルや役者は観客の目をひきつける。
センターじゃなくても、舞台のどこにいても、会話のあるシーンじゃなくても、つい目がいってしまう不思議な魅力。
カリスマと言っても良い。それが華です。スターになるにはとても大事な能力だ」
「なんだ私の事言ってるわけ?華と言えばこの蜜葉さん」
「その華を調べる簡単な方法があるんですけど、試してみませんか?
何簡単です。すぐできます。それができたらあなたは華がある、ということです」
「いいわよ。どうすんの?」
「じゃあ早速いきますよ。ちょっと目をつぶってください」
「?……こう?」
蜜葉さんは何の疑いもなく目をつむった。
華がどうのこうの言ったが、あんなのは全部嘘っぱちのでっち上げである。あくまで蜜葉さんに目をつむらせ、心にキスを促すためでしかない。
「うん、それでいいです」
ここで心に唇を触りながら、目で「やれよ」と合図する。心はどうしていいのかわからずわたわたしている。
あの様子だと、本心はキスしたい。抱きつきたい。なんならそれ以上のことをしたい欲求に駆られているのだろう。
当然だがそれが異常なことは、理性があるのだからわかっている。
ノロイパワーで欲望を増幅させても、理性までは消しきれていない。きっと彼女の中で理性と欲望がせめぎあっているのだろう。
天使の心と、悪魔の心が彼女の頭の上で戦っているのが目に見えるようだ。僕はそんな天使の心を吹き飛ばすように、
「大丈夫、心ならやれるよ。責任は僕が持つ。頑張ってね」
心の耳元で優しく囁きながら肩を押してやる。
するとふらふらしつつも意を決したように蜜葉さんに近づく心。そして屈みこむように顔をおそるおそる近づける。
さすがに気配がしたのか、蜜葉さんは途中で目を開けた。
失敗したか!?と一瞬覚悟したが、驚いたことに目の前にいるのが心だとわかるだと、蜜葉さんはそのまま再度瞳を閉じた。
そしてキス――
「んっ……」
声とも吐息ともとれるようなくもぐった声が二人から漏れる。
普通のキスシーンですら映像以外では見たことはないのに、ましてそれが女子同士という禁じられたシチュエーションに激しく興奮してしまい、携帯の持つ手が震えてしまう。それでも何とか動画と写真を撮影する。
二人は最初は控え目なキスだったが、だんだん体を寄せ合いお互いが抱き締めあうようになり、いよいよキスも互いの粘膜を絡ませる式へ移行する兆候を見せていた。
これ以上は正視できそうもない。
と思ったところで、ノロイちゃんがぱんと手を叩いた。
すると途端に二人のお互いをまさぐるような、求めあうような動きが止まった。
「あ、あれ?な、なんで私キスしてるの?」
心が蜜葉さんから顔を離し、狐につままれたような不思議そうな顔をしている。
「あれ?ど、どういこと?なんで私お前とキスしたくてしょうがなくなってたんだ?」
同じく夢から覚めたような蜜葉さん。
どんどんと冷静になって、状況を理解したのか心を突き放す蜜葉さん。
「ななななななな、何すんのよ!!!!!何でキ、キ、キ、キスしたわけ?」
「はわわわ、ごめんなさ~い。わ、わたし、どうかしてました!」
心も慌てて蜜葉さんから後退りして離れていく。
「ちょっとどういうこと……」
僕を見る蜜葉さんは、手に携帯電話を持っていることに気づいたようだ。
「も、も、もしかして今の撮ったの?」
「ええ、バッチリです」
満面の笑みで答えた。
僕としては素晴らしい芸術写真が撮れましたよ。と褒めてもらいたいぐらいだったのだ。
「あほー。今すぐ消しやがれー」
蜜葉さん迷わずは長机を踏み台にして、華麗に空中に飛び出した。
そして一回転からの浴びせ蹴り。
僕はこれを咄嗟に避ける。踵が頬を掠めて風切り音が耳をつんざく。
「うおおお、あぶねええええ」
なんとか携帯は蹴られずに済んだが、予想以上の攻撃力だ。
「あちゃー、ちょっとやりすぎちゃったかー。交渉は失敗かな~?めんごめんご~」
頭上からノロイちゃんの無責任に明るい声がする。もしこいつが実体化したなら思いきりぶん殴りたい。
美しい弧を描いて地面に着地した彼女は、そのまま闘牛のように、床を回転し再度攻撃体勢をとる。目には漆黒の殺意の炎が宿って見える。殺る気だ。完全に僕を殺る気だ。
「まって、まって!話を聞いて!消します!消します!ただし!蜜葉さんが演劇部に入ってくれたら消します!」
ノロイちゃんはあてにならない。こうなったら自力で命懸けの交渉だ。
「ふざけんなああ。こんな方法で誰が入るかああ」
正論である。
当たり前だが蜜葉さんは止まらずに突っ込もうとする。作戦失敗だ。
その時心が叫んだ。
「待ってください!」
「なんだよキス魔!」
立ち止まり心を睨みつける蜜葉さん。
「私ファーストキスだったんです!」
何を思ったのか、心が突然の告白をした。
「知るか!私だって初めてだよ!なんで大事なファーストキスをよりにもよって女にされなきゃなんねーんだ!」
「なんでか知らないけど、さっきは蜜葉さんにキスしたくて仕方なかったんです。きっとこれって蜜葉さんには、”華”があるってことだと思うんです。華がある人は人を惹きつける!」
「はあ?」
「蜜葉さんには華がある!蜜葉さんこそ私たちが求めていた人材です!お願いです演劇部に入ってください!あなたが入ればきっと演劇部は大きくなれる。演劇部には蜜葉さんが必要なんです!」
「ま、まあそこまで言われると悪い気はしないかなあ」
心の説得により意外とあっさり承諾されそうな感じである。こんなことなら最初から心にまかせればよかったかも。もしくはキスをした深い仲だからか?とにかくこいつに頼ったのが間違いだった。
とジト目でノロイちゃんを睨むが、ノロイちゃんはそっぽを向いて知らんぷりしている。
「は!そうやって、お、お前また私の唇を狙っているのか……」
「ち、違います!さっきは本当にすみませんでした。もう絶対にしません!」
「そっか。ならいいんだ。何故かあの時は私も変な気持ちだったし……お互い様ってことでいいか。文芸部も退屈してたとこだし、演劇部も悪くはないか……もうキスはしない、その写真は消す、私を尊敬すると約束するなら入ってやってもいいぞ」
蜜葉さんが諦めたように仕方がないと肩をすくめる。やはり本心では演劇部に参加したいと思っていてくれたのだろう。
「本当ですか!?ありがございます!」
心が蜜葉さんに手を差し出す。蜜葉さんも照れるようにそれに答えようとした時、部室の扉がガラガラと開いた。
僕は色々あったが、これにて一件落着。と安心していたのだが、それは大きな間違いだった。
もっともっと大きい災厄がやってきたのだ。